お兄さんは頭を打った事にしました_1

お兄さん相談す


「もうさ、お兄さんお手上げだわ。」
世界会議後、今回はプロイセンも居ないことだし普段ならイギリスを誘って飲みに行くところだが、フランスが飲む相手として選んだのはスペインだった。

3人集まれば悪友トリオと言われ、つるんで飲みに行く事もままあるが、二人しかいないのにあえてイギリスよりスペインを選ぶことは非常に珍しい。
しかも…フランスの奢りときた。

まあこれは何かあるんだろうな…と思いつつ、タダ酒を飲めるならという経済的な理由とは別に、スペインも少しばかり思うところがあって、素直にフランスについていくことにした。

そして…美味しい料理をつまみながら程よく酒が入ったところで、フランスが本題に入った。

「お手上げて…イギリスのことか?」
チビチビと酒を舐めながら視線だけチラリと向けるスペインに、
「え?なんでわかるの?」
とフランスは目を丸くする。
「やだ…鈍感キングのお前にさえわかるくらいお兄さん必死に見える?」
と、失礼な物言いはこのさい聞かなかったふりをしてやることにした。

「で?なんやの?さっさとしてや。」
吐き捨てるように言うスペインに、
「お前も大概坊ちゃんの事嫌いだねぇ」
とフランスは苦笑する。

そして、
「ま、だからお前の事選んだんだけどさ」
と、フランスはさらに意味有りげな表情を浮かべた。

「お前なら安心して内情明かせるし…」
「なんやの?イギリスに嫌がらせする計画に乗れ言う事?」

ピタっと手を止めて自分をみるスペインに、フランスは、まさか!と大げさに首を降ってみせる。

「逆よ、逆。お兄さんね、坊ちゃん落としたいのよ。」
「あ~、そういうことか…」
と、スペインはまた興味なさそうに酒を舐め始めた。

「自分ら最近ずいぶん仲良うなっとるやん。イギリスも一人寂しい奴やし、自分が言えばそれでめでたしめでたしやないん?」

スペインのいうことは事実だった。
英仏協商を結んで以来、フランスとイギリスの仲は急速に接近した。
素直じゃないのは相変わらずだが、最近ではお互いツンの部分もだいぶ減って、休日ともなれば和やかにお茶会をしたり、食事をしたりして過ごすのがほとんどだ。

休日一緒にいるのが当たり前なレベルで馴染んでいる。

イギリスは急速な変化を嫌う性格で、そういう意味で言えばそろそろ頃合いと言ってもいいはずだ。
しかし…フランスはあえて次の一歩を踏み出さなかった。

「うん。そうなんだけどね。
これまで…まあ今もなんだけどさ、素直になれない坊ちゃんの気持ちを組んで、何もかもお兄さんからだったからさ、お兄さんとしては坊ちゃんから愛の告白聞きたいなぁ…なんてね」

髭面でテヘッなんて笑っても全然可愛くないで~…と、スペインは嫌~な顔をする。

「そんでさ、お兄さん渦中にいすぎてどうも事態を冷静に見れないっていうかね…どうやったら坊ちゃんから告白してくれるのかいまいち自信がないのよ。
でも押してダメなら引いてみようかな~とかも思うんだけど…。どう思う?」

「なんでそれを俺にきくん?」

「だって~プーちゃんとかさ、いくら坊ちゃんの性格とか熟知してても、坊ちゃんと仲良い相手は色々心配じゃない?
その点お前は坊ちゃんの事よく知ってるけど、そういう心配ないしさ~。」

ああ、そういう事か…。
スペインは内心少しイラっとしつつもそれを押し隠して聞いてみた。

「で?しばらく会えないとでも言うん?」

「いや?それだと坊ちゃん悲観主義者だからさ、嫌われたとか思って自分から逃げてっちゃうじゃない。
だからさ、俺は坊ちゃんに対する他意はないんだけど、今まで通りにはできない…そんな感じにさ、しようかな~なんて思って…」

「わかりにくいわっ。結局何をするんでどう協力して欲しいん?」
今度はイライラを隠さずにスペインが聞くと、フランスは苦笑した。

「お前…相変わらず短気だねぇ」
「あ~、協力せんでもええんやね、ご馳走さん」
「うそっ!嘘ですっ!!」
からかうようなフランスの口調にスペインが立ち上がりかけると、フランスが慌ててその腕を取って座らせる。

