ネバーランドの悪魔3章_6

再会


「…降ってきたか……」
アーサーは小さくため息をついて、大きな木の影に腰をかけた。

甘かった…まったく甘かった。

急に思い立ってきたため、全く支度などしていなかった。
途中で寄ったネバーランドで出会ったフェリシアーノが呼んできたルートというしっかりした子どもが山に登るなら…と、携帯食料と寝袋を用意してくれたが、そこは子どもの事だ。さすがに雨具までは用意されてはいない。

野宿をしようにも下が濡れているので寝袋を出せないし、このまま座って寝るわけにもいかない。
かと言って地面が濡れないような場所は無さそうだし、さてどうしようか…とため息をつく。

北の国からネバーランドまで魔力を使いすぎたため、さすがに山を魔法で登る体力がなかったのが1番の敗因だ。
今にして思えば、ネバーランドで少し休ませてもらって、体力が回復したところで魔法で一気に山を登れば良かったのか…。
そうは思うものの、もう戻る体力も残っていない。

雨に濡れたせいでひどく寒い。
どんどん体温が奪われていく中、背に腹は変えられず、アーサーは濡れるのを覚悟で寝袋を出すとそれに包まって少しだけ休もう…と、目を閉じた。




心臓が止まるかと思った……。

大きな木の下で茶色の塊がひっそりと横たわっている。

「アーティー…嫌や…アーティー……」

数百年前の悪夢が蘇る。
あの時も眠るようにして息を引き取っていた。
また…自分は間に合わなかったのか……

震える手足を叱咤して、アントーニョは木の下の塊に近づいて行った。
しっかりと目の閉じられた顔に手を伸ばすと、かすかに吐き出している息が手に当たる。

間に合った!!
アントーニョは濡れた寝袋ごとアーサーを抱え上げると、魔法で一気に山の中腹へと飛んだ。

つくとほぼ同時に魔法で風呂に湯を張り、温かい飲み物をいれられるようにポットに湯を沸かす。
もちろん瞬間でそこまでやったあとは、寝袋の中からまるで壊れ物を扱うようにそ~っとこの世で1番大切な宝物を取り出した。

すっかり冷えきった身体から濡れた衣服を取り去り、温かいタオルでくるむと、そこでゆっくりと白い瞼が開いた。

そこから綺麗なペリドットがのぞいた瞬間、アントーニョは言葉もなくその小さな身体を抱きしめて号泣した。

アーティー、アーティー、アーティー!!!
数百年もの間ずっと後悔し、自責に苦しみ続けた。
死にたい…死なせてくれ…と、何度も血を吐くほど叫び続けたあのツラい日々が溶けていく。

「…トーニョ…?」
おずおずと回される小さな手に胸が詰まる。

「堪忍…堪忍な…。あの時置いて行って…自分を死なせてもうて堪忍…」
嗚咽の合間にそう言うアントーニョにアーサーは小さな小さな声で
「…待ってるって言ったのに…待ってなくてごめん…な?」
と、謝罪した。

「そんなん…アーティーのせいやないやん。」
そうだ。この子は待とうとしてくれていたのに…。
一瞬また過去の怒りがふつりと蘇ったが、腕の中の小さな温かさに、それもすぐ溶けていく。

「あのな…約束だったから…来てみたんだ。だからもういいんだ。俺…帰るな?」

部屋の中にはアントーニョ以外の人間も暮らしている気配が伺える。
自分は約束を果たしに来るのが遅かったようだ…。

期待していたわけじゃない。そう…ただ約束は守らなければならないから来ただけなのだ。
アーサーは少し物悲しい気分で…でも、アントーニョがこれだけ気にしていたのなら、来て良かったのだと思うことにした。
そして…すでにアントーニョがあれから新しい道を歩き始めているのなら、自分は邪魔をしてはならないとも……。

トン、と、軽く抱きしめてくるアントーニョの胸板を押して離れようとすると、
「なんで?親分の事嫌になったん?やっぱりあの時守ってやれへんかったから?」
と、ひどく驚いて傷ついたような顔でアントーニョが言った。

