アントーニョ達と違うのは…
「犯人が身代金の受け渡しにボヌフォアさんを指名しています」
という一言。
何故自分なのか、と驚くと共に、怪我人のアーサーにまた無理をさせずにすむ事にホッとする。
前回は犯人も身代金を二重取りをするために、身代金を受け渡すのと同時に無理難題なタイムトライアルをしかけてきたわけだが、今回はもう受け渡すだけのはずだ。
肉体労働は得意ではないが、それだけなら手を怪我しているアーサーに重いスーツケースを運ばせるよりも自分が運んだ方がいい。
それについての説明をするからという和田にすぐ行く事を伝え、フランは動きやすい服装に着替えた。
テーブルの上にはおそらく時間的に食事がとれないフランを旅館側が気遣ってくれたのだろう。
カプセル状のサプリメントと空腹を抑える系のグミ。
フランはそれを急いで口に放り込むと部屋を出て母屋へと向かった。
フランが母屋の取り調べ用の部屋につくと、すでにアントーニョとアーサーが着いている。
「遅くなりました」
とフランは和田に軽く礼をすると、勧められた椅子に腰掛けた。
そこで和田がアーサーの時と同じくプリペイド携帯をフランに渡す。
今回は19:00に連絡があるらしい。
一応刻限は21時。それは犯人いわく単純に、警察が何か企むような時間を稼ぐ事態を避けるためだけに設定したらしく、受け渡しが終わった時点で人質を解放するとのことだ。
まあ危険はないだろうと、携帯とスーツケースを手に立ち上がるフランの腕をつかんでアーサーが
「やっぱり…俺が行く」
と、泣きそうな表情をうかべた。
「フラン、こういうの得意じゃないし…また何かあったら…」
つかんでいる手にはまだ自分を助けるためにした怪我のための包帯がまかれたままで、それでもまだそう心配をしてくるアーサーに、フランは、この子は…と苦笑する。
そんな風に献身的に接してこられると、あり得ないと思いつつ、少し期待をしてしまう。
これが無意識なのだから、本当に性質が悪い。
「大丈夫だよ。アーサーは十分頑張ったし、今度はお兄さんの番。たまにはお兄さんのカッコいいところもみてもらわないとねっ」
とそっとアーサーの手を外してウィンクした。
前回のようなタイムトライアルどころかサバイバルとも言えるような状況になるなら確かにアントーニョに任せるか、怪我人だろうがアーサーに任せた方がいいかもとは思うが、今回はただ多少重い荷物を指定された場所に置いて来るだけだ。
たいした事ではない…簡単な作業だ…
…のちに楽観的に考えていた自分を激しく後悔する事になるとも知らず、この時はフランはそう思った。
『まず確認しろ。携帯はマナーモードになってるか?なっていなければマナーモードに設定しろ。着信音で警察に位置を特定されたくない。』
部屋に戻ると携帯が鳴って、まず犯人からそう指示をされる。
フランは指示に従ってマナーモードに設定し、その旨を告げた。
簡単なはずの役割でもいざ誘拐犯とのやりとりが始まるとなかなか緊張するな、と、フランは内心苦笑する。
携帯をマナーモードに設定する。その簡単な作業をするだけで手にうっすらと汗をかいていた。
『ではこの携帯を持って左側の道を通って露天方向へと向かえ』
そう言って返事をする間を与えず、携帯が切れた。
フランはジーンズで手の汗を拭くと、少し落ち着こうと深呼吸をして、スーツケースを持ち上げる。
そのまま部屋を出るとフランは母屋を抜けて左の道を進んだ。
暗い…。
普段は電灯が照らしているのだが、今は犯人の指示で切っているらしい。
月明かりをたよりに暗い道を歩いていると、なんだか肝試しでもしているような気分になる。
まあ…フランはあまり幽霊とかの類いを信じる方ではないので、それですくんだりする事はないのだが。
母屋から外庭にでて10分。携帯が振動する。
「はい?」
フランが出ると、犯人からの指示。
『露天前の風よけ小屋の椅子にスーツケースを置いてそのまま戻れ。それで終了だ。』
(なんだ、簡単じゃない。)
フランはホッとする。
暗くて若干歩きにくいものの、さすがに普通に歩いて30分の道のりが2時間かかるわけはない。
というか…遠く先からは明りが見える。
おそらくここに来るまでに警察に付けられないようにという事で電気を消していたのだろう。
フランは明りを目指して駆け出した。
急に目の前がかすむ。
カクンと何かに足を取られた。
(…あ…れ…?)
そのまま…前のめりにフランは倒れた。
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