「ごめん。ね、でも協力してくれる?」
「内容にもよるけどな。」
「えとね…俺記憶喪失になろうと思って…」
ニコリと言うフランスに、スペインはニッコリと笑みを返した。

「そうなん。ようは…頭打つの手伝ってくれ言う事やんな?」
「ち、が~~~う!!!」
腕まくりをするスペインに、フランスが慌てて飛び退く。

「本当になるんじゃなくてっ!!フリに決まってるでしょっ!!」
焦って言うフランスにスペインは振り上げた拳を下ろす。

「なんや~。で?」
「うん。だからね、お兄さん記憶失って坊ちゃんの事を思い出せない~とかになったら、でもお兄さんから好意持たれてるのはわかってるわけだし、積極的に記憶取り戻そうと動きつつお兄さんへの愛を再確認…なんてしてくれないかな~と…」

「なんや、それ。アホらし。」
スペインは大きくため息をつくと、酒を煽った。
そしてバーテンにお代りを頼むと、また舐め始める。

「え~、良い案だと思わない?」
口をとがらせるフランスに、髭面で膨れても全ッ然可愛くないで~と、スペインはまた一言を添えた。

「せやけどイギリス…めっちゃ落ち込むんとちゃう?」
「うん。でもさ、一時的に忘れられて落ち込んでも、その分、思い出したらものすご~く嬉しい感じしない?
そういうアクシデントって恋愛には必要なスパイスだと思うんだよね~。」

そう言うフランスの表情は遥か昔、まだ美少年ともてはやされていた絶頂期に戻っている。
まあ…腐っても愛の国だ。恋愛に関しては常に絶頂期なのかもしれないが…。

「本気でやるん?」
「うん♪だからね、お前にはお兄さんが本当に記憶喪失だって坊ちゃんに信じさせるの協力して欲しいのよ。」

「…普通に自分から告白した方がええんちゃう?」

楽しげなフランスにスペインはもう一度言うが、フランスは
「それじゃあつまらないじゃない。お兄さんだってたまには愛を示して欲しいんですぅ!」
と、また唇を尖らせた。

ああ…これはうんというまで譲る気はないんやな…と、スペインは大きくため息をついた。

「あのな…そうまで言うならホンマに記憶喪失やってイギリスに言ったるけど…自分後悔することになるかもしれへんで?」
「なにそれ?」
意味有りげなスペインの言葉にフランスは顔から笑みを消した。

「ライバルはプーちゃんだけやないって事やな…。」
「ちょ、お前もしかして何か知ってるの?誰か坊ちゃんを狙ってるとか?」
慌てて自分の顔を覗きこんでくるフランスに、焦るくらいならしっかり捕まえておけばいいのに…とスペインは思うが、それでも忠告はしておいてやろうと思う。

「欧州は化かし合いの歴史やん。
…まあ、【恋愛においてラテン男の演技を信用したらあかん】とだけ言うとくわ」

「ラテン男って……」
意外なスペインの言葉にフランスは即座にとあるラテン男達の顔を思い浮かべる。

「まさか…イタリア兄弟のどっちか?!怯えてるのってあれ演技だったの?!
どっちなの?!それとも両方?!」
スペインが知っているということは兄のロマーノの可能性が高い気もするが、演技という意味では弟のヴェネチアーノの方が巧そうだ。

焦るフランスから視線を逸らし、スペインは
「これ以上は親分の口からは言えへんわ。」
と口を閉ざした。

「ホント…お兄さんとしたことが本当に騙されてたわ…。危ない危ない。
とりあえずスペイン、記憶喪失のフリについてはわかってるだろうけど、イタリア兄弟に…というか、誰にも内緒だよ?」
「そんなん、わかっとるわ。」
「ホントにね?イタリア兄弟にほだされたりしないでよ?坊ちゃんは俺のなんだからね?」
「まだ自分のモンやないやん。」
「すぐだよっ。そうとわかったら短期戦しかけるつもりだし」
「せやったら普通に告白したり。」
「い~やっ!」

おそらくイギリスは恋愛に遊びの要素を求めるタイプではない。
下手な駆け引きなど成功率を低くするだけなのに…と、思いつつ、スペインは小さくため息を付いた。

フランスはおそらく失恋することになるだろう…と、確かな予感を胸に抱いて。



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