「…別に…嫌いになってはない…」
「じゃあ、どうして?!どうして帰るなんて言うん?!」
「だって…お前もう一緒に暮らしてる奴いるんだろ?」
悪いじゃないか…とつぶやくように言うアーサーに、アントーニョはホッとしたように息を吐き出した。
「あ~、ロヴィのことか。あの子は違うねん。
元は帰る家ないのを引き取ったんやけどな、アーティーを大人に見殺しにされてから親分大人がダメになってもうて、外でられんくなってたから、アーティー探すの手伝ってくれててん。」
「…俺がいても…迷惑じゃないのか?」
「当たり前やん!ロヴィかて随分長いことアーティーのことずっとずっと一生懸命探してくれててんで?もうアーティー見つけて一緒に暮らすのは親分だけやなくてロヴィの悲願でもあるんやから…」

と力説したところで、何故か

「てめえっ!ガキ相手に何してやがるっ!!!」
と、箒が飛んできて、アントーニョの腕の中からタオルごとアーサーが抱き上げられた。

「落ち着けよ、ロヴィ…。」
「アーティー返したってやっロヴィ」
ギルが呆れた声で、アントーニョが必死な声でそれぞれそう言うのにも耳を貸さず、ロヴィーノは抱き上げたアーサーに
「この馬鹿に変な事されなかったか?大丈夫か?」
と聞いている。

「いや…たぶん雨に濡れたから?」
と、タオル一枚の姿に対しての質問だろうとアーサーが答えると、
「そうや!今風呂沸かしとるんやて!」
と、またアントーニョが必死に言う。

「ならいい。とりあえず着替え用意してやるから、風呂であったまってこい。」
と、アーサーを浴室に促すと、ロヴィーノは奥の部屋へときがえをとりに向かった。


「なんか…おかんみたいだよなっ。」
ケセセっと笑うギルベルトに、
「見とるなら止めてや…」
と、箒が当たった頭に手をやりながら文句を言うアントーニョ。

年齢はアントーニョは若干取って、ギルベルトは逆に若干若返ったものの、見た目はそれなりに変わらないため、お互いが今更言わないでもお互いと認識できている。

「で?二人なんでおるん?」
「あ~…ロヴィがなんだか自分が面倒見てる集落で自分に連絡取ろうとする時使う魔法弾が上がったとかいうんで、一緒にネバーランドに行って事情きいたから。」
「あ~、そうやったんや。あのな、アーティーなんやけど…」
「ああ、わかってる。お前に返すためずっと側で守ってきたんだ。連れてけよ。」
「自分は?これからどうするん?」
「ん~…考えてねえけど?」

そう…よもやこんなに突然に返す日が来るとは思わなかった。
これまでの数百年、アントーニョに返すまで絶対に守らなければとアーサーを優先した生活をしてきたため、それ以外の生き方について考えたことがない。

それを言うと、アントーニョは
「なら、ここで暮らさへん?ロヴィとも仲ええみたいやし、アーティーにも目行き届くし、何よりネバーランドもこれからおっきいなってくるから、手助けしたる手が必要やしな」
と、提案した。

「あ~、それいいんじゃね?この家も広いし、ネバーランドの世話も俺一人じゃキツイしな。そろそろ都市計画みたいなもんも考えてやんねえとだけど、俺もアントーニョもそういうの向いてねえから」

とりあえず、と、自分の子どもの頃の服を出してきたロヴィーノがそう言った後に、それに…と続ける。

「連れてきた手前俺はある程度ネバーランドの面倒みるため長く生きないとだし、その間お前もいたら結構楽しそうだしな。」

それに対してギルベルトは少し考え込んだ後、

「ま、そうだな。俺様ももう少し自分のために長生きすんのもよさそうだし…お前と国づくりってのも確かに楽しそうだ。」
と、ようやく肩の荷が降りたところで、自分が楽しむための人生というのを送ってみるのもよさそうだ…と、それに同意する。

こうして4人は一緒に暮らすことになった。





トマトから子どもが生まれる不思議の国ネバーランド。

その中心の神山には魔王と悪魔と神のしもべと天使が仲良く暮らしていて、みんながこの国に祝福と知恵を授けてくれる。
天使も魔王も大好きなその国では、人間から生まれた子どももトマトから生まれた子どももみんな仲良く暮らしている。
そんな不思議な不思議な国なのだ。






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