露天は外鍵と内鍵がついていて、外鍵は貸し出し用が2セット。
露天に向かう前に母屋で借りて、帰ってきたら返す。
なので部外者が露天に入る事はできない。
そして内鍵は文字通り内側からの鍵なので、現在使用中だと早めに行って外鍵を使っても内鍵でロックされているため入れないという仕組みだ。
「結構…遠いよね。足場も悪いし、夜なんてめっちゃ歩きにくそう」
ご丁寧に草履まではいてきたせいで、余計に歩きにくくて景色そっちのけでついつい愚痴の出るフラン。
それでなくても道は細い木でできていて二人並んで歩くのがやっとな上に曲がりくねっているので歩きにくい。
「ん~これだけ広いと安全管理どうなってんだろうな。部外者でも忍び込めそうな気がする」
と、こちらも景観をそっちのけな様子のギルベルト。
確かに…母屋から奥、離れのある中庭は全体を塀がおおっているものの、母屋より手前に外庭はその気になれば部外者でも簡単に入り込めそうだ。
もっとも四方を山でかこまれているため、山を越えてこなければいけないので大変なのは大変そうだが…。
「小川…水綺麗だよな~、…冷たっ」
アーサーは人に見咎められる心配のない道まできたせいで、自分の格好の事もすっかり忘れてはしゃぎつつ、道沿いに流れてる小川に少し指先をつけて、あわててひっこめる。
「あーちゃんそれでなくても脂肪少なそうやし寒いやろ。風邪ひくで」
アントーニョは自分のハンカチでその指を拭いてやると、指先を包むように手を握った。
「なんか…山に囲まれてて木と小川と空しか見えなくて建物も全然なくて、ホントに旅行してるって感じだよな♪ほら、ひな菊とかも咲いてる♪」
子供のようにその手を大きく振りながら、楽しげに言うアーサーに、全員が微笑む。
そして露天に到着。
「じゃあはいるか~」
と、全員露天へ。
「ひゃ~さっみぃ!」
外は冬だけあってめちゃくちゃ寒いが、その分温かい湯につかった時の気持ちよさは格別だ。
「…ああ…気持ちいい…」
真っ白な肌を蒸気させてぽわんとつぶやくアーサーに、
「ごめん、お兄さんちょっとトイレ…」
と、唐突にフランシスが湯からあがる。
それを見送ってアントーニョはにやにや笑った。
「ギルちゃんは?いかんでええの?」
「…っるせえ!お前はどうなんだよっ?!」
「俺見慣れとるもん♪」
「ちきしょ~!爆発しやがれ!!」
そう言ってギルベルトも出ていく。
「あいつらどうしたんだ?腹でも壊してるのか?」
一人意味がわからずきょとんとするアーサーに、
「ああ、そういうわけやないから、気にせんでええよ、あーちゃん」
と、アントーニョはクスクス笑った。
結局二人はそのまま戻ることなく時間に。
「二人とも一体何してたんだ?」
と首をかしげるアーサーに、フランとギルは
「なんでもないっ」
と珍しく二人声をそろえて首を横に振る。
アントーニョはそんな二人を見て爆笑しながらも、
「まあ…でもあんまりのんびりしてると湯冷めするから行こか。」
と、言ってみんなを促した。
そうして宿に着くと、
「腹減った~。今何時?」
アントーニョの言葉にギルがチラリと腕時計に目をやって答えた。
「18時13分32秒」
その答えにアントーニョが呆れたように
「あのな…時報やないんやから…秒まで要らんて。ま、夕飯6時半に頼んどいたからあと17分かぁ」
と、お腹をさする。
「食い意地張ってるな、トーニョは」
そんなアントーニョ呆れ交じりに言ったギルは、
「あ…」
と叫んだ。
「何?」
とフラン。
「露天の鍵返し忘れたわ。ちょっと返してくるっ」
と、ギル止める間もなく走り出して行く。
「んじゃ、夕飯はトーニョ達の部屋だし、もう直接行っとこっか。」
食事はアントーニョ達の部屋に運んでもらって一緒に食べるように手配してるため、フランもそのままアントーニョ達の離れに向かう。
「遅いな…ギル。母屋まで行って帰ってくるだけならいい加減来てもいい頃だよな…」
18時20分を過ぎて仲居さんが食事の支度を始めると、フランはチラリと時計を見て立ち上がった。
「ちょっと見てくる」
と、フランが部屋を出かけた時
「遅れてわるい!」
と、ギルが入って来た。
「迷いでもしてたの?」
