秘密のイングラテラ
「さ、ここがしばらくお前の家だぞ」
着いたのは綺麗な薔薇が咲き誇る一軒家。
駐車スペースに車を止めると、イギリスはさきほど買ったばかりのキャリーバッグにスペインを入れ、ダンボール一杯の箱をフラフラと持ち上げた。
(ああ…やめときってっ!危ないっ!危ないわっ!!)
と、バッグの中でハラハラするスペイン。
おそらく人間の頃の自分なら軽々運べる程度の荷物でここまでふらつくとは、本当に色々な戦い乗り越えて来たんちゃうの?いったいどんな戦いやったん?と、少しばかり物を申したくなる。
それでもフラフラと、広くはないが驚くほど綺麗なローズガーデンを抜けてなんだか可愛らしい感じのする家へ。
不思議な事に両手がふさがっているイギリスが前に立つと自然にドアが開く。
――ありがとな
と険のない笑みで礼を言う方向にはキラキラとした光が舞っている。
これが噂に聞く妖精なのだろうか…。
ともあれ、開いたドアからイギリスはフラフラと自宅へ入り、リビングへ直行。
そこでダンボールを置いて、ふ~っと息をついた。
そしてスペインを入れていたキャリーバッグを降ろすと、中からスペインを出していきなり満面の笑み。
「ウェルカム、今日から当分ここがお前の家だぞ~」
会議場とは違って随分と打ち解けた様子でイギリスはそう言ってスペインをぎゅうっと抱きしめる。
は??なんなん???
そんな風にいきなり抱きしめられてスペインは硬直した。
充満する薔薇の香りは以前も嗅いだ事があるが、それとわかるほど距離の近かったあの頃は、抱きしめるのはいつも自分で、イングランドはと言えば嫌がってはいなかったとは思うが、抱きしめられれば真っ赤になって硬直するのが常だった。
そんな遠い昔の記憶に思いを馳せていると、いきなりスペインの頭に顔をうずめたイギリスは、スンと鼻を鳴らして
「お前…お日様の匂いがするんだな…」
と、小さく呟く。
その声がなんだか少し悲しげで、スペインが気になって顔をあげると、大きな淡いグリーンの瞳がかすかに潤んで揺れていた。
(…ああ…今でもこんな表情するんやな……)
一緒に暮らしていたあの頃は、スペイン自身は可愛がっていたものの、目下の小国の化身と蔑むものも多かった外国での暮らしはイングランドにとって辛い事も多かったようで、姿が見えないなと思って探して見ると、庭園の端っこや図書室の本棚の影など、他人の目にとまらないところでこんな感じの顔をしていた。
スペインはそんなイングランドをみつけるたび、その涙を拭いてやったものだが、今は子犬の身。
ハンカチがないどころか、手で拭いてやる事すら出来ない。
仕方がないので少し身を乗り出して、ぺろりと頬を舐めてやると、驚いたのかポカンと見開かれた目から反動で涙が一粒転がり落ちる。
…が、嫌というわけではなかったらしく、次の瞬間、まるであの頃のようにイギリスは花が咲いたようにふわりと笑った。
「お前…もしかして慰めてくれてるのか。
賢い子だな。サンクス。」
ここ数百年見る事のなかった邪気のない笑顔。
会議場などで見る皮肉交じりの笑みとも、上司を交えての仕事の時のように社交辞令のような綺麗に作られた笑みとも違う、ただ不器用な子どもの心から嬉しいと言う感情があふれ出してしまったような笑み…。
一瞬あの頃のような…と思うが、ありえん…と即否定する。
そう…あの可愛らしい花嫁の笑顔自体、スペインを騙すための嘘だったのだ。
なんの企みもなくイングランドはこんな風には笑わない…。
そんな風にスペインが戸惑っているうち、イギリスはスペインの頭を一撫でしてソファに降ろすと、
「腹…減ってるだろ。今ご飯にするからな」
と、パタパタとキッチンへ駆け出していく。
(…確かに…腹減ってきたな……ん??飯?!誰が用意するんっ?!!!)
と、そこでスペインは恐ろしい事に気付いた。
以前プロイセンが断り切れずに口にしたら、天国に行きかけたイギリスの料理……
嫌だっ!こんな犬の姿のままで死にたくはないっ!!!
