魔王を倒すぞ、もう普憫なんて言わせない!_決戦前夜

――お姫さん、朝だぜ?

ちゅっと額に振ってくる口づけ。
最後の街でイタリアに話を聞いた夜くらいからか…お休みとおはように何故か額への口づけが加わるようになった。


もうすぐ元の可愛げのないイギリスに戻るから、せっかくのアリスを堪能しようということなのだろうか…
そう思うと少し気分が沈んでくる。

しかしあれだけ戦略にも物理的な疲労にもよく気が付くプロイセンはそんなイギリスの気持ちの機微には疎いようで、
「まだ眠いか?
…それともヒーラーとして初めての魔王戦で緊張してるのか?
…大丈夫。お姫さんには俺様が指一本触れさせたりしねえから。
こう見えても騎士団育ちの根っからのナイトだからな、俺様」
と、明るく笑った。

そんな事はわかっている。
ここまでいくらか経験した戦闘では、本当に雑魚一匹すらこちらに寄越すことはなかった。
どれだけ数がいようときっちりと自分の方にひきつけ、身を呈して守ってくれる。
でもそれも…ここにいる期間限定…つまり今日いっぱいの事だ。

…魔王の所に行きたくない……

今ならお姫様であるイギリスがそう主張すればここにいる間は守りフォローすると約束したプロイセンはイギリスの気持ちを優先してくれるだろう。

そう思えばそう言ってしまいたくなるが、それはここに飛ばされて以来、本当に真面目にイギリスのために動いて来てくれたプロイセンに申し訳なさすぎる。

「…俺だって……一応七つの海を制覇した国だぞ。
魔王の一匹や二匹余裕に決まってるだろ。
……勝って元の世界に帰るぞ」
と、無理に笑って見せるが、あきらかに震える声に気づいているだろう。

だがプロイセンは
「ま、そうだな」
と気づかないフリで笑うと、
「でも無理はしねえでくれよ?
イギリスにあんまり張りきられると、俺様の見せ場なくなっちまうしな」
と、クシャクシャといつものように大きな手でイギリスの頭を撫でまわした。

そうしておいて、これもこちらの世界に来てからの習慣だが、イギリスの長い髪を櫛で丁寧に梳いて、邪魔にならないようにと両サイドの髪を綺麗に編み込んで、後ろで止めてくれる。
武骨な手がその時は本当に器用に優しくなるのが、イギリスは好きだった。

それも…今日で最後だ……。

「よし!出来上がりだっ!
お姫さん、今日も世界で一番可愛いぜ~!
さすが俺様っ!」
と、そんなイギリスの感慨にも気づく事なく笑ったかと思うと、
「じゃ、行くか~」
と、櫛をしまって立ち上がるプロイセン。

「プロイセンっ!」
「ん?」
「…あ、あの……」
「……?」

膝立ちになって自分を見あげるイギリスに、プロイセンは
「お姫さん、お手をどうぞ」
と、自分の手を差し出して、イギリスがそれに手を置くと、グイッと立ち上がらせてくれる。
そして…テントから出ながら言った。

「明日はリアルで短くなった髪整えてやるな?
その前に…まあ、ちゃんと現実戻ったら告白すっから」
「へ?」

聞き間違い?
それとも都合の良い空耳か?

「ちょ、プロイセン…今のっ!!」

「おー、お姫さん起きてきたん?
今日もかわええね」
聞き返そうとした瞬間、スペインが駆け寄ってくる。

「今日は親分が朝飯当番やってん。
めっちゃ美味いトマトスープ作ったから食べてみたって」
と、オタマを手に実に良い笑顔で言うので、機を逸してしまった。

ちらりとのぞき見ても、プロイセンは極々普通の表情で、トリックと入手した魔王城の地図について話し合っているので、それ以上聞き出せそうにない。
仕方なしにイギリスはスペインに促されるまま食卓に着いた。

…これがこちらの世界での最後の食事……
色々と感慨深い。

そもそもプロイセンに限った事じゃなく、スペインだってエイプリールフールの諸々で以前よりは和解したとは言え、ここまで近い距離ではなかったはずだ。

そう考えると今回の事は他の国にとってはとんだトラブルだったのだろうが、イギリスにとってはそう悪いものではなかったのだと思う。

不思議な事に、てっきりヒーローとしては自分の手で魔王を倒したいと言いはるのかと思っていたアメリカですら、この世界には疲れて来たらしく、イギリス達が魔王にチャレンジすると言えば
「俺は一刻も早く元の世界に戻りたい理由が出来たんだぞ。
早く倒してきてくれよ」
と、あっさりプロイセンに魔王の間までの地図を渡してくれたらしい。




「あのな、アリス…お願いがあるんやけど……」

プロイセンはトリックと一緒に軍議中。
フランスは今日はテントを片付ける当番で片付け中なので、スペインと2人きりの食事。

あの“帝国様”が今ではこんな風に野外で料理をしていると思うと不思議な気分だが、考えてみれば彼は国土の大半を異教徒に奪われたところから奪還という経験を経て覇権国家に落ちついたわけなのだから、意外にこんな生活も慣れているのかもしれない。

