離れについてとりあえず床に下ろされたアーサーが言う。
「別に重ないで~。俺普段畑仕事で鍛えとるし、あーちゃんむしろ痩せすぎや。もっと食わなあかんで~。腕とかめっちゃ細いやん」
とアントーニョは答えて
「それよか怪我せえへんかった?」
と足を取る。
「うわ~足も細いなぁ…。すね毛とかもほとんど生えてへんやん」
と感心して言うアントーニョにアーサーは、余計なお世話だっ!と赤くなって足を下ろす。
そんな態度も気にすることなく、アントーニョは
「じゃ、こっちはいとき」
と、もうひとつの備え付けのさきほどより少し小さめの草履を出す。
「…なんで草履?靴でいいだろ?てかもういい加減着替えさせろよ」
アーサーがぷくぅっとふくれると、アントーニョは
「やって、浴衣に靴って変やし?着替えてる時間ないで。花火始まってまうよ~」
と、強引に足に草履をはかせて立たせた。
「これ…歩きにくいんだよっ」
というアーサーに、
「それがええんやん。なんならまた抱いてったろか?」
とアントーニョは笑う。
「ふざけんなっ!」
と、殴りかかろうとして、バランスを崩すアーサーを支え、
「ほら、危ないからつかまっとき。あーちゃんかてせっかく旅行に来て怪我したないやろ?」
と、腕を出す。
拒否したいところだが、浴衣も歩きにくければ草履も歩きにくい。
背に腹は代えられぬという事で、アーサーはしぶしぶその腕につかまった。
そして移動しようとした時、アントーニョはドン!と誰かにぶつかった。
「あ、すみません…」
とふりむくと、そこには地面に転がった二つの紙コップ。
「あ、ううん、こっちこそごめんね。熱いのかからなかった?大丈夫?」
というのは例の中年夫婦の豪快な妻、澄花だ。
「あ、君達カップルだったんだ~。男の子に囲まれてたからてっきり男の子だと思ってたんだけど、彼女さんだったんだね~。若い子は浴衣可愛いね~、やっぱり」
言われてアーサーは慌ててアントーニョの影に隠れる。
さすがに他人にこの恰好を見られるのは恥ずかしい。
「澄花さんは着られへんのですか?部屋についとるでしょ、浴衣」
さすがに可哀想に思ったのか、アントーニョがかばうように話題を変えた。
「あ~うん。おばさんが着てもねぇ。あーちゃん?みたいに可愛くないから。」
「あ、そりゃあーちゃんは特別やさかい。若くてもあーちゃんほど可愛え子おらんもん」
「あはは。べたぼれだねぇ。良い事だ。じゃ、忠告。外は結構冷えるし女の子は体冷やすの良くないからね。あっちで旅館の人が温かいお茶くばってるからもらってきたら?」
「あ、ほんまや~。おおきにっ。」
そう礼を言うと、澄花は、じゃあね~と手を振って消えていく。
完全に彼女が見えなくなると、アーサーはようやくアントーニョの影から姿を現した。
「誰が可愛いって?」
と、にらみつけるが、アントーニョは全く堪えた様子もなくにっこりと
「あーちゃんに決まっとるやん」
と笑顔を浮かべる。
「そっか~、この恰好なら別にキスとかしても普通やんな?」
「外でキスは男女でも普通じゃねえっ!」
「あ、あ~ちゃん真っ赤やで~。トマトみたいで可愛えなぁ~。」
「そういうのやめろっ!」
「じゃ、これで勘弁しといたるわ~。」
アントーニョはちゅっとアーサーの頬に口づけると、
「ほないこか~」
と上機嫌でお茶を配っている旅館の従業員の方へ向かう。
「俺とあーちゃん二人でひとつでええやんな?」
と、とりあえずお茶を二つもらって二人それぞれそれをひとつずつ持って、待ち合わせのベンチへと向かった。
もう花火が始まっている。
(…あれ?)
先に行ったはずなのにベンチには二人の姿はない。
いったんお茶を預けたアーサーをベンチに座らせて、あたりを見回すアントーニョ。
「フラン?ギルちゃん?!」
少しベンチの周りも探すがやっぱりいない。
「ちょっとあーちゃんはここで待っといて。二人戻ってくるかもしれへんしな。俺はこのあたり見てくるわ」
と、アントーニョが探しに行こうとすると、後ろから
「あの…」
と、声がした。
振り向くと、行きのバスで夫婦で来ていた老女が、後ろに立っている。
「はい?」
「違ってたらごめんなさいね…、これ…あなたのかしら?そこの茂みで拾ったんだけど…」
そういう老女の手には四葉のクローバーのペンダント。
それは夏にアーサーが全員にプレゼントしてくれた物だ。
もちろんアントーニョは自分のは身につけてるし、アーサーもだ…という事はこれはフランかギルの物のはずだ。裏を見てみるとフランの名が入っている。
「あ、はい、そこでってどこです?!」
ペンダントになってたはずだが、チェーンがついていない。
「えと…そこ…なんですけどね…」
老女が指し示す地面を凝視するアントーニョ。
礼を言って老婆見送る。
アーサーもその場にきて、それが落ちていたと言う地面から上の木を視線でたどった。
その視線が一点で止まる。1mちょっとくらいの位置の木の枝だ。
そして顔面蒼白。
「旅館の人に警察呼んでもらえ!」
と言う。
アーサーが見つけたのは枝についていた擦ったような跡。
チェーンはその場になかった。
そこから導きだされる情景は…フランのペンダントが枝にひっかかった。
無理にひっぱったのでチェーンが切れた。
草の上に転がるロケット。枝にひっかかったチェーン。
自分でひっかけたなら、チェーンを回収した時点でひっかけてペンダントがちぎれたのは気付いているわけだから、ロケットを拾わないはずはない。
あれはアーサーが4人でお揃いにとわざわざ刺繍を施した特別な品なのだ。
…ということは…拾える状況じゃなかったということで…
嫌な予感がヒシヒシとアーサーを蝕んで行く。
母屋についてフロントに事情を説明して警察を呼んでもらう。
それから念のためにと自分達とフラン達の離れを見に行くが当然二人ともいない。
青くなりながらも二人は母屋にまた戻った。
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