きゃうんっ!!と一声鳴いて、スペインはソファから飛び降りて、食物兵器の製造を阻止すべくキッチンへと駆け込んだ。
きゃんっ!きゃんっ!きゃんっ!!!
目に入ってきたイギリスの足元を鳴きながらクルクル回る事しかできず、とにかく焦って回るスペインに気付いたイギリスは、少し身をかがめてスペインを抱き上げる。
そして
「そんなにお腹すいてるのか。もうちょっと待ってろよ?美味しいご飯やるから」
と、実に良い笑顔でちゅっとスペインの鼻先に口づけるとまたスペインを床に降ろして鼻歌交じりで何かしている。
(ちょ、ちゃうわっ!!そういう事やないっ!!お願いやから食物兵器の生産はやめたってっ!!)
と、スペインは必死で訴えるも、悲しいかな、子犬の身ではキャンキャンという鳴き声にしかならない。
動揺しすぎているのと、あまりにクルクル周りをまわっていたのとで、目が回って腰が抜けた。
しかしこうして数分後、そんな不安は実は杞憂だった事をスペインは知る事になる。
だってスペインは現在子犬なのだ。
イギリスは自分の分は普通に作っていたが、スペインの分は当たり前にさきほどペットショップで買ったドッグフードだった。
コトン…と、目の前に置かれるドッグフードの入った皿を見た時、スペインはそれを思い出した。
「どうした?一応それなりに良いドッグフードみたいだぞ?
味の好みがわからないから、とりあえず一通りの味は買ってみたけど…」
と自分の食事はいったん置いておいて、イギリスは床のスペインに視線を向ける。
一方のスペインは…視線をテーブルに。
そちらからはなんだか焦げ臭い匂いが漂ってくる。
(もしかして…親分の餌の方が断然ええんちゃう?)
と思って見あげていると、イギリスはその視線の向かう先に目を向け、それから少し困ったようにスペインに視線を落とした。
「ごめんな。食べたいなら可哀想なんだけど、これはダメなんだ。
人間の食事は犬の身体には毒だから…」
と、本当に申し訳なさそうに言うイギリスに、スペインは内心ため息をつく。
(いやいや、その物体は犬やなくても人間にとっても毒ちゃう?)
と思うが、それを伝える術も義理もないので、黙ってドッグフードの皿に顔をつっこんだ。
それを確認してイギリスも暗黒物質にフォークを伸ばす。
どう見ても美味しそうには見えないそれを普通に咀嚼する姿に、そんなものを食べているから一応成人男性のはずなのにこんなにやせっぽちなんじゃ…と、スペインは思う。
特に美味しいとも不味いとも思わないような表情で淡々と食事をするイギリスは、それでも時折スペインに視線を落とすと、
「誰かと一緒に食事をするなんて久しぶりだな。
な、美味しそうなの選んだつもりなんだけど…美味しいか?」
と、嬉しそうな顔で声をかけてきて、その様子にスペインはなんだか心が痛んだ。
あの頃の…すごく不器用に好意を示す姿がだぶって見える。
バカバカしい…と思いつつも、当時はイングランドがどう思っていたとしてもスペインの側は確かに愛していたのだ。
それが策略だったと知って、完全になかった事にしなければ立ち直れないほどには…。
何が悲しくてまたその元嫁と一緒に食事をしているのかはわからないが、とりあえず…最低限の人道的観点から、もし今自分が人間だったらもう少しマシな…というか、せめて人間の食べ物と言える物くらいは作ってやるのに…と、スペインは思った。
こうしてスペイン的には妙に気まずい食事を終えると、スペインはどうやらイギリスの寝室に運ばれた。
「ちょっと俺はシャワー浴びて来るから大人しくしててくれよ」
と、スペインをベッドの上に降ろすとイギリスは部屋を出てドアを閉める。
あまりに普段と違う様子に、スペインも一瞬イギリスが実は子犬の姿をしているが自分がスペインだと知っていて何か企みがあって騙しているのでは?と思ったが、こうも無防備にプライベートスペースに放置すると言う事は、どうやら考え過ぎらしい。
そうとわかれば、もう考えても仕方ない。
騙された元嫁と言う事はなるべく考えないようにして、元の姿に戻れる日を待とうとスペインは腹を決めた。
そう思って改めて寝室を見回して見ると、外で見る皮肉屋の英国紳士のものとは思えないほど可愛らしい寝室だ。
壁には色とりどりのタペストリ。
それもどうやらハンドメイドっぽい。
ベッドの上には可愛らしいレースを縁取ったベッドカバーに刺繍の入った枕カバー。
そして片隅にティディベア。
ベッドの横には小さな猫足の棚とサイドテーブル。
棚の上には小さな宝石箱。
女性じゃあるまいし…と思いつつも、この部屋を見るとなんとなく納得できてしまう。
何がはいっとるんやろ…と、テーブルの上に飛び乗って棚の上の宝石箱を器用に鼻先で開けてみると、中には日々丁寧に手入れしているのであろう綺麗な銀の指輪と、綺麗な細工もののロケットのペンダント。
どちらもどこかで見た事がある…。
ズキン…と痛む胸。
思い出すな…と理性が告げた。
――これは…エスパーニャ?