そんな事を考えながら美味しい朝食を食べ終わると、スペインがとても真剣な表情でそう切り出してきた。

このところ常に笑みを絶やさなかったスペインのその表情に、イギリスは後ろめたい部分があるだけにぎくりと固まる。
スペインを騙して嫌われて…というのは過去の海戦の一件でかなりトラウマだ。
そんな切羽詰まった思いで硬直するイギリスの様子に、スペインはふと苦笑した。


「ああ、堪忍な。そんなに緊張せんといて。
嫌やったらええねんけど…魔王戦の前に一度だけハグさせてもらえへん?」

え…?
と、その予想外の言葉にイギリスは驚いてスペインを凝視する。

ばれたのか?もしくは疑われている??
まずそんな風に思ったのだが、その深い緑色の瞳には一切の怒りや憤りは感じられない。
どこか寂しげで悲しげで…そして愛おしげな光だけが見え隠れしていた。

それでもどうこたえて良いのかわからずに言葉の出ないイギリス。
視線を先に反らしたのはスペインの方だった。

「…いきなり変な事言うて堪忍な。
親分な、昔めっちゃ好きな子おってん…。
その子のためなら命捨ててもええ思うくらいに…実際に捨てるつもりで行動したこともあるんやけどな…。
でも失くしてもうた…。
命助けたつもりが、心を助けられへんかってん。
せやから…今度こそちゃんと色々守りたい。
その決意表明みたいなつもりやったんやけど…
アリス、容姿も性格もその子にめっちゃ似とるから…。
堪忍な、気にせんとって。
今日は親分めっちゃ気合い入れてお姫ちゃん守ったるからっ!」

最後は気を取り直したようにそう言って、再度顔をあげて笑うスペイン。
晴れやかに笑っている…なのに何故か泣いているように見えた。

「…良いですけど……」
「…え?」
「…唐突だったので少し反応に困っちゃいましたけど、そういう事なら構いませんよ?」

あまりに悲しそうなスペインに、ハグされるよりむしろハグしてやりたくなった。
…というか、
「…これでいいですか?」
と、自分からソッと抱きしめてみた。

すると普段KYキングと言われるほど我が道を行く男とは思えないほど、おそるおそるイギリスの背に回される手。
その間ほんの1分。
離れていく身体。

「おおきに。これで親分頑張れるわ」
と、スペインは小さく微笑んだ。

本当に長い長い国の一生の中では色々な出会いと別れがある。
スペインと特に悲劇的な別れを遂げた国と言う噂は聞かないので、もしかして相手は人間だったのかもしれないな…と、イギリスは勝手にそんな事を思った。



この世界に飛ばされて、各々の国の意外な一面を見た気がする。
しかし…ついに最後だ。

魔王の城に辿りつき、雑魚を倒しながら進んでいく。
1階を抜けて2階の階段をあがり、敵を倒しながらT字路へ。
薄暗い廊下のあちこちに、倒した魔物の緑色の血が飛び散っているが、新たに敵がくる気配はない。

「ここ…右に行くと魔王の間、左に行くと宝物庫でやんす」
と、そこでトリックがススっと左側に寄る。

そう、彼はここまで。
道中色々働く代わりに魔王の宝を持って帰るという約束だ。

「…トリック、ここでお別れだね。
ほんと、色々助かったよ、ありがとう…」
と、一番付き合いが長いフランスが涙ぐむが、前衛2人はもう気持ちは魔王に行っているようで
「雑魚がまたわかねえうちに行った方が良いぞ」
「せやな、トリックここからは1人やから、敵わいたら危ないし、はよう行き」
と、視線はしっかり魔王の間に向けつつ言う。

「へいへい。旦那がたもお気をつけて。
それじゃ、俺はこれで…」
と、それに苦笑してトリックは去って行った。


「フラン、いつまでもぐずぐずしてねえで行くぞ!」
と、プロイセンが、
「さっさとせえへんかったら、魔物の中に放り込んだってもええんやで?!」
と、スペインが、それぞれ余韻に浸っているフランスに言って、
「お前ら、本当に情緒ってものがないよねっ!」
と、フランスがハンカチを噛みしめる。

それに対してもプロイセンは
「はぁ?戦場にそんな無駄なモン持ち込んでどうすんだよ?!」
と、スペインは
「情緒で魔王倒せるんやったらいくらでも持ち込んだるわ」
と、にべもない。

このあたりが3人が“親友”ではなく“悪友”と言われる所以なのかもしれない。
イギリスだったら友人と思っている相手にこんな扱いを受けたら絶対に落ち込んで影で泣く。

それでも2人ともイギリスには
「お姫さん、いよいよだけど、大丈夫か?」
「もうそこ魔王の間やけど、プーちゃんの後ろにしっかりおるんやで?
前出過ぎんといてな?
親分は多少の怪我やったら平気やから、自分の身ぃ守るのが最優先やで?」
と、気遣わしげな声をかけてくれる。

それに対してイギリスが礼を言うと、2人とも頷いて、

「「さあ、行くか」」
と、魔王の間のドアを開いた。



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