アーサーとアントーニョ
「トーニョ!稽古をつけろ!」
縁側にデン!と仁王立ちになるアーサー。
は~っと大きなため息をつきながら、それでものっそりとアントーニョは立ち上がった。
「やるまで帰ってくれへんよな?」
「当たり前だ!半殺しにしてでも稽古をつけてもらう!」
などと物騒なことを口走るアーサー。
(半殺しにされたら…もう稽古なんてつけられへんやん)
ともっともな事を思いつつ、アントーニョはしかたなしに部屋に立てかけてあった棒を手にした。
(なるほどなぁ、これはなかなか…)
ギルベルトの言っていた通り、子供だと気を抜いたらこちらがやられかねない。
それなりに緊張感を保ちながら、アントーニョはアーサーと太刀を合わせる。
綺麗に型通りに打ち込んでくるのだが、では意表をつくような反撃に出られると弱いかと思うとそうではない。柔軟に対応して、さらに打ち込んでくる。
それに驚くほど身が軽い。
アントーニョほどになるとアーサーの攻撃を受け流すのはさほど難しい事ではないが、では一本取ろうかと思うと、これが極めて困難だ。
どこに打ち込もうと、虚をついてみても、ヒラリヒラリとかわされる。
死なない戦い…あえて銘打つならそんな感じだ。
ギルベルトがいきなり戦場の、しかもいつも自ら突撃せずにはいられない自分の隊、つまり、最前線に送り込もうなどと、一見無茶とも思える決断を下したのもうなづける。
一方アーサーの方は若干いらついていた。
一本取れない…これはさきほどのギルベルトとの手合わせでの経験上、予測の範囲内であった。
それ自体は別に仕方ない事だと思う。
ただ、攻撃がぬるい。それが気に入らない。
確かにそれなりに痛いところもついてくる。
だがギルベルトの時のような殺気だった鋭さがない。
所詮子供と手加減されているのか…
「トーニョ!いい加減にしろっ!!」
とうとうアーサーが爆発した。
「所詮子供だと思ってなめてるのか!」
木刀を投げ捨てて叫ぶ。
「・・・?」
アントーニョは怪訝な表情でやはり棒を振るう手をとめた。
「それなりに真剣にやってるで?」
「嘘をつくなっ!攻撃がぬるい!!」
(ぬるいって言われても…)
アントーニョはがっくりと肩を落とした。
誓って手加減しているつもりはないのだが…
「本気でやってるのに当たんないだけなんやけど…。どうしろっていうん?」
「うそつけ!」
「いや、ウソつけって言われても…」
本気で困るアントーニョである。
「フェリシアーノが貴様はギルベルトと同じくらい強いと言っていた!
なのにこんなに攻撃に鋭さがないわけないだろう!!」
(ああ、なるほど、そういう事か)と心中納得するアントーニョ。
「そりゃな、実戦でのことで…普段から相手殺す気で剣振れるなんて人間そうそうおれへんから。ギルちゃんは特別」
「お前も殺す気でやれ!」
「そんな無茶な…」
さて、どうしたものか。
こういう口での説得は苦手である。
だが…真剣なアーサーにはいい加減に答えるわけにもいくまい。
後々の信頼関係にも響く。
「つまりなぁ…アーサー、俺にとってここにいる家臣みんな家族なんよ。
せやから敵と同じ感覚で武器をふるうって無理なんや」
むぅっと、考え込むアーサー。
「でも誓って手加減とかしてへんで。
ギルちゃんも言うてたけど…アーサーの攻撃避ける能力ってほんまはんぱやないから」
「ギルベルトが?ウソだ!!」
アントーニョの言葉にアーサーは叫んで、下を向いて唇をかむ。
「さっき手合わせしたが…全然歯がたたなかった。」
自尊心の高いアーサーだけに、よほどこたえたらしい。
「ほんまやで?実はギルちゃん、あのあとここに来やったから」
「ギルベルトが?」
言って良いのかわからないが、あまりに気の毒になってアントーニョは言った。
「あまり他人を誉めへんギルちゃんが絶賛してたで。
本気でしかけたのにかすりもしなかったって。
攻撃も一撃がすごい重いって言うてたわ。」
アントーニョの意外な言葉にアーサーはぽか~んとする。
「でも本当に全然歯がたたなかったんだ…。」
半信半疑でつぶやくアーサーに、アントーニョはやれやれ、と言った感じで肩をすくめた。
「まだ実戦も経験した事ない若いもんにあっさりやられちゃしゃあないやん。
でも数年後にはサシで負けるかもって言うてたで」
「まさか…」
「世辞は言わん男やで、奴は。
その証拠に…次の今河戦は俺の隊に配属するって言うてたしな」
「トーニョの部隊なのか」
がっくりと肩を落とすアーサーに、アントーニョはさらにがく~っと大きく肩を落とす。
「アーサー~、あ~の~な~…普通大抜擢やで?大将の部隊って」
「だって大将の部隊なんて最後方で戦闘なんてほぼないじゃないか」
口を尖らせて言うアーサーの言葉に、アントーニョはにや~っと笑った。
「あまいで。うちの大将隊は軍の最前線やで?」
「へ?」
ぽかんと口をあけるアーサー。
大将が最前線?そんな戦闘聞いたことがない。ありえない!
「ローマのおっちゃんにほめてもろたさきの今河戦だって、先陣切ったのは俺の部隊やしな」
「まじ…か」
軽いカルチャーショックを覚えるアーサー。
こいつら、まぢめちゃくちゃだ。
『今、日の国で一番面白いところだぞ』
ローマの笑い顔がチカチカと脳裏をよぎる。
「後ろでお上品に控えている大将についてくるような男達やないんや、うちの面々は」
他人にできないことを成し遂げるためには他人のしない事を…
ローマの口癖だった。
ローマが…気に入るはずだ。
あいつはこういうめちゃくちゃな奴が大好きだから。
あの自信満々な態度はこういう配下が下にいるからなんだろう。
そして…同じくわくわくしている自分がいることにアーサーは気づく。
ギルベルトがローマの誘いを断ってこの軍団に固執する気もわかる気がした。
アーサーはここに送り込んでくれたローマに心から感謝した。
「よし!トーニョ!稽古をつけろ!」
アーサーは投げ出した木刀を拾い、握りなおした。
「ギルベルトを越えるくらい強くなって最前線でお前を守ってやる!」
(やれやれ、お子様は元気なこった)ギルベルトならそういうところやな。
密かにそんな事を考えながら、アントーニョは棒を構えなおした。
(せやけど俺は…そんな元気な子供は嫌いやないで)
たぶんその言葉に自分ならそう返すだろう、とアントーニョは思う。
さっきまでローマによってかすかにつながっていた脆い絆が今、確実に強くなったのを感じてアントーニョは再度アーサーと刀を合わせ始めた。
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