序章
とある世界のとある時代。
戦国の風が吹き荒れる世の中で迷走する集団が一つ。
「ほんま平気なん?どう考えても無理やんな?冗談やろ?ギルちゃん?!」
「為せばなる。オレが信用できないなら、構わねえから逃げとけ。」
「ほんまにやるんかい?!!!」
大将らしき兜をかぶって慌てているのはアントーニョ・ヘルナンデス・カリエド。
現在京の都を制圧している日の国最大勢力、ローマ・カエサルの家臣である。
長のローマの数多くいる妹の子、つまりは甥っ子ではあるものの、父親は農民の出であるため低かった身分から、腕一本で道を切り開き、愛嬌のある性格もあって何かと可愛がられて、今では戦では常に重要な位置に配属されている。
「馬をひけ!」
その、本来偉いらしいアントーニョに対してぞんざいな口をききつつ、わずかな手勢と共に青鹿毛にヒラリと飛び乗ったのはギルベルト・バイルシュミット。
下級武士の子とも噂されるが、出自については定かではない。
ただ確かなのはアントーニョが出世する以前からその側にあって、ともすれば短絡的な行動に走りがちなアントーニョの横で常に的確な策を練る軍師であり、さらに率先してその策に従って敵陣に乗り込む副将でもある。
「参る!」
一日千里を走ると言われる愛馬湖嵐と共にあっという間に闇の彼方へ去る旧友を見送って、アントーニョは深い深いため息をついた。
カリエド軍は今、日の国第二の勢力、今河軍と対峙していた。
もちろん本体同士の激突と言うわけではない。
言うなれば様子見の小競り合いと言ったところか。
敵の大将ももちろん大名本人ではなく、その家臣松田憲善であり、カエサル軍の方もローマ本人が出向くような事はせず、アントーニョを派遣したわけだ。
「まあたかだか小競り合いにすぎねえわけだが…」
派手な扇をパチパチ開いたり閉じたりしながら、視線を自分に向けた主君ローマの様子をアントーニョは思い起こした。
「たかが小競り合い、されど小競り合いだ。わかるな?トーニョ」
能力があれば高く取り立てるが、無いものには容赦のない、敬愛もし、畏れもしている主君であり伯父でもあるローマの声にアントーニョは納得のいかない表情でそれでもうなづいた。
「派手に…圧倒的な力の差を見せ付けて叩き伏せろと?」
そのアントーニョの横で、大して畏れもせぬ様子でギルベルトが絶対者の意思を確認する。
ローマはそれには直接答えず、高らかに笑った。
「ガハハハ!トーニョ、おめえも良い部下を持ったな。わかったら行け!」
「はっ!」
謁見の間を退出し、館へ戻るための道々、腑に落ちぬ様子のアントーニョにギルベルトは肩をすくめる。
「元々お互いの勢力の力を推し量るためにつつきあってるようなものだからな。
力のあるところを見せておかないと舐められる」
「だからというてもなぁ…お互い利益になるものでもない戦で兵や農民を疲弊させるのは気の毒やで」
戦場での苛烈さに似合わず気の優しい男である。
その気の優しさがアントーニョの強みでもあり、弱みでもあるわけだが…
「最小限の人員で最大限の効果を上げればいい。ただそれだけの事だ。」
ローマの命が出た瞬間にフル稼働していたのであろうギルベルトの脳内では、もうその絵図が出来上がっているらしい。
不敵な笑みを浮かべ
「まあ、オレ様に任せておけ!」
と自信たっぷりに請け負った。
そして当日…
「ギルちゃん…いくらなんでも兵少なくない?」
敵軍総勢五千に対し、当日ギルベルトが手配した自軍五百。
「いや、たかが小競り合いだし?」
「ギルちゃん~!先日のおっちゃんの話聞いとった?聞いてたやんな?負けちゃやばいんやで?おいぃぃ?」
シレっと言うギルベルトにアントーニョはがっくり肩を落とした。
その反応が面白いらしくギルベルトはクックッと喉の奥で笑う。
「平気平気。トーニョ含め、みんな体力には自信あるだろう?」
「自分なぁ、体力の問題か?なあ、体力でなんとかなるん?」
なさけな~い顔で言うアントーニョの前にギルベルトはサアッっと地図を広げた。
「場所はここだ、樽狭間。」
左右を高い崖にはさまれた細長い道を手にした筆でトントンと示す。
「トーニョ達本体450はこの出口のあたりで待機。」
そういってカエサル領側の端に筆で丸く印をつける。
「ギルちゃんは?」
「オレは残り50率いて上方の道から敵の後方に回り込んで、援軍呼ばれねえように最後方の橋を落としつつ、後ろから敵を叩く。
ここは道幅狭いからな。人数いても一度に対峙できる人数は限られる。
サシの勝負で負けなければ負けはない。」
といって今度は今河領側の端にある橋にクルっと丸をつける。
「何か質問は?」
「ギルちゃん…自分、上の道からどうやって下に下りるん?」
「馬で。」
ギルベルトはシレっと言い放つ。
繰り返すが…周りは高い崖である。
それまで半分冗談まじりに、半分本気でなさけな~い返答を繰り返していたアントーニョがさすがに押し黙ると、ギルベルトは軍議終了とばかりに、また地図をクルクルっと丸めて、後ろの部下にポン!と渡した。
「あそこを鹿が駆け下りてたの見た事あるから、馬でもいけるだろ」
「そ…そんな理由かぃ!!」
アントーニョはズルっと腰掛からずり落ちた。
そして冒頭のセリフに至るわけだが…
ギルベルトの姿が闇に消えると、アントーニョはスクッと立ち上がって、特有のよく通る声で号令を下した。
「総員、配置につきぃ!」
そして自らも主君ローマから拝領した大槍を振り上げる。
さきほどまでの情けない表情は微塵もない。
歴戦の武人の目でまだ敵の見えぬ道の先を見据えた。
ギルベルトが橋を落とせなければ、援軍が来たら、とはすでに考えない。
自分が信用して任せたからには、たとえ何があろうと、信頼してその指示に従う。
それがこの男の下に多くの強者が集まる一つの大きな要因である。
アントーニョは部下を信用する。そして周りの部下はそのアントーニョを信用して命をかける。
それがこの集団を日の国最大勢力のカエサル軍の中でも最強クラスの軍団としてると言っても過言ではない。
前方の闇の中に砂煙が沸きあがるのを見取って、
「総員、かかれぇー!」
と自ら槍を振り上げ突進していった。
ギルベルトが言う通り道幅の狭さが敵の大軍の利点をことごとく削いでいた。
数が多いゆえ長く伸びすぎた軍は指揮系統も統一されにくく、一度に戦える人数もこちらと大差ないがゆえ、指揮が浸透しているカリエド軍の敵ではない。
アントーニョを含め、元々過酷な環境からのし上がってきた男たちだ。
一対一で戦うならば一人十殺するくらいの体力は持ち合わせている。
敵国から援軍が投入されなければ、勝てる戦だ。
アントーニョを筆頭に敵を切り倒し切り倒し、返り血で赤黒く染まりながら、カリエド軍は敵軍の中枢に切り進んで行く。
そして…やがて敵陣の中に
「大将のくせに、先陣切ってんじゃない!」
と同じく返り血で染まりつつ、それでも冷静な表情を崩さずに言う副将の姿を見出して
「自分も含めて後ろで踏ん反りかえってるようなヤツに付いてくるような奴らやないやんか!」
と、アントーニョさらに豪快に笑いながら槍を振り回した。
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