温泉旅行殺人事件アンアサ 中編_7

眩しい…。
フランは眩しさに腕で明りをさえぎった。
「フランっ!!気がついたか…」
明りと自分を遮るようにできる影。
聞き慣れた声がそう言って、大きなため息。

「…アーサー、トーニョ?」
いぶかしげに目を細めるフランにアーサーは
「平気か?どこか痛んだりとかはないか?」
と心配そうに言うと、顔をのぞきこむ。
何してるんだ、自分…と一瞬考え込むフラン。
そして…思い出したっ。

「トーニョっ!受け渡しはっ?!!」
ガバっと起き上がってアントーニョの腕をつかむフラン。
「俺……失敗…した?」
呆然とつぶやくフラン。
「暗闇で足を取られて転倒したあと、そのまま意識失ったっぽいで…。」
言葉もなく青くなるフラン。
「身代金は転倒した自分の近くにあった。手つかずやった…。」
「まじ…か…」
フランはさすがに頭を抱えた。
「それでっ?!次の受け渡しはっ?!」
自分の腕をつかんだまま揺さぶるフランに代わりに、和田が答える。
「22時の時点で犯人から身代金を払う気がない認定の電話が入りました。が、まだ遺体が見つかったわけではありませんし、気が変わって再度の身代金の要求があるかもしれません。警察としても全力をあげて解決に向けて動いてます。」

ありえない…自分のせいだ…。
茫然自失のフラン。
アントーニョは少し身をかがめてそのフランに視線を合わせる。
「ま、ギルちゃんの事やから大丈夫や」
無理だ…とフランは思う。
身代金を払う意志がないと見なされたのだ…。
当たり前だ。
2時間…普通に歩けば30分の距離を2時間かけてたどりつかなければそう思われても仕方がない。
アーサーみたいに妨害があったわけじゃない。
犯人は辿り着かせる気満々で、思い切り時間の余裕を持たせたのだ。
それを自分は……

「…無理だ…」
虚ろな目で言うフランにアントーニョはきっぱり言い切った。
「無理やないわ。遺体確認するまでは絶対に無理やないから。助けたろ」
「無理だろっ!普通に考えてっ!」
フランは叫ぶが、アントーニョは片手で声もなく泣いているアーサーをなだめるようにポンポンとその背中を軽く叩きながら、フランに言う。

「とりあえず…二人とも飯食お。腹減ってると余計に悲観的になるんやで。
部屋にもって帰って良いそうやから、部屋でゆっくり食おう。
ギルちゃんの事は大丈夫や、俺がなんとかしたるから、安心しぃ。」

沈み込む二人とは対照的に、相変わらずのほほ~んとした口調で言ってアントーニョが食事を指差す。

「腹が減っては戦は出来んて言うしな。帰るで~」

そして…フランとアーサー二人、大人しくアントーニョの言う通り食事を離れに運び込む。
3人で食事…。

「もう、やる気足りへんねん!」
食事を摂りながらアントーニョが唐突に言った。

「ごめん…」
「ごめんっ」
それに即謝る二人に、アントーニョはきょとんと首をかしげた。
「誘拐犯の事…やで?」
不思議そうに言うアントーニョに不思議そうな顔をする二人。

「やる気の…問題なの?」
落ち込みつつも突っ込みを入れずにはいられないフランに、アントーニョは真顔で首を縦にふった。
「やって…身代金欲しければ取りにくればええねん!フラン寝てたわけやし。」
ズッキ~ン!とくる事を言われて胸を押さえてため息をつくフラン。

「わざわざ2回にわけるくらい欲しいなら、少しくらい自分も頑張らないとあかん!欲しくないとしか思えんわっ!」
理不尽な怒りを爆発させるアントーニョに、それまでは呆れつつも黙っていたアーサーが
「…そう…だよな。」
と、何か考え込みながらうなづいた。

「アーサー?」
何か真剣に考え込んでいるアーサーにフランが問いかけると、アーサーは何か思いついた様にもう一度、
「そうだよなっ!」
と、今度ははっきりと口にした。

「どう考えてもおかしくないか?!」
箸を放り出してアーサーはフランに詰め寄る。
「お、おかしいって??」
その勢いにちょっと戸惑うフラン。

「考えてみろっ。2回も受け取りにくるなんて危ない橋渡んないでも、1億欲しければ最初に二人で1億って言えばいいわけだろ?
二人を同時に返すのが無理なら別に同時に返さないでも別々に返せばいいわけだしな。
考えてみれば、なんだか色々がおかしい気がして来た…」
「そう言われてみれば…」
勢い込んで言うアーサーにフランもそんな気がしてくる。
そうだ…二人さらったなら返すなら二人とも返すはずだし、返さないなら二人とも返さないはずだ。

(…よく考えるんだ…何かひっかかる…)
アーサーは腕組みをして考え込んだ。
最初の受け渡しの時…犯人は元々フランしか返す気がなかった。それは確かだ。
一人しか返す気がないなら何故条件をクリアしたら二人とも返すと言ったのか…。
さらに言うなら、一人しか返せないなら何故フランを返してギルを残したんだろうか…。
最初の時点で身代金を払うのがフランの親だとわかったはずだ。
なら、本当にもう一度金が欲しいなら、確実に金をだせそうな親を持っていそうなフランを残さないと意味が無い。
犯人は…ギルを返したくなかった…あるいはフランを返したかった…いや、両方なのか?
最初の受け渡しの時に条件をだしたのはフェイクだ。
犯人はギルを返す気がないのを隠したかった。
だがそれなら物理的に返せない様に殺してしまえばいいだけなのに何故隠す必要があったのか…
それはおそらく…フランを返す事によって犯人が他にそれと知られる事なく恩恵を受ける事を隠すため。
普通にギルだけ殺してフランだけ返せば、”犯人がフランを返さなければならなかった理由がある”のを悟られる可能性が高かった。
ギルは”犯人が返しては困る何か”を知っていて、フランは”犯人が返さないと困る何か”を知っているのか…。

