別れ
「いややっ!俺もここに残るわっ!」
アーサーが熱を出した。
傷を別にしても今まで普通にしていたのが不思議なくらいだということだ。
こんな小さな子どもが病み上がりで1週間も山をさすらう事自体が無茶だ。
そこに傷から来る熱も加わって、これ以上無理をさせたら確実に命を落とすだろうと言われれば、それでも一緒に頂上を目指すとは言えない。
今でさえもう肺炎を起こしかけているらしい。
「アーティ、堪忍な。こんなになっとるのに気づいてやれへんで堪忍。」
ポロポロと涙をこぼすアントーニョに、アーサーは一人でも行って来い、と、上を指さす。
「いやや。自分置いて行くの嫌や。」
頑なに首を横にふるアントーニョに、アーサーは、待ってるから、と、笑った。
「お前が1番になって…南が中央の権利取ったら…貢献した感謝の印に…国に招待してくれよ…。」
そうしたら、行事が終わってもまた会える…と言うと、ようやく納得したようだ。
これ以上アントーニョが出発をゴネれば、初日のように無理でもなんでも自分も行くと言いかねない。
心配は心配だが、ここに入ればアーサーは治療を受けてゆっくり休める。
アントーニョは断腸の思いで一人で出発を決意した。
「すぐ戻ってくるさかい、待っててや。下までは一緒に帰ろうな。」
アントーニョが言うと、少し熱で潤んだ瞳でアーサーは微笑む。
「中継地点寸前くらいまで敵いたから…一応気をつけろよ?」
自分の方がよほど大変なのに、そう言ってアントーニョの心配をするのがアーサーらしい。
「親分強いから大丈夫や。アホな輩が向かってきても蹴散らしたるわ」
そう言うと、行ってくるで、と、アントーニョはアーサーの額にキスを落とした。
クルリと反転してドアに向かおうと足を踏み出すと、ツンと上着の裾を引っ張られ、また振り向く。
「早く…帰って来いよ…」
本来寂しがり屋のアーサーの精一杯の主張に、アントーニョは本当にまた泣きそうになった。
「すぐ戻ってくるさかい、無茶せんとええ子で待っとるんやで?」
もう一度額にキスを落として、頭を軽くなでると、後ろ髪引かれる思いで部屋を出た。
憤怒
アントーニョ達が中継地点についた時、東と北の国の王子達はまだたどり着いてはいなかった。
自国の人間には妨害工作はするなとは言ってある。
アントーニョは特に平和主義者というわけではなかったが、戦場以外での裏工作は好きではないし、戦いというのは戦う覚悟があるもの同士がするものだと思っている。
そういう意味では彼の考え方は北の国に近かった。
正々堂々…それは強者の論理と言えなくはないが、弱者には弱者の強さがあると思う。
それは可愛らしさであったり美しさであったりと、攻撃をためらわせる要素である。
弱者は強者に対してどんな手を使おうと基本的に力の差があるのだから仕方ないで済ませられるが、強者が弱者に同じ事をすれば人でなしと罵られる事がしばしばある。
それは屈強な兵士と可愛らしい女子供の関係にも似ている。
屈強な兵士がいきなり女子供に手を上げることはないように、強者が無抵抗の弱者に危害を加えることはない…それは人として当たり前のことであり、人であれば誰しもが持っている不文律である…アントーニョの中ではそう信じられていた。
ゆえに東の国の王子が一人で自分に追いついてきた時も、特に攻撃行動を仕掛けようとは思わなかった。
どう見てもただの優男だ。
殴り倒すのは簡単だが、それはあまりに理不尽にして乱暴である。
どう見ても持久力があるようには見えないし、一時的に抜かしていったとしても、おそらく途中で体力が尽きて脱力するタイプだ。
実際東の王子に対するその認識は正しかったわけだが、彼が自分の体力配分を考えないハイペースでここまで追ってきたのには訳があったのだ。
「西の国の王子だよね?」
ゼーゼーと息を吐きながら彼が話しかけてきた時には、何か交渉ごとをしようと考えているのかと思った。
しかしその口から出た言葉は意外なものだった。
「あのさ、北のギルベルトからの伝言なんだけど、即中継地点に戻ってって。」
「…自分はどうするん?」
「お兄さん?お兄さんはこのまま頂上目指すよ?そういう約束で伝言引き受けたわけだし?」
当たり前に言う東の王子。
「アホちゃう?自分」
と、思わず思ったままを口にする。
北も東も当然知り合いでもなんでもない。
何故自分がこのわけのわからない男に道を譲らなければならないのだ。
自分は絶対に中央の所有権を勝ち取って、可愛いアーサーを国に招くという義務があるのに…と思っていると、東の王子は少し困った顔をした。
「えとね、お前にその気がなければ強要はできないわけなんだけど…俺らが中継地点についた時にはね、西の坊ちゃんが死にかけてたの。
西の人間は病気の坊ちゃん一切放置で、うちは関わる義理ないからやっぱり放置は仕方ないでしょ?
で、おたくら南も放置で、医療専門の北だけは関わろうとしたらしいんだけど、西に自国の人間に余計な事するなって言われて、手を出せないまま待機。
で、俺らがついて、ギルベルトは人道的に国際問題になっても関わるっつ~んで、半ば強引に関わってて、西の坊ちゃん意識ないんだけど、どうやらお前の事呼んでるっぽくて。
で、お兄さんとにかくお前に追いついて伝えてやれって言われて、その後は勝手にさせてもらうって条件で、こんなに急いできたんだけど…」
「西が主犯で南と東は同調…北だけ動いた言う事やな?……死んでも忘れへんわ…」
普段はあまり他人の話に耳を傾ける方でもなく、話をまとめるのも得意ではない。
が、頭が真っ白な分、ひどく整理ができている気がする。
低い声で確認をするアントーニョの静かな殺気に、東の王子は後ずさった。
「お兄さんは関係ないよ?着いた時にはもうそんな状態だったの。」
肉食獣を前にしたように足が震えて動かない。
仕方なくそう説明をしてみると、肉食獣の方が
「ああ…行ってくれてええで。おおきに…」
と、やはりゾッとするような怒りを含んだ声で言うと、離れていく。
「…なに、どうなってんの?あれ。」
その姿が見えなくなってようやく金縛りのように動かなかった体が動くようになると、東の国の王子はその場にへなへなと脱力して座り込んだ。
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