泣いた事が恥ずかしかったのか、その後紅くなってそっぽを向いたままデザートのケーキを頬張るアーサーをアントーニョはにこにこと眺めていた。
元来良くも悪くも理屈よりも感情を優先させる性格だ。
可愛いと思ったら誰が何と言おうとどういう立場の人間であろうと可愛いし、愛でて守る対象だ。
自分と同じく弟カルロスもそんな気持ちで、この、いつか自分の死の原因になるであろう相手を見ていたのだろうなぁと思う。
いつもメールで、いつかアーサーを一人残して行かなければならない事だけが気がかりだと言っていたが、本人を目の前にした今ならその気持ちがとてもよくわかる気がする。
張りつめているだけに強いようで折れる時はすぐポキンと折れてしまいそうなイメージがある。
ほんま…心残りやったやろうなぁ…と思う。
自分だったとしたら世界のその後など知った事かと、一緒に連れていってしまうかもしれない。
正直、今まであまりジャスティスに選ばれた事のメリットもデメリットも考えた事がなかったが、先に死ぬ事を強要されるフリーダムだった弟と違い、一緒に生きる事を求められるジャスティスである自分はとても幸せだ…と、アントーニョはしみじみ感じた。
そんな和やかな時間を楽しんでいると、再び鳴り響くサイレン。
それまでほわほわした表情でフォークを握っていたアーサーが、それに瞬時に反応して立ち上がったが、アントーニョはその腕を掴んで制する。
「俺ら昨日出たんやから、ゆっくりしとけばええよ。他に任せとき」
一晩寝たとは言ってもまだやつれた感が取れないアーサーにそう言うが、アーサーは
「ダメだっ。一応集合するだけは集合しないと。出動するかどうかは勝手に決めていいものじゃない」
と、これは強固に主張する。
「あ~か~ん~!自分の体調管理は自分の仕事やで。行かへんことで行けへんて意思表示しとかんと、なんでもかんでも押しつけられるからやめとき。」
と、アントーニョがそのままつかんだ腕を引っ張ると、アーサーの軽い身体はあっけなく引き寄せられた。
そこで当然
「放せ~!!!」
と、アーサーがばたばた暴れるが、
「いやや~」
とアントーニョに軽く封じ込められる。
「あかんよ。無理せんといて」
ぎゅぅっと後ろから抱きこんで、黄色い丸い頭に顔をうずめる。
「タマ、自分の身とか振り返らんから、なんだか怖いわ」
顔をうずめたままつぶやくアントーニョに、アーサーは暴れるのをやめて、こちらもぽつりと
「本部はジャスティスも多いから…別に俺が死んでもいくらでも代わりがいるからいい」
とつぶやいたその言葉に、アントーニョは一気に身体からサ~っと血が引く思いがした。
「何言うてるん、自分っ!そんな気持ちで戦場出るなら出んといてやっ!!絶対にあかんでっ!!」
クルリと強引に身体を反転させて向かい合わせると、アントーニョは両手をアーサーの頬にやり、強い力で仰向かせて視線を合わせた。
「取り消してやっ。出ないと絶対に出動なんてさせへん!」
血相を変えて激しい口調で言うアントーニョにアーサーは一瞬驚いたように目を丸くして、それからまたフイっとそっぽを向いて視線をそらそうとするが、アントーニョはそれを許さず、また強引に顔を自分の方へ向かせる。
「取り消しっ!」
さらに詰め寄るアントーニョに、アーサーの大きな新緑色の瞳が動揺するように揺れた。
「…なんで…そんなに怒るんだよ…。だって代わりがいるなら誰も俺に生きてる事なんて望まない。みんなむしろ俺がいなくなる事を望んでる。」
動揺をそのままあらわしたようなかすれた声で言うアーサーに、今度はアントーニョの方が驚きでポカンと口を開いたまま硬直した。
胸が詰まって何か言おうとするが言葉が出ず、ただ何度か口をパクパクとする。
そして言葉の代わりに再度アーサーの腰と頭に腕を回して抱き寄せた。
「…殺したるから……」
ようやく出た言葉はそんな言葉だった。
「今度誰かがタマに死んだ方がええなんて事言うたら、俺がその場でそいつの事なぶり殺しにしたる!」
ジャスティスになってから、星の数ほどの敵も倒したが、それは単に仕事で淡々と任務を遂行したに過ぎず、これと言って憎いとかそんな感情的なモノはなかった。
元々感情が揮発性で怒ってもすぐ忘れるタイプなので、そこまで深く他人を憎む事もない。
そんなアントーニョだが、生まれて初めて腹の底から湧きあがるような強い殺意を感じた。
「そんな事思う奴言う奴は俺が一人残らず抹殺したるから…せやから…そんな事…死んだらええなんて事思ったらあかん。絶対あかん」
おそらく今ひどく憎しみと怒りにゆがんでいるであろう自分の顔を見せたくなくて、アントーニョは震える手でアーサーの頭を自分の肩口におしつけた。
「…ばぁ~か…」
小声でつぶやくように言っておずおずと自分の背に腕を回すアーサーに、アントーニョは今度は怒りとは別の激しい感情がまた沸き起こってくる。
そして、
自分…俺を悶え殺すつもりなん?