――そうやで。宮廷画家に特別に描かせてん。こうやってロケットに絵を入れておけば寂しないやろ?
一緒に暮らしていた頃はスペインも絶賛大航海時代中で、新大陸へ渡る事も多く、その間いつもイングランドを1人にさせてしまっていた。
自分以外頼る者もいない異国でさぞや寂しい思いをするだろう…と、渋る画家に無理を言って小さな小さな自分の肖像画を描かせてそれに合わせて少し大きめのロケットを作らせた。
――…ありがと……嬉しい……
小さな白い手に金鎖に通したそのロケットをぎゅっと握り締め、イングランドは真っ赤な顔をして消え入りそうに小さな声で礼を言う。
その指にはまっているのはそれより1月ほど前にやった指輪だ。
もちろんスペインもお揃いの物をつけている。
いつもいつも不安げなイングランドに少しでも安心感を与えてやりたかった。
絆を確かな形にしてやりたかったのだ。
もっともそれもただの自分の1人よがりだったとわかった時点で、スペインは自分の指輪を海に投げ捨ててしまったのだが……
(…なんでいまだにこんなん持っとんねん)
胸の痛みから気をそらせるように何度も視線を宝石箱からそらせようとして失敗を繰り返し、指輪とロケットを凝視する。
もうあんな思いはごめんだ。
せっかく綺麗に均した心にまたとっかかりを作って傷つくのは嫌だ。
と心が訴える。
関わると傷つく…と思っている時点で、実はまだ完全に割り切れているわけではないのだ…という事にスペインが気づくことはない。
そしてこの宝石箱を開けてしまったことが、その心にしっかりかぶせておいたはずの蓋を少しずらせてしまった事にも……
「待たせたな~。今日はもう休むぞ」
と、それ以上考える間もなくイギリスが戻ってきた。
英国紳士だからといつもキチキチとスーツを崩す事なく着こなしている姿が最近のイギリスだったが、自宅では違うらしい。
洗った髪は適当に拭いただけでぽたぽたと水が垂れているし、スペインの予測では寝間着も無地かストライプのパリッとしたパジャマを着ていると思っていたのだが、ふんわりとしたラインの真っ白な長めのパジャマ。
タオルをテーブルに放り出していそいそとベッドにあがり、当たり前のティディベアを抱きしめる姿は、どう見ても成人男性には見えない。
(ああ…もう、風邪引くやんっ!しっかり頭拭いときっ!)
と、そこでスペインはイギリスが放りだしたタオルを口にくわえて頭には届かないので膝に置くと、とにかく吠える、吠える、吠える…
そのスペインの行動にイギリスがきょとんと首をかしげ…
「もしかして…髪拭けって?」
とそれを頭に持って行くと、ワン!と一声鳴いて鳴くのをやめた。
手に取ったタオルを頭にやったまま、イギリスは少し固まって、次に笑ってベッドに寝転ぶ。
そうしておいて、タオルをスペインの前に置くと
「拭いて?」
と、なんとも可愛らしくねだるではないか。
(あーー、もう!自分なんなんっ?!!)
と思いつつスペインはタオルを加えてなんとか髪を拭こうとする。
もうずっと他人の世話をして暮らしてきたスペインにとって、それを無視するのはかなり難しい。
それを知っていて言っているとすればかなり凶悪だと思うが、まあ許そう。
昔と変わらぬ童顔に浮かべる無邪気な笑みはかなり可愛い。
所詮子犬の姿なので綺麗にとはいかないのだが、イギリスは心地よさそうに目を閉じている。
本当に…本当に意味がわからない。
これは素なのか?外での英国紳士はどこに行った?
