親分犬になってもうた
そんな荒んだ不機嫌な気分で向かったホテルの隣にある会議場だったが、幸いな事に今回のスペインの席は可愛い可愛い北イタリアの隣で、会議中楽しげにずっと小さく歌っているヴェネチアーノの可愛らしい声をBGMになかなか良いテンポで内職の花が出来上がって行った。
昼はドイツの補佐で参加していたプロイセンも一緒に悪友達とランチにしようと思っていたら、どうせならドイツも一緒に…ということになって、ドイツが来れば当然ヴェネチアーノも来るので5人で賑やかに過ごした…のは良いのだが、機嫌が良くなって食べ過ぎた。
おかげで午後は猛烈な眠気に襲われて、最初はこっくりこっくりと…そのうち本格的に突っ伏して眠ってしまっているうちに会議が終わったらしい。
気づけばシン…と周りが静まり返っている。
ああ…でもまだ眠い。
下は冷たいがその冷たさも気持ち良い…。
もう少し眠っていたい…。
気持ち…良い?
いや、そっちじゃない、何故下が?床に寝ているっ??!!!
パチッとスペインが目を開けたのとほぼ同時に、会議場のドアが開く音がした。
(え??なんやこれっ?!!!)
なんだか周りが巨大化している。
座っていたはずの椅子ははるか頭上にあり、内職道具が置いてあるテーブルはさらに上。
(ちょ、取れへんやんっ!!親分、あれ持って帰らなあかんねんっ!!)
とぴょんぴょん飛び跳ねた先に見えるのはこげ茶の毛が生えた前足。
叫んだ言葉はただ、『きゃうんっ!!』という鳴き声になった。
(え??ええっ??これ犬やんっ?親分犬になっとる???)
動揺した。
鈍感キングと言われ、大抵の事には動じないスペインもさすがにこれには動揺した。
自分の姿を確認しようと後ろを振り返ると尻尾。
本当に自分の物なのだろうか…と尻尾を触ろうとそちらに足を踏み出せば自分の尻に付いている尻尾は当然遠のくので、その場をクルクル回り続ける事になる。
それに気づく時間もなく、いきなりひょいっと乱暴に身体を抱えあげられ、自分の身長の何倍もの高さにまで持って来られたら、スペインでなくとも驚きの声をあげると思う。
「ガウワウッ!!!」
と歯をむき出しに吠えれば、「うわっ!!」と驚いた声と共に、いきなり身体を放り出された。
(うああああーーーー!!!!)
この高さから落ちたら下手すれば死ぬっ!!
そう思ったが、幸いなことにテーブルの上に着地。
ホッとすると共に目に入る赤い花…カーネーション。
(そうや、親分これ持って家帰るんやった)
とそれに手を伸ばそうとするとすると、パシっと棒のような物で前足を遮られた。
どうやら噛みつかれる事を恐れた職員らしき男がスペインが花に触るのを手にした棒で阻止したらしい。
(こっの、ふざけんなやっ!!)
とスペインは怒鳴るも、やっぱり口から出るのは、きゃうん、きゃうんという鳴き声のみ。
鳴き声をあげながら棒を避けて花に手を伸ばそうとすると職員も棒で対応する。
そんなやりとりをどのくらい続けていたのだろうか…。
「おい、どうした?何か子犬の鳴き声みたいなものが聞こえた気がしたが……」
とドアのところで人の気配。
最悪な事に…今一番会いたくなかった相手の気配がした。
しかも悲しいかな、今犬になっているせいか嗅覚が敏感で、距離が近かった頃並みにすぐ側にその匂いを感じる。
変わらぬ薔薇に混じって、離れていくぶん経ってから常飲するようになった紅茶の匂い…。
知っている匂いと知らない匂いが入り混じって複雑な心境で黙り込むスペイン。
しかしそんなスペインの心境どころかそれがスペインだということすら知らない職員は、単純に大人しくなった犬にホッとしたようで
「はい、私は後片付けに来たのですが…こちらの造花の材料と、何故か子犬が忘れられていたようで……」
と、チラリと視線をスペインに落とした。
「内職の材料はスペインだが…子犬?
誰か犬でも連れてたか?」
と、その言葉にイギリスもいぶかしげにその太い眉を少し寄せる。
(昔やったら…こう言う時はきょとんて可愛え顔してたもんやのに……)
今日あんな夢を見たためだろうか…
そんな些細な表情や仕草にも可愛かった頃と変わってしまった事を実感して、苛立ちが募った。
もちろんさすがの不思議国家も目の前の子犬がスペインだとは思ってもみないらしい。
「仕方ないな…生き物だと事務室で保管というわけにもいかないだろうし、いったん俺が預かっておくから参加していた国に心当たりを聞いてみてくれ」
と、スペインの意思などまったく構う事なく、当たり前にスペインを抱き上げた。
(仕方ないやないわ~~!!!誰が自分のとこになんかっ!!!)
と、あまりに自然に抱きあげられたのでされるがままだったスペインは、ハッと気づいて吠えて暴れた。
「そ、祖国っ!」
と、その様子に職員が慌てて駆け寄るも、イギリスはそれを軽く手で制して
「大丈夫だ。一応数々の苦境や戦いを乗り越えてきた千歳だぞ?犬の一匹くらい大したことない」
と余裕の笑み。
それに感心したように頷く職員。
いくら暴れてもしっかり抱え込まれて抜けだす事もできない子犬姿のスペインは非常に面白くない。
(なあにが苦境や戦いを乗り越えてきた、やっ!卑怯な手ぇで騙し打ちしかできひんかったくせにっ)
と、せめてもの不服な気持ちを表明するために低く唸るが、相手にされず、さらにイラつく。
いっそのこと職員が恐れていたように噛みついてやろうかとも思わないでもないが、それをやると万が一本人が見ている前で元の姿に戻った時にまずい。
故意に善意で保護しようとしていた相手を怪我させたとしたら、絶対に責任問題になる。
「さ、行くぞ。俺も忙しい」
と、イギリスは内職道具はスペインに郵送で送るように職員に指示をしたあと、子犬になったスペインを抱えたまま駐車場へと向かう。
そして途中、事務室で譲り受けたダンボールにタオルを敷いてスペインを降ろすと、その箱は後部座席の足元へ置いた。
「…これで…大丈夫か?」
と少し悩んだようだが、結局それ以上どうしようもないと思ったのか、運転席に回り込んで車を発進させる。
こうしてスペインを連れたイギリスは当たり前にペットショップに行ってゲージやらペットフードやらオモチャやらを大量に購入して、ロンドン郊外にあるらしい自宅へとスペインを連れ帰った。
(何が悲しゅうて騙されて別れた元嫁の世話にならなあかんねん)
朝がたの悪夢は覚めたモノの、この悪夢は当分覚める事はないらしい。
スペインは憮然としたが、長く生きてはきたものの人間以外の生活を経験した事はないし、ここで飽くまで拒否して野良犬として生きていく自信はさすがにない。
仕方がないので元の姿に戻るまでの身の安全と食住の確保のためと割り切って、イギリスを利用してやることにした。
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