…と、心の中でつぶやいた瞬間、再度サイレンがなるが、さらに無視しようとしたところに今度は部屋のドアがノックされる。
「はい?」
ガチャリとドアを開くと、またまた顔見知りなブレインの女性が立っていて、わざわざ顔見知りの…さらに女性を寄こすあたりで、あのオヤジ、また無茶ぶりやな、と予測したアントーニョは内心ため息をついた。
「レインちゃん、いつも色々おおきに。この前いれてもろたTV、画質も音質もめっちゃええわ~。」
ほとんどがデスクワークのブレインの中で数少ない実作業を行う人員…の中でも数少ない女性で、エリザに腕を買われて主にジャスティスの部屋の電気周りから何からを担当しているレインには、つい最近どうしても欲しくて忙しいところを娯楽のためだけに無理を言って最新の埋め込み型のTVを寝室のベッドから見える位置に設置してもらったばかりだ。
無理を言ったあとだけに断りにくい相手を送りこんでくるあたりが、ローマのおっちゃんほんまタヌキや…とアントーニョは思う。
「お気に召して頂けてなによりです。」
とにこりと笑みを浮かべる彼女に、で、と、アントーニョはため息をつきながらも自分から切り出した。
「わざわざこんなサイレンなる中、TVの調子見に来たわけやないやんな?またおっちゃんの無茶ぶりかいな」
という言葉に、すみません、と苦笑したあと、レインは
「今回はどうしてもお二人に出動して欲しいとのことで…」
と言った後にチラリと部屋に視線をやって、
「その間にTVの調子も見ときますし、ついでにTV見るのに疲れないように照明も調節しておきますから」
と申し訳なさそうに付け足した。
「いや、レインちゃん謝る事ちゃうし。忙しいのにこんな雑用にまで駆り出されて大変やな。ご苦労さん」
と言うアントーニョに、レインは
「いえっ。好きでやってる仕事ですからっ。楽しいですよっ」
と笑顔で答える。
そこで
「これは…もうしゃあないな」
と、アントーニョは諦めのため息をついた。
こうして二人が着替えてブレイン本部へと向かう途中、丁度ブレインから出てくるエリザとかちあう。
「二日連続で出ろってなんなん?エリザ達じゃあかんの?」
思わず不満を口にするアントーニョに、エリザは難しい顔で言った。
「今回は敵が二手に分かれてるらしいのよ。で、少し離れた現場に来てる方にどうやら豪州支部を壊滅した強力な奴が混じってるらしくてね…。」
「じゃ、そっち中心にメンバー割くんか?」
「ううん。ところが丁度反対側から近づいている敵の一団は、本部基地に向かってるみたいだから、こっちの守りを固くしないとダメっぽいわ。で、離れた現場の方のまで合流されるとやっかいだから、もちろん倒せたら理想だけど、倒せないまでもこっちがなんとかなるまで少数で足止めして欲しいって事らしいわ。」
「で、そっちに俺らが送られるってわけか?」
「うん、私とベルちゃん、桜ちゃんは本部防衛組らしいから、ルートかフェリちゃんのどっちかが一人そっち行く事になるわね。本部と遠征が4対3に分かれるって言ってたから」
「で、どっちが?」
「ん~、そこまではきいてない」
「そか、おおきに。」
「ん。そっちは3人で豪州支部壊滅させた一団相手にするからきついと思うけど、頑張ってね。無理だと思ったらちゃっちゃと撤退しちゃいなさいな。」
そう言い残すと、エリザは後ろ手にひらひら手を振って去って行った。
「さて、と、どっちがくるんかな…」
厳しい状況に少し緊張しながらも、わざと軽い口調でそう言って肩を回すアントーニョに、こちらは厳しい状況など日常なのだろう、
「ま、どちらが来てもなんとかするしかないだろうな」
と、素で軽く返すアーサー。
二人はこうしてブレイン本部のドアを開けた。
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