――お前さ…エスパーニャに似てる…お日様の匂いも、世話焼きなところも……
小さな子犬の姿で必死に髪を拭いていたスペインは、ぽつりとつぶやかれたその言葉に硬直した。
今なんて言った?
エスパーニャ?
イギリスの口からその単語を聞いたのはどのくらいぶりだろう。
一緒に暮らしていた頃はそう呼んでいたが、決裂してしばらく会う事がなく、最近仕事で一緒になる時も呼び名はスペインだ。
そんな呼び名をイギリスがいまだ口にする事自体が驚きだ。
ピタッと動きを止めたスペインに、イギリスはゆっくり目を開く。
そして泣きそうに微笑んでスペインの頭を撫でた。
いや…泣きそう…ではない。
その大きな目からまたぽろぽろと零れる涙に、スペインはタオルを放り出してペロペロと頬を舐める。
しかしそれは逆効果だったのか、涙は止まるどころかどんどん溢れて来て、最後にはイギリスはしゃくりをあげ出した。
――あの頃…もっと甘えておけば良かったっ…どうせっ…ダメになるならっ…もっと……
あの頃からこんな風に感情をあらわにすることのなかったイングランドにも驚きなら、その口から出て来る言葉にも驚いた。
まるであの頃の関係が嘘ではなかったようなその言葉…
目の前に泣いている子どもがいればとにかく放っておけない。
それが一旦はこよなく愛した子どもだとすればなおさらだ。
深く考える余裕もなくとにかく悲しそうに泣いているのが可哀想でスペインはとにかくペロペロとその頬を舐め続ける。
ヒックヒックとしゃくりをあげるイギリスは、それでもやがて落ち着いたようだ。
ふわりと笑う。
あどけなさの残るその笑みに、ズキン…とまたスペインの胸は痛みを覚えた。
――ありがとな…
と、イギリスはまた小さく呟いた後、半身を起してゴシゴシと目をこする。
(ああ…あかんて、こすったら赤くなってまうで)
と、それをオロオロ見あげるスペインだが、子犬の姿では到底その手には届かず、制する事も出来ない。
本当に…今のこの子犬の姿がじれったくて仕方ないとスペインは思った。
もちろん、子犬のなっていなければここにこうしていることはないし、イギリスはこんな無防備な姿を見せたりはしなかったのだろうが…。
会議場ではシャキっとしていた気がするし、そもそも今まで意識的にイギリスに視線を向けていなかったから気付かなかったが、よくよく見てみれば、なんだか顔色が悪いような気がする。
それを裏付けるように、ケホッケホッと小さな咳。
あんな暗黒物質を食べたせいなのか、はたまた濡れた髪をちゃんと乾かさずにいたから風邪でもひいたのか…。
とにかく出来る事をと、スペインはブランケットの端を口にくわえてなんとかイギリスにかけようとするが、子犬の力ではいかんともしがたい。
しかしイギリスはそのスペインの動きに気づいたようだ。
そして困ったように微笑んで、そっとそのスペインの動きを押しとどめる。
「ああ、悪い。違うんだ。風邪とかじゃない。
もうすぐ7月だからな…いつもこの時期は体調を崩すんだ。
だから今回の世界会議後、7月終わりまで休暇取ってるしな」
と、その言葉でスペインは思い出した。
イギリスは毎年アメリカの独立記念日の頃に体調を崩すのだ、だから7月は世界会議があってもUKの他の兄弟が出席するのだ、と、フランスから聞いた事がある。
(…俺に対しては嘘やったくせに、あの若造に対しての気持ちは本物っちゅうことか…)
思い出した途端に、それまで戻っていた慈愛のような気持ちが急速に薄れていく。
そう…自分に関しては騙して裏切ってその後おそらく全く思い出しもしなかったのだろうが、あの若造とは別れが辛くて今でも体調を崩すくらい引きずっているのだ。
やはり昔の気持ちなど思い出さなければ良かったのだ…と忌々しい気持ちで口にしたブランケットを吐きだすスペイン。
もちろんイギリスの側はそんなスペインの気持ちなどわかるはずもない。
その代わり少し移した視線の端に移った宝石箱が開いている事が気になったらしく、そちらに細い手を伸ばした。
そして手に取ったのはロケット。
そう、はるか昔にスペインが贈ったあのロケットである。
さすがに子犬の身では中を開ける事は出来なかったのだが、そう言えば今は何が入っているのだろうか……
好奇心が苛立ちに勝ってトテトテと歩み寄ると、それに気付いたのだろう。
イギリスはロケットを開けて、ほら、と、スペインの鼻先に差し出す。
そしてスペインにとってはあまりに衝撃的な言葉を吐いた。
「…お前みたいに世話焼きな俺の旦那様だ。
カッコいいだろ?
