青い大地の果てにあるもの4章_3

「ただいま~、遅なって堪忍な~」
アントーニョが部屋へ戻ると、ダイニングのテーブルにはすでに紅茶が湯気をたてていて、思い切り食べる気満々ですでにスタンバっているアーサーの姿。

期待に満ちた目を向けられて、アントーニョはまず食事のトレイを置いた後、目がじ~っと離れずに追っているデザートのトレイを置いて蓋をあけた。

うわぁぁ~とでも言わんばかりのアーサーの輝く瞳がデザートに向けられる。
それでも一応きちんと手を合わせて頂きますと言ったあと、即座にデザートに伸びる手をアントーニョはぺしっと軽くはたいた。

「ちゃんとご飯食べ。デザートはそれからや。」
そう注意すると、アーサーは、桜みたいな事言いやがって…と少し膨れるが、それでも素直に食事のプレートにむかった。

しばらくは黙々と目の前の物を口に運んでは咀嚼するを繰り返していたが、アーサーは途中で手を止めた。

「どうしたん?もう食わんの?量多すぎた?」
自分もいったん手を止めアントーニョがそう聞くと、アーサーはそれには答えず、少しうつむく。

「以前……」
「うん?」
「友人て言える奴がいたんだけど…」
「うん」
「殺した…」
「へ?」

「俺が殺した」
聞き返したアントーニョの目をしっかり見据えてアーサーははっきりそう言った。

「…極東フリーダムだったん?相手」
冷静な口調で問うアントーニョの言葉に、アーサーの大きなグリーンアイが揺れる。

「大丈夫やで。親分は死なへんから。言うたやろ?攻撃特化ジャスティスはめっちゃ頑丈に出来てるんや。殺したって死なへんで」
指を伸ばしてポロリとこぼれる涙を救う。
もしかしたら真珠になるんじゃないか?と馬鹿げた考えを持って伸ばした指先に触れた液体は、固まる事はなく、当たり前にしずくとなって指先からこぼれていった。

「大丈夫。一緒におる相手が俺やったら怖ないで。自分も死なさへんし、俺も死なへん。」
そう言って笑いかけると、アーサーはぱちりと大きく瞬きをしたあと、ハッとしたようにグイッと手で涙をぬぐった。

「当たり前だっ、ばかぁ!」
と悔し紛れのようにそう言うアーサーに苦笑して、アントーニョは
「ほら、これで拭き。そんなにこすると紅くなるで」
と、ハンカチを出して拭いてやる。
その顔をアーサーはまたジ~ッと凝視した。

「…?なん?」
アントーニョが問いかけると、アーサーはまたハッとしたようにフルフルと首を横に振るが、今度はアントーニョは気になって追及する。

「さっきからなんなん?親分の顔に何かついとるん?めっちゃ気になるわ」
と食い下がると、
「似てんだよっ!」
と、アーサーはプイッとそっぽを向いて口をとがらせた。

「友達?」
とアントーニョが聞くと、そっぽを向いたままうなづく。

「顔かたちとかもそうだけど…雰囲気もなんとなく…」
というアーサーの言葉で、アントーニョはハタっと今さらなことを思い出した。
極東支部のフリーダムで自分に似ていて当たり前な人間の存在を…。

「もしかしてそいつカルロスって言う名前やあらへん?」
アントーニョの言葉にアーサーはポカンと口を開けて呆けた。

「名字はカリエドやろ?」
「…なんで?」
「なんでて…ほんま気づいてなかったん?俺の名前、アントーニョ・ヘルナンデス・カリエド、カルロスの兄貴やで?カルロス、俺の事なんも言うてへんかった?」
「あ…兄がいるとしか…」
ふるふると首をふるアーサーに、そうかぁ…とアントーニョは頭をかいた。

「兄貴の七光り思われるん嫌っとったからなぁ。」
少し懐かしむような目をするアントーニョを、アーサーはいぶかしげにみつめた。

「お前…馬鹿か?」
とのアーサーの言葉に、アントーニョは珍しく嫌そうに顔をゆがめた。
「あのなぁ…アホはええけど、人様に馬鹿は言うたらあかんよ」
「いや、そういう問題じゃねえし」
「いやいや、大切なことやで」
「そうじゃなくてっ!」
バン!っとテーブルを叩いてアーサーは立ち上がった。
「お前、弟の仇目の前にしてなんにも思わねえのかよっ?!」

仇…というのは違うと思うが、それを別にしてもそんな怯えた子猫のような目で見られてきつい言葉を吐けるわけがない…とアントーニョは今日何度目かの苦笑をもらし、
「大丈夫やで。怖ないよ。」
と、ソッとアーサーの柔らかい金糸に手を伸ばし、くしゃくしゃとなでる。
子供扱いすんなっと文句を言って口をとがらせつつ、アーサーはやはりされるままになっている。
「そもそも日本語になってねえし…」
と言うアーサーに、そうかぁ?とアントーニョは少し小首をかしげた。

「あんなぁ…俺らカルロスがブルーアース入ってから一度も会うてなかったんや。
あいつはジャスティスの俺と兄弟やって知れて特別扱いされるの嫌がってたから。
別に仲悪かったわけやないから、そのかわりにメールのやりとりはしとったんやけど、あいついっつも自分の事書いとったで。エライかわええジャスティスがおるって。何かしたりたいんやけど、フリーダムの自分やとしてやれること限られとるし、兄ちゃんうらやましいわ~ってよく言うとった。
最期のメールも相変わらずそんな感じやったわ。こんな職業ついたんやから死ぬんはかまへんし、それがあの子のためやったらむしろ自分は本望なんやけど、一緒に生きてやれんで残してかないかんのが気がかりで、それだけがつらいって。」

「…それで初日から妙に親切だったのかよ」
アーサーが言うと、アントーニョは首を横に振って
「あ~、最初は自分の事、ジャスティスって知らんかってん。追い回してたのは単にかわええ子やなぁって思うたからやで。で、自分の事追いかけまわしてた極東フリーダムに聞いて自分が例のジャスティスやったって知って、ああ、兄弟だけあって好み一緒なんやなぁって納得したわ」
と、あっけらかんと言い放った。

さすがラテンの男と言ったところだが、当のアーサーは
「…それだけ…か?」
と唖然とする。
「それだけやで~。他に何があるん?」
と言われて言葉に詰まるアーサー。

「ほんとにカルロスの…兄貴だな…」
やがて納得したように大きく息を吐きだした。






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