短編

お兄さんは頭を打った事にしました_2

お兄さんが頭を打ちました

「えっと…坊ちゃん誰だっけ？
ゴメンネ、お兄さんこんな可愛い子に会った事あるなら絶対に忘れないと思うんだけど…」

フランスで開かれる欧州会議にそのまま出席するため、会議3日前から泊まりに来ていたというスペインから、フランスが農作業中に滑って転んで頭を打ったというメールを受け取って、イギリスは取るものも取り敢えずユーロスターに飛び乗った。

そう。そういう時にはまずイギリスに連絡をと周りが思う程度にはここ数十年はフランスとイギリスは近い位置にいたのだ。

なのに、外傷はほぼなく自宅で念のためと寝かされているフランスに、調子はどうだ？と声をかけた時の第一声がこれだった。

「は？何言ってんだよ？新手の冗談か？」
そうは言ってみたものの、冗談を言っているのかどうかくらいは口調でわかる程度にはイギリスはフランスと一緒に居た。

まさか本当に忘れられている？
スペインに目線で無言の問いを送ると、イギリスと同じく唖然としていたスペインが、

「嫌やわ。自分何言うとるん？イギリスやで？
もうこのところアホみたいに一緒におったやん」
と、言葉を添えるが、フランスは腑に落ちないという顔をして

「え～？最近お兄さんお前のトマト面とぷーちゃんの一人楽しすぎる顔しか見てない気するんだけど…。
てか、なに？
もしかしてこの可愛い坊ちゃんとの出会いってお前からのサプライズのプレゼントか何か？」
と、スペインを見上げる。

どうやらスペインの事もプロイセンの事も覚えているらしい。
忘れられているのは自分だけなのか……。

自分だけ……その事実が衝撃的すぎて、イギリスは疑う気も起こらない。
ひどく動機がして、鼻の奥がツンと痛む。
今立っている床がゆらゆらと揺れて、足元が心許ない気がしてきたあたりで、ガシッと腕を掴まれた。

「とりあえず向こう行くで。」
とひどく深刻な顔をしたスペインがイギリスをかつて知ったるリビングへとうながした。

「俺が紅茶淹れても美味ないって言われんの目に見えとるから、コーヒーな。」
と、茫然自失のイギリスをソファに座らせると、スペインはイギリスの前にコーヒーのマグカップを置く。
しかしイギリスが反応しないのを見て取ると、
「ホラ、とりあえず一口飲んで落ち着き。」
と、イギリスの手を取ってマグカップを握らせた。

それでもカップを握ったまま硬直しているイギリスに、スペインは
「とにかく一口飲み。」
と、カップを持った手を口元へと持って行かせる。

そこでイギリスは仕方なく一口コーヒーを口に含んだが、紅茶と違いそれはひどく苦く感じた。

「……苦い…」
紳士としては好意で淹れてくれた相手に言う言葉ではなかったが、そんな気遣いも出来ないほど、イギリスは動揺していた。

しかし普段はほとんどプライベートで話す事もないほど距離のある関係のはずのスペインは、その失礼を指摘することもなく、一口飲んだきりのコーヒーのカップを持ったまま硬直しているイギリスの手からそれを取り上げると、イギリスの頭を自分の胸元に抱き寄せて、ただ、
「泣いてええよ。だあれも見とらんから…」
と、遥か昔、まだ関係が悪くなる前、可愛がってくれていた子どもの頃のように、イギリスの頭を優しく撫でた。

涙が出たのは懐かしさのせいで、フランスごときに忘れられたショックからじゃない…と、心のなかで言い訳をしながら、イギリスはその言葉に甘えてしばらく感情のまま涙を流した。

「相変わらず…声出さずに泣くんやなぁ。もう誰に怒られるわけでもないのに」
と、やはり昔を思い出していたのか、スペインがそう独り言のようにつぶやく。

そして次にははっきりとイギリスに向けて、こう言った。

「なあ、イングラテラ、これから親分の家に来ぃひん？」



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