結婚した頃はあっちは大国で俺は小国でな。
でも優しくてな。
大好きだった」
え??ええ???!!!
それは過去?それとも現在進行形?
混乱しすぎて色々がクルクル回る。
どう反応して良いのかもわからない。
まあイギリスも子犬に適切な反応など求めてはいないだろうが…
とにかくスペインは動揺してただただ固まっている。
そんなスペインに構わずイギリスは続けた。
とても…とても悲しそうな様子で……
「……別れちゃったけどな。
別れるしかなかったんだ…。
俺は一緒に滅んでも良かったんだけどさ、あいつはきっと俺を生かそうとして滅ぶような奴だったから…。
あいつと敵対するっていう国民を止める事ができなかった俺があいつのために唯一取れた手段はあいつに嫌われる事だった。
…でな…嫌われたんだ…」
泣きそうな顔で語る言葉は嘘には思えない…
というか、今本当にただの子犬になっているスペイン相手に嘘を言っても意味はないだろう。
「あいつはたぶん…しばらくは俺を憎んで…今はもうそれを突き抜けて嫌いって感情すらないくらい興味をなくしちゃったんだろうけどな…
なにしろ自国同士の利益とかじゃない、アメリカの独立まで俺に敵対するために加わったくらいだから…」
と、そこでまた大きな瞳からポロリと涙が零れ落ちた。
「自国の戦いなら仕方ないなって思ってたんだ…
でも…そうじゃない時までわざわざ敵対する側に与するくらい嫌われたんだって思ったら、割り切ったはずの心がまたポロポロ壊れていくんだ…。
毎年毎年この時期になると心が欠けて落ちてく気がして…いつか完全に壊れたら楽になれるのかな…なんて…。
誰にも言えないけど…言えないで良いって思ってた。
壊れて消える瞬間にさ、あいつが確かに俺の事愛してくれてその証にってくれた大事な二つの宝物だけあれば良い…
だからずっと7月になるとこの二つを用意する事にしてる。
それで…崩れて行く自分を感じながら、もう最後だなって思ったらこの指輪をはめてロケットを胸に消える事が出来たらそれで幸せだと思ってたんだけどな…。
今お前がいてくれて嬉しい…。
1人で消えて行くのも仕方ないけど、やっぱり寂しいから…。
どこかあいつに似たお前がいてくれてすごく嬉しい…。
今年がその時がだったらいいな…」
最後…消え入りそうに微笑む姿にゾッとした。
心臓がバクバクと痛いほど波打つ。
(…ちょ…待って…待ってやっ……)
まさか…一緒にいた時の方が本当だったのか…
「…まあ…まだ今日ではないみたいだし、おやすみ…」
言ってイギリスはロケットを宝石箱に戻すとしっかり蓋をして、ベッドに横たわった。
(…待って…待ってやっ…話聞いたってっ!!)
気ばかりが焦るものの、出て来るのはキャンキャンと言う鳴き声だけだ。
ゆっくりと目を閉じたイギリスが怖くて仕方ない。
このまま目を覚まさなかったら…と思うといてもたってもいられなくて、その頬を必死で舐める。
すると少し眠そうにそれでもうっすら目を開けたイギリスは
「…ああ…お前はどこで寝てくれても良いんだけど……一緒に…寝ようか…。
…おいで……」
と、少し微笑んでティディの代わりにスペインをしっかり抱え込んだ。
そしてすぐ頭上で聞こえる小さな寝息。
あと4日で独立記念日と言う事もあって体調が良くないのだろう。
イギリスはすぐ眠ってしまったらしいが、スペインは眠れない。
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