ザ・秘書その1登場
いよいよ当日。
どんよりとした副将の胸のうちとは対照的に、そして大将の晴れ晴れした気分を反映するように、すばらしい晴天だ。
部屋は離れに早急に二人分用意した。
風呂、炊事場など最低限の生活に必要なものもそれぞれに。
下人が必要かもしれないが、それは本人の嗜好で選ばせた方がいいだろう。
「皆、無礼がないようにな。おっちゃんが遣わして下さった秘書さんや。仲良くしたってや」
妙に浮かれているアントーニョの言葉に
(無礼がないように仲良くって、こいつらにできるのか)
とギルベルトは眉間のしわを深くする。
「そろそろ刻限だな」
ちらりと柱時計に目をやってギルベルトがつぶやく。
「せやな、それらしき輿か牛車はまだ見えへんなぁ」
門の前の通りをチラチラ落ち着きなく見ながらアントーニョが言ったその時、遠くから馬のいななきとともに蹄の音が近づいてきた。
ギルベルトが門からちらっとのぞくと、すごい勢いで疾走してくる馬が一頭。
馬上には涼やかな姿かたちの少年が見える。
馬は門でハタっと止まり、少年が馬から飛び降りた。
「アーサーだ」
少年は短く名乗ると馬の手綱をアントーニョに渡す。
そして唖然としている面々をよそに、ギルベルトの前にずいっと立ち、頭一つほど高いギルベルトを見上げた。
可愛らしい顔立ちの少年である。
アンバランスに太い眉の下には少し釣り目がちだが大きく丸い緑の瞳。
頬もまだふっくらとバラ色で、全体的に幼い印象を受ける。
「貴公がアントーニョ・ヘルナンデス・カリエドか。今日より世話になる。」
少年、というにはやや低く、大人の男としてはやや高い、微妙な、しかしよく通る凛とした声でそう言ったところで、ようやくアントーニョが我に返った。
「あのなぁ!自分あまりに失礼やろっ。オレ!オレがアントーニョや!
世話になる相手にいきなり馬の世話させるか?」
アントーニョは言うが、いきなりみぞおちに鉄拳をぶち込まれてうずくまった。
「ホントにお前がそうなのか?」
コクリと小首をかしげる様子は可愛らしいモノの、やっている行動がえぐい。
驚きながらも、ギルベルトの脳裏に
『俺の懐刀だからなっ!』
というローマの言葉が蘇る。
なるほど、確かに決して鈍くもないアントーニョや自分に避ける暇も与えず、止める間も与えず攻撃を仕掛ける早さはすごい…と、納得する。
偉そうな物言いは、たぶん宮中なんちゃらで培われたものなのであろう。それをのぞけば…
(まあ、合格か)
とギルベルトは心の中でつぶやく。
「お前がどう思おうと、とりあえずお前の上司だ。いきなりみぞおちはやめておけ」
そういうと殴られた拍子にアントーニョが取り落とした手綱を取って、近場の者の渡す。
「そうだったな、すまなかった。下男のような男にいきなりまくしたてられたのでつい。」
少年はまたきっぱり失礼極まりない発言を繰り返す。
アントーニョ・ヘルナンデス・カリエド、彼の受難は今まさに始まろうとしていた。
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