昼食は朝のうちに作っておいて歩きながら摂る。
その代わり夕方になったら野宿の準備もあるので早めに移動を止め、フランスがテントや夕食の準備をしている間に自分は辺りを見周り、危険がないかの確認…と称した散歩。
グルリと半径200mくらいの範囲を見回って、食料になりそうなモノを見つけたら狩って、水の気配があれば水を調達して戻る。
それがスペインの一日だ。
当然プロイセンが連れていたお姫様はたいていは、スペインとは別行動だが同じような事をしているプロイセンと一緒にいる。
正直…面白くない。
彼女の方が怯えるから…と言われれば無理にとは言えないが…――親分、怖ないもん――と、心の中で思う。
馴染む機会を与えてもらえないのだから、馴染みようがないじゃないか…。
そんな事を考えながら仕留めたこのあたりではボッコというらしい野性のイノシシに似た獣を担いでの帰路、林檎を見つけてそれももいで袋に入れた。
若干不機嫌にしながらも今日も大猟だ。
このあたりの事はずっと大国として生きて来たフランスは下手だが、かなり長い期間大変だった時期を乗り越えて来たプロイセンは得意なので、くだらない意地ではあるが、奴には負けたくない…と、合流してからはスペインもかなり真面目に働くようになった。
今日も朝起こされる前にさっさと起きての狩りである。
そうして今日のキャンプ地に近づいた時、何か小さくはない生き物の気配にスペインはスッと足音と気配を消して近づいた。
木の陰から覗くと、そこはそれが今日のキャンプ地の決め手となったキャンプから少し離れたところに沸く小さな泉。
まだわずかに落ちきらない日差しがキラキラと水面を反射して光っている。
そんな中にふんわりと座る白い影。
彼女だ……。
小さな手で顔を覆って嗚咽している。
サラサラの流れる波のような金色の髪。
かすかに聞こえる泣き声、それを慰めるようにその細い肩口に止まった小鳥が鳴き、小さな動物達が寄りそっていた。
…かっわ可愛え……
まるで童話の絵本の1ページのようである。
思わずそのまま見惚れていたが、注意が散漫になっていたようだ。
一歩踏み出した瞬間に小枝を踏んでしまったのだろう。
パキっと小さな音がして、耳ざとい森の動物達は驚いて逃げていく。
ビクッ!と驚いてガラス玉のように澄んだ大きなグリーンの目を見開いた少女が振り返った。
「あ…堪忍な。脅すつもりやなかったんやけど…」
と仕方なしに姿を現すスペインに、怯えきった目をしていた少女は少しだけホッとした様子を見せる。
だが近づこうとするとまたビクっとすくみあがるので、スペインは苦笑してその場で止まって膝まづいた。
そして袋の中から林檎を一つ取り出す。
「なんや悲しい事でもあったん?
これ、食べ」
と、差し出すと、おずおずと伸びてくる白い手。
…ありがとう…ございます…
と言いつつ、手の中で林檎をころころしている様子は愛らしいが、いつまでたっても齧る様子がないのに、スペインはもしかして…と、ナイフともう一つ林檎を取り出して、それを綺麗に皮をむいてきってやった。
「お姫さん、もしかして齧ったりした事ないん?
せやったらこれ食べ」
と、切った林檎を差し出してやると、また礼を言って受け取って、今度はしゃりっとそれを齧る。
「…美味しい……」
と、まだ涙の残る顔にようやく笑みが浮かぶと、スペインもどこか満たされた気がした。
そしてスペイン自身も林檎をまた一つ取り出して、それは自分がまるごと齧る。
そうしてしばらく林檎を齧っていて、ふと少女が顔をあげてスペインに視線を向けた。
「…なん?」
とニコッと笑みを向ける。
親しみやすさには定評があるスペインだ。
意識して人の良さそうな笑みを浮かべれば、少女アリスは少し躊躇したあとに、それでも口を開いた。
「あの…泣いてた事は……」
「ああ、ギルちゃんには言わへんよ」
と、先回りして言ってやると、心底ホッとした表情をする。
「親分とアリスだけの秘密やな」
と言うとコクコク頷くのが嬉しい。
「ほんで?なんで泣いとったん?
絶対に他に言わへんから、大丈夫やで?
話したら楽になる事もあるし、話したって?」
と言うと、アリスはしょん…と少し肩を落とした。
そして言う。
「…絶対に絶対にギルベルトさんには言わないで下さいね?」
「おん。言わんといてって言うなら言わへんよ」
念押しをされて頷くと、アリスはまたぽろぽろ泣きだした。
「…怖くて……魔王倒したら…ギルベルトさん…違う世界に戻ってしまうって……
…私は家わからなくて…帰れなくて……宿のご主人は良い方だけど…だけど……」
震える細い肩…それに手をかけようとした瞬間…
「お~ま~え~は~~!!!!お姫さんに何してやがるっ!!!!」
ボッコの骨が飛んできた。
「なんもしてへんわっ~~~!!!!!
