世界の終焉-魔王の誕生
東の国の王子と分かれて、アントーニョは少しでも身軽になるようにと荷物を全部放り投げて、元来た道を疾走した。
『西の坊ちゃん死にかけてたの』
その言葉が頭の中をグルグル回る。
自分を騙して出し抜くための嘘だといい…本気でそう思った。
もしこのまま戻ってアーサーが本当は無事だったとしても、許せる気がする。
本当に死にかけてるよりどれだけいいだろう。
(お願いや…死なんといて…)
あの子を永遠に失う…そんな事耐えられるはずがない。
涙で視界がぼやけ、何度も木の根や草に足を取られて転がった。
丸一日かけて登った山を半日で駆け下りて、中継地点にたどり着いた時、アントーニョは涙とドロでズタボロだった。
バン!とドアを蹴破って、他のすべての人間をスルーしてアーサーが眠っていたはずの部屋へと駆け込んだ。
「お前がトーニョ…か?」
アーサーが静かに眠っているベッドの横の椅子に腰をかけていた銀髪に紅い目の男が静かに立ち上がる。
「悪い…もう少し早く介入できれば良かったんだが…」
そう言う男には答えずに、アントーニョはベッドの脇まで駆け寄った。
まるで眠っているようだった。
起こせば起きてくれるんじゃないか…そんな錯覚をしてしまいそうだ。
しかし触れた頬は冷たく、クルクルと楽しげによく動いたペリドットの瞳が隠れた瞼はもう開くことはない。
「…なんで……」
ガクリと膝から崩れ落ちる。
「待ってるって…戻ってくるの待ってるって言うたやん…なんで一人で行ってまうんや…」
アントーニョは号泣した。
やっぱり離れるべきじゃなかったのだ…。
それこそ殴り倒して麻袋に詰め込んで背中に抱えてでも逃げてしまえば良かったのだ。
『早く帰ってこいよ』
そう言って自分の服の裾を掴んだあの子をどうして置いてきてしまったのかわからない。
我儘の言えない…縋ることのできないあの子の精一杯を何故汲んでやらなかったのか…
後悔などという生易しいものではない、こらえ切れない悲しみと自責の念がアントーニョの全身を責め苛んだ。
「あの…陛下…行事は…東の国だけ進んでいるのですか?」
その時オズオズと部屋の外からかかる声に、アントーニョは顔を上げた。
その声は言葉は、まさに滅びの扉を開ける事になった。
「…聞いたわ…。西が主犯で自分らと東は同調…かろうじて人間らしい対応したんは北だけやったんやってな」
浮かんだ笑みは憎しみと絶望に満ちていた。
この期に及んでまだ勝負の事しか頭にない人間達に、嫌悪を通り越して狂おしいほど激しい憎悪を感じる。
「俺は…こんな奴らのために頑張ろう思うとったん?それのせいで大事なモン亡くしたん?」
…恨むわ……
その禍々しくも悲しげな声は耳を通してではなく、全ての人間の脳に響いた。
魔力が渦となって暴走する。
…おのれらみんな…絶対に…死んでも許さへん……
魔力の奔流の中心で、アントーニョの肉体はすでに消えかけていたが、それでも自らの死など全く意に介さず、その脳内を占めるのは怒りと悲しみ…そして激しい憎しみだけだ。
4国一強大と言われる魔力が闇に包まれた。
何かがその悲しみと憎しみに共鳴して、世界を覆う気配がする。
「待てっ!!落ち着けっ!!!」
強い恨みのオーラにあてられて誰しもが動けない中、ようやく我に返ったギルベルトが叫ぶ。
…ああ…自分には世話になったな…あの子の最期看取ってやってくれておおきに…
少し薄まる闇。
しかしそれも一瞬だ。
アントーニョの身体を中心にして暗黒に染まった魔力がどんどん広がっていく。
…寂しがり屋のあの子にわずかばかりの慰めをくれた自分に対する感謝を込めて、北の国だけは残したる…
そう脳内に響いた瞬間、ギルベルトを始めとする北の国の人間は、自国内に飛ばされていた。
…北の領土内では人は生きる事ができるが、一歩その土地を出たら滅びの運命をたどることになる…くれぐれも国を出えへんようにな……
それが最期の声だった…
そして次の瞬間…瞬時に世界中の人間が死に至る…北の国を除いては…。
闇の中に霧散した南の国の王子がどうなったかは誰も知らない…
その後残された北の国の王子は関係者としての最後のけじめとして、国の民の安全のために自らの命を代償に国土全体を覆う強力な結界を張った。
こうして世界は呪われ…隔離された小さな国だけが残されたのだ。
エピローグ
「魔王は…この終わりの向こうで一人ぼっちなの?」
行こう…と、促されても子どもは動かなかった。
そのまま遠く壁の向こうをみている。
「あ~なんだか子ども一人で壁に来ると向こうの世界に連れて行かれちまうらしいぞ。
魔王はずっと約束した子どもを待っているんだと。だから子ども一人で壁に来ると間違えて連れて行っちまうらしい。」
少年、ギルはもう一度、行こう、と、子どもの手を引っ張った。
「約束した子どもって?」
それでも動かない子どもに少し苛立つ。
国境沿いに来るとどこか気分が下降する。
「知らねえよ。本当にもう行くぞっ!」
ぞわぞわとしたモノを感じて、ギルは子どもの手を掴み、強引に引きずった。
「ふ~ん…早く会えるといいね。」
子どもは無邪気にそう言って、ようやくギルと並んで歩き始める。
ぞわぞわがひどくなる。
ギルは冷や汗をかきながら、足を速めた。
早く…一刻も早くここを離れなければ…
後ろを意識するな…
「絶対に後ろを振り向くなよ?まっすぐここを離れるんだ…」
ギルは聡明な少年だったが、子どもの習性までは理解していなかった。
「後ろ?」
子どもは迷いなく振り向き、そして聞く。
「ねえ、ギル。あの人だあれ?」
Before <<< ネバーランドの悪魔へ続く……
0 件のコメント :
コメントを投稿