ギルにしては珍しいとフランは言うが、ギルは
「いや、実はな…」
と否定をして、しかし部屋に入って
「うっわ~うまそうじゃん♪」
と料理をみて歓声をあげた。
こうなるとグダグダだ。
フランはそれ以上聞くのはあきらめて、黙って自分の席についた。
なごやかな夕食がすむと、気持ちは花火へ。
「早めに行っていい場所探そうぜ」
というギルが立ち上がった時、アーサーが突然
「あ…」
と声をあげた。
「今度はアーサーか。なに?」
苦笑するフラン。
「風呂場に…ペンダント忘れて来た…」
それを聞いたフランも
「あ~、俺も洗面所にブラシ置いたままだ。」
と言う。
「今…7:20か。急いでフロント行って車出してもらえば7:30の人が入る前に取って来れるな。急ごう」
ギルが行って全員でフロントへ急いだ。
そして車を出してもらって露天風呂へ。
幸い次の予約の人はまだ来てなかったので二人は急いでを取りにそれぞれ浴槽と洗面所へ戻った。
「あったっ」
と、二人ともすぐ中から出てくる。
「んじゃ、戻るか。」
7:30…花火は8:00くらいかららしいからまあ余裕か…と車に戻りかけるギルの服の裾をアーサーがクン!とつかんだ。
「なんだ?」
大きな丸い目で自分を見るアーサーにギルが少し笑みを浮かべると、アーサーは
「ん~、歩いて戻ったら…遅れるか?」
とちょっと首を傾げた。
長い睫毛に縁取られたグリーンの澄んだ瞳がジ~っと問いかける。
「平気だと思う。そうするか」
そんな目で見られて断れる人間はここにはいなかった。
そして送迎の車には帰ってもらって全員で歩き始める。
さっき露天に来た時の往復とはまた別のルート。
「これで…全部だな♪」
ご機嫌で笑うアーサー。
暗闇を照らす明りが青色の着物をふんわりと映し出した。
結局…全ルートを通ってみたかったんだな、と納得するギル。
「あ…ここから露天の行きに通った道にでられそうだな♪」
変なところで目がいいアーサーがそれまでつないでいたアントーニョの手を放してテケテケと歩き出して行く。
「危ないからっ!手は放さんといてっ!」
足場が悪いので一歩間違えば落ちて泥だらけ、もしくは草だらけだ。アントーニョはあわててその腕を掴む。
しかし崖の前で立ち止まるアーサー。3人は不思議に思って
「どこが?」
と同じく崖を見上げる。
「えっとな…この木を登って上に行くとたぶんそうかと…。ひな菊と…小川の匂いがするから」
ここからそんなもんわかるのか…犬並みの嗅覚だな…と全員秘かに呆れ返る。
3人が呆れているうちに、アーサーはスルスルと女物の浴衣のまま木を登っていく。
うああぁぁと、全員何故か視線をそらせるところが、青少年だ。
一方登りきったアーサーは木の上から見覚えのある道を確認して、満足して降りてくる。
「あーちゃん…自分の格好考えてな?」
と言われてアーサーは初めて思い出したらしい。
「わ、わりい」
と慌てて着崩れた浴衣をなおした。
4人はそのまままた下の道を歩き始める。
「ここ…すごいねぇ…」
途中幅4mほどの亀裂があり、木の吊り橋がかかっている。
「ひゃあぁ…すっごい揺るね~」
フランが思わずギルにしがみつくが、気持ち悪いと引きはがされる。
一方アントーニョは
「あーちゃん、大丈夫?怖ない?」
と手を差し出すが、こちらは全然らしく
「ま、普通に渡ってれば落ちないから平気、ほら」
と笑って先に立って歩き出したが、そこでグラっと体が前に傾いた。
「あーちゃん!!」
慌てて支えるアントーニョ。
「平気か?」
とギルも走ってきた。
「わり…。草履壊れた」
と、鼻緒が切れた草履をぷら~んと掲げるアーサーを、アントーニョがひょいっと抱き上げた。
「お、おいっ!!」
「しゃあないやろ~。いったん部屋で靴に履き替えてこ」
と、歩き始める。
やがて遠くに母屋が見えてきた。
「じゃ、そういうことで行ってくるわ。」
というアントーニョに
「とりあえず…母屋の西側のベンチのあたりに陣取ってるな。ちょっと影になってるから周りからのぞかれねえしっ」
と了承して4人は2対2で部屋と場所取りに分かれた。
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