ああ、本当に本当に、見ていたんじゃないかと思うくらい絶妙のタイミングで割りこんでくるプロイセン。
そこまで自分がアリスに近づくのが嫌なのかっ?!!とスペインは腹がたってくる。
「お姫さん、トーニョの馬鹿が何かしたか?」
と、自分が本当にミリ単位で縮めていた距離を一気に通り越してアリスに駆け寄ると、当たり前にその細い肩に触れるどころか抱きしめたりするのだから、本気で殺意がわいた。
「ちが……た…だ…色々思い出しただけ…で……」
「ああ、もう言わなくていい。
1人にしてごめんな?」
と、手触りの良さそうな長い髪をなでるあたりで、イライラが頂点に達して、スペインは
「フランに食材渡して来るわ」
と、その場を後にした。
…数分後
「………」
「………」
「………」
「…行ったか?」
「…ああ、行った」
瞬時に止まる涙。
「すげえな。涙自在に出せんのか」
と、感心するプロイセン。
もう大英帝国の本気すげえなと思う。
本当に…演技と知っているプロイセンだって思わずそれを忘れてしまいそうな愛らしさ、哀れさが滲みだしていたのだ。
そりゃあこの調子で本気で来られれば、スペインだって毎度毎度騙されるわけだ。
「あ?長く国やってれば余裕だろ?」
と、けろっとした様子で言うイギリスに
「余裕じゃねえよ。俺出せねえよ」
と、プロイセンはぷるぷると首を横に振った。
「…で?どうだったよ?」
「ん~…まだ願いを変えるまでいってるかはわからねえけど、同情されてるのは確かだと思う。
とりあえずか弱そうに泣いておけば、あいつはほだされてくれるから」
と、さきほどまでが嘘のようににこやかに言うイギリスにプロイセンは
(…その調子で『ごめん、海賊のこと…何とかしたいと思って一生懸命やってるんだけど…本当にごめん…』とか、あの時もそんな感じで泣いて見せたのか…)
と思いつつ、しかしその突っ込みはソッと心の奥にだけ留めておく。
とりあえずは…人類の未来のためだ、悪いな。
と、プロイセンは心の中で悪友に謝罪した。
そんな風に旅を続ける4人。
それは全く突然だった。
というか、おそらく誰かのいたずらだろう。
1週間の野宿を終えてようやく見えてきた小さな村。
テントに泊まっていて、風呂もそれは当然のようにプロイセンとスペインが協力して、川に石を積んで囲いを作った上でそこに焼けた石を放り込むという実に面倒な作業をして作った簡易風呂に真っ先に入れてもらっていたイギリスや、野宿が苦にならず、むしろお姫様のために色々工夫するのを楽しんでいた前述の2人と違って、外で寝て水で水浴びという生活が辛かったのだろう。
「ぃやったああ~~~!!!ようやく脱野宿だねっ!!!」
と、それを一番喜んだのはフランスだ。
旅の途中はさんざん『もう、疲れた~』だの『お兄さんもう一歩も歩けな~い』だの――結局そんな事を言いだすとたいていはスペインの拳が容赦なく飛んできて、逃げるために走りだす事になっていたのだが――ぼやいていたのが嘘のように、足取りも軽やかに村の入り口にむかって走りだし……門の所で飛ばされていった…物理的に…どこかへ……
「…あ………」
手に口をあてて立ち止まり、遠くなるフランスを目で追うイギリス。
その前と後ろを護衛するスペインとプロイセンも同じくそれを見送ったが、そのまま立ちつくすイギリスに、スペインは後ろを振り返ってきらり~んとまばゆいばかりの笑みを浮かべた。
「ほな、先に村行って待ってようか~」
「え…?……でも…」
「フランの事やったら丈夫な奴やし、大丈夫やで。
お姫さん疲れたやろ?」
「いえ…あの…でも……」
と、そこで困ったように今度は後ろのプロイセンを振り返る。
するとそこはスペイン以上に全員を知っているプロイセンだ。
「あー、あいつは大丈夫だから。
探しに行って入れ違いになっても困るしな。
あいつもここに戻ってくるだろうから、ここで待ってようぜ。
数日待って戻って来ねえようならお姫さんにはここで待っててもらって俺かトーニョのどちらかが探しに行くから」
と、本当はイギリス自身もそう思っているであろう意見を代弁した。
こうして数日後、フランスが戻ってきた時にまた、4人の状況は動き始めることになる。
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