今…こんな新たな犯罪を犯してまで隠さないと困る事と言えば…小澤の殺害…。

”犯人がフランを返さないと困る何か”については…なんとなく検討はつく。
和田が何度も聞いて来たあの忘れ物の件だろう。
まあ一番考えられるパターンとしては、あれが犯人のアリバイになる、あるいは逆に誰かに罪をなすりつけるための証拠になるということ。
まあ…見つかった場所が露天ということは前者である可能性が高い。
ということは…あれの持ち主が犯人だということか…。

ギルの場合はなんだ?
こちらは検討もつかない。
まあギルをさらうということは、ギルだけが見ていた何かという事で…

「フラン、きいていいか?」
ずっと腕組みをしたまま考え込んでいたアーサーが突然顔を上げたのに少し驚いて、それでもフランは
「なあに?」
と聞く。
「ん、ギルの事なんだが…俺が知ってる限りでギルが一人になったのは露天の鍵を返し忘れて母屋に返しに行った時くらいなんだが…他にはあるか?」
アーサーがそんな事を聞く真意はわからないものの、フランはとりあえず当日に思いを馳せる。
「う…ん…ない。かな?」
天井をにらみつけながら考え込んだフランが最終的にそう答えると、アーサーは
「悪い、俺ちょっと母屋で聞きたい事あるから。」
と立ち上がった。

離れを出たアーサーは内庭の…ギルが鍵を返しに行く時に分かれたポイントで時計をチェックし、それから自分にしてはちょっとゆっくり目に母屋へ向かって、フロントで時間を計る。
そしてフロントにいる番頭に声をかけた。
「すみません…」
「はい、なんでございましょうか?」
初老の番頭はアーサーに愛想の良い笑顔を向ける。
「一昨日の事なんですが…俺達と一緒だったギルベルトという銀髪紅眼の男がこちらに露天風呂の鍵を返しにきたと思うんですが、その時何か変わった様子はありませんでしたか?」
「ああ…今誘拐されていらっしゃる方ですね。いえ、あの時は鍵を返しにいらして…ああ、鍵を返して一旦は帰られたんですが、もう一度戻っていらっしゃいましたね。そういえば」
それだっ!
「えと…戻った理由はわかりますか?」
アーサーが聞くと番頭は考え込む様に眉をひそめる。
「いえ、私はそれからすぐ所用が入りまして席を外しましたので…」
「その時に誰かロビーにいませんでしたか?」
「あ~氷川様のご主人が露天にいらっしゃってる間、奥様がラウンジでお茶を飲みながら待っていらっしゃいましたね。」
「他には誰も?」
「…と思います。」
「ありがとうございました」
アーサーは番頭に礼を言って考え込む。

これで二つの事がわかった。
ギルはたぶんここで氷川澄花と接触している。
そして…自分達のあとに露天に行ったのは氷川雅之。
つまり…ギルを返したくない理由には氷川澄花が、フランを返したい理由には氷川雅之がかかわっている!
アーサーは急いでアントーニョ達が待つ離れに戻った。

「アーサー、何かわかったん?」
厳しい表情で部屋に駆け込んで来たアーサーの様子に、アントーニョが声をかけると、アーサーはうなづいた。
「ギルは一人の時に何か拾って、さらに母屋で氷川澄花と接触。で、フランが拾った時計の持ち主は氷川雅之だ。つまり…ギルを返したくなかったのは氷川澄花でフランを返したかったのは氷川雅之。」
そこまで言って、アーサーはさらに難しい顔で考え込んだ。

「ってことで犯人の目星はついたんだが…やばいな。そろそろギルが拉致られて丸一日になる…。
救出急がないと…。どこに拉致られてるんだろうな……」
そこで急に勢いがなくなって床にへたりこむアーサーに、フランが湯のみを渡す。
「持参したカモミールティ。リラックス効果のあるお茶だから。」
と、渡され、アーサーは礼を言って口をつける。
優しい香りにほ~っと息をついて、そしてはっとした。

「思い出した!」

急に声をあげるアーサーに驚く二人。
それに構わずアーサーは言う。

「さっきフラン待ってる間にトーニョに言おうとしたこと!」
「あ~電話かかってくる前やね」

「えっと、香の話したじゃないか。皆違う香りがするって。」
その言葉にアントーニョは
「ああ、したな。フラン待ってる時やな」
と同意する。
「そう!で、あの後言おうとした事なんだが、フランが着てた浴衣って本来俺らと一緒で自分の部屋の香の匂いのはずなのに、なぜか氷川夫妻と同じ香の匂いがしたんだ!」
「ほんまかっ!それ!!」
アントーニョは身を乗り出してアーサーを強く抱きしめた。
「さすが俺のあーちゃんやっ!すごいわっ!!!」

おそらく…一緒にさらったわけだから、閉じ込められていた場所も同じ可能性が高い…。
香の香りが強く移ってある程度広い場所と言えば…
アーサーは部屋をぐるりとみまわして一点に注目する。
タンスの中…。
身代金を払わないから殺したと言える状況を作ったばかりだ。
早く救出しないと殺される可能性が高い。
一刻の猶予もならない。
かといって…物的証拠があるわけでもないのに普通の高校生が家捜しなどさせてもらえる状況じゃない。
どうする……

夫妻が鍵をかけずにそろって離れをでるような状況…そんな非常事態が簡単に起きるわけが…いや、起きなければ起こせばいいのかっ。


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