犯人の指示で警察を含む全ての人間が外庭に出るのを禁じられているので、アーサーは不安な表情で母屋から外庭に向かうフランの後ろ姿を見送った。
まあ…おそらく自分は過剰な悲観主義者なんだろう、楽観的な方向に考える事などまずないわけだし…と思ってはみるものの、嫌な感じがぬぐえない。
(やっぱり俺が行けば良かったな…)
ロビーのソファに座ってため息をつくアーサー。
アントーニョが側にいてくれるのがせめてもの救いだ。
もう1時間たっている。
犯人にしてもフランにしてもいい加減何か言って来てもいいじゃないか、露天までだってゆっくりゆっくり行ったとしてももう着いてるだろうし一体どこまで行ってるんだと、アーサーは落ち着かない。
待ってるのは苦手だ。
嫌な想像ばかり脳裏をよぎる。
焦ってもしかたない。不安な気持ちを切り替えようと、アーサーはアントーニョに話しかけた。
「そう言えば…ちゃんと離れによって全部お香変えてるんだな。」
「へ~、そうなん?他の部屋違う匂いしとった?」
「ああ、さっき他の部屋の客が通った時に色々な香のかおりがした。俺は俺達の部屋の香が一番好きだけどな」
不安な事を考えまいと話題を変えたのはわかる。
だがそこでそういう系の話になるところがアーサーだと、アントーニョは少し笑みを浮かべた。
なんで…こんな時にそんな事に頭がいくのかがわからない。
露天までの道々でのひなぎくの話といい、意外にというか、らしいというか、アーサーは少女趣味なところがある。
まあ…さっき立ち止まっていたのはそういう事だったのかとは納得したが。
「あ…そういえば、それで思ったんだが…」
アーサーがとりとめのないおしゃべりを始めようとした時、フロントの電話がなった。
『どうなってるんだ?何か画策してるのか?前回身代金を受け取る前に人質を返す手配をしたからといって、今回も同じだと思わないで欲しい。おかしな真似をしたら人質の命は保障しないぞ』
和田がオンフックにした電話から流れる犯人の声。
その言葉にアントーニョがはじかれたように立ち上がって電話にかけよった。
「どういう事なん?!こっちは指示通り身代金を持たせて外庭に出るのを見送っただけで何もしてへんで!」
アーサーはその会話を聞きながら、胸元に手をやった。不安で心臓がバクバクする。
まさか…フランに何かあったのかっ?!
『こちらはもう受け渡し場所は指示した。だが、もういくらなんでも着いていても良い時間だが一向に来る気配がないぞ。連絡をいれても出ない。』
その犯人の言葉でアーサーの顔から血の気が引く。
『まあ…いい。刻限まであと1時間は約束通り待つ。』
そう言って犯人からの電話は切れた。
一体何が…?
周りのざわめきを他人事のように遠くに聞きながら、アーサーは可能性を探った。
事故…はないだろう。
真ん中の道には例の吊り橋がかかっていた崖があるが、左右の道はそういう意味では何もない。
道を外れたところで草や土、せいぜい小川で足や服を汚す程度だ。
暗くても月あかりもある。道を外れない限り迷う事もない。
フランが大金を持って歩いている事を知った第三者に襲われた?
しかしフランがこの時間に身代金を運ぶ事を知っていたのは警察関係者と自分とアントーニョ、それに旅館の支配人くらいだ。
ルートは自分達ですら母屋からフランが進むのを見て初めて知ったのだ。
待ち伏せなんてできるはずがない。
わからない…一体何があったんだ?
あと1時間…。
犯人いわく1時間もあれば着く距離なら、フランが無事なら辿り着くだろう。
もしたどりつかなかったら……
アーサーの不安をよそに時間は刻々と過ぎて行く。
そして…21時。
フロントの電話が鳴った。
『時間切れだ。身代金を払う意志がないものとみなす。』
とだけ言って、反論する間も与えずに電話が切れた。
青ざめる一同。
和田が即フランに持たせた携帯に電話を入れるが当然出ない。
ギルもだが…フランは一体…
和田は即フランの捜索指示を出す。
自分もジッとしていられない、とは言うものの、隣のアントーニョの顔には、ダメやで!と思い切りかいてある。
「俺も…探しに行きた…」
「あかん!怪我人が何いうてるのん!!」
全部言わせてもらえず一刀両断される。
「だから…トーニョも付いてきてくれればいいんじゃないか?」
アーサーはリスのような大きな丸い瞳でアントーニョを見上げた。
「しゃあないなぁ!あ~ちゃんはなんかあったら俺が守ったるわっ」
何故か許可が下りた。
思い切り気持ちよく許可が下りた。
こうして
アーサーはトーニョと一緒に先を行く警官達を追い越して、暗い夜道を走る。
「フラン!!どこだっ?!!!」
そして足場の悪い暗い道を走り抜けながらも、たまに立ち止まって草が踏み荒らされた跡がないか探した。
数少ない同世代の友人だ。
最初の事件の早川和樹の時の様に死んでしまってから後悔はしたくない。
潤みかける目をシャツでぬぐって、アーサーはまた走り出しては止まって目を凝らす。
遠くに明りが見える…。
あそこまで行けば少し視界が良くなるか…と、アーサーはまた走りかけて、ハッとした。
「フラン!!」
草むらにぼんやりと浮かぶ人影。
トーニョも走りよるとフランを抱き起こし、もう条件反射で脈を確認する。
「当たり前やけど、ちゃんと生きてるで」
というアントーニョの声にアーサーは安堵で力が抜けた。
気が抜けて放心していると、警察が集まって来た。
見つけた時の状況を報告するアーサーの周りでは、警察が放り出されたスーツケースを回収している。
暗闇で…明りに向かって急いだ時に転倒したようだ。
意識がないというのは…打ち所が悪かったのか?!
また新たな不安がわきあがってくるアーサー。
「とりあえず…旅館に…」
と、声をかける。
そしてフランは担架にのせられて母屋に運ばれた。
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