青い大地の果てにあるもの4章_2

部屋に戻ったアントーニョの後ろ姿を見送って、乙女3人は目をキラキラと輝かせる。

「昨日の時点では信用せず、一晩明けたら信用しきるって…何があったんやと思います?」
こそりと話をするために少し身を乗り出して顔を近づけ、小声でそうつぶやいたのはベルだ。

「まあ…それはあれ…だわね。同じ部屋に泊まって何か関係が変わるような事があったと思うのが普通よね。」
コホンと咳払いをしてエリザはそう言うと、チラリと桜を見やる。

その視線に気づいた桜は
「はい。アーサーさんにお会いしたらそのあたりをkwsk。桜にお任せ下さいませ」
と、さすが空気を読む事に長けた民族だけあって、言わんとする事を察して大きくうなづいた。

「本人の話以外にも…もっと情報欲しいわね…。最近乙女ジャーナルの記事もワンパターン化してきたし」
不穏な発言をするエリザ。

「あ~、そんなら副編集長のヒカリさんが手配するって言うてはりましたわ。
確か掃除係のユキナちゃんが親分の部屋にこそ~り持ち込んで隠しとった隠しマイクをブレインの作業係のレインちゃんが今日、照明の調整するついでにセッティングしはるとか。」
「あの人…そんな手配まで……さすが私の片腕ねっ!」
グっと親指をたてて良い笑顔を浮かべるエリザ。

「それは…犯罪じゃ?」
まだ編集部に慣れていない桜がさすがに困ったような笑みを浮かべるが
「大丈夫っばれなきゃいいのっ」
とエリザが断言し、
「平気やで~。親分な、あれでむっちゃ独占欲強い人やから、アーサーが親分の~って広めてます言うたら、ばれても機嫌直しはると思うわ。本部は圧倒的に女性数少ないし、特に男所帯のフリーダムはそっちの趣味の方多くいはるから、親分かて油断できひんし。」
と、ベルがにこやかに説明した。



「女って…怖えな…。」
同じく食堂で朝食を取りながら、それを遠目で見る一人の男…。
ギルベルト・バイルシュミット。
言わずとしれた若きフリーダム本部長である。

「あれって忠告しといてやるべきだよな?」
と、そのギルベルトに聞かれて
「いや?お嬢さん達の娯楽取っちゃダメでしょ。トーニョは大丈夫じゃない?坊ちゃんもなんのかんの言って女の子には優しい子だから、目くじらたてたりはしないと思うし?」
と、返すのはフランシス・ボヌフォア。
こちらはやはり世代交代を果たしたばかりの現医療班のトップだ。

二人とも同時期に研修で各支部を回って、同時期に本部に戻って、同時期に同じように世代交代をする事になったブレイン、医療班のトップの座をひきついでいるので、部署は違うのに下手をするとお互いが一番お互いといる時間が長いと言う気心の知れた仲だ。

下積み時代にクルクルと各支部を回ったので当然アーサーの事も桜の事も、もちろん本部ジャスティスの事もかなり知っている。

「それよりさ、ギルちゃんブレインとの関係どうにかした方がいいんじゃない?
もともと研究&事務方のブレインと現場&諜報のフリーダムは仲宜しくなかったわけだけどさ、レッドムーンがイヴィル送りこんでくる頻度もなんだか最近上がってるし、このまま内部不仲だとつらいよ?」
フランシスは苦笑する。

ブルーアースを形成している3つの団体、ブレインとフリーダムが不仲だと、そのしわ寄せは当然のように残りの医療班に回ってくるのだ。

正直引き継いだばかりで忙しい中、勘弁してくれと言うのが本音ではあるのだが、同じく引き継いだばかりで部内の把握でいっぱいいっぱいのギルベルトに、前世代の負の遺産まで早急に解決しろというのは酷だと言うのはわかっている。

「言ってくれればお兄さんも出来る限り協力しちゃうからね?」
と、とりあえずうながすにとどめて、フランシスは話題を変えた。

「ギルちゃんのとこにはもう入ってきてるんだろうけど…今朝早くに極東やられたって?
先々月は豪州支部も壊滅させられてジャスティス二人戦死したから、今回は坊ちゃんと桜ちゃんの回収だけでもギリ間に合って良かったというとこなんだろうけど…。」

そう、もうかれこれ300年はなんのかんので膠着状態だったレッドムーンとブルーアースの力関係が、今急激にレッドムーンの方に傾きかけている。

これまでは老齢にさしかかった者を別にして、若いジャスティスが戦死するなどという事態は起こった事がなかったのだが、数か月前くらいから急に攻勢を強めたレッドムーンによって、先々月にとうとう豪州支部が壊滅させられ、ジャスティス初と言える戦死者を出した。

ゆえにこの事態を重くみたブルーアース本部は、それまで各支部に散っていたジャスティスを本部に集結させ、戦力の一本化をすることで強化を図る事にしたのである。

その第一陣が極東支部だったわけだが、どうやら順番的には正解だったらしい。
二人を回収した翌々日の今日、極東支部が壊滅させられたとの報が本部に入ってきたのだ。

「ん。とりあえずブレインとの関係改善も早急な課題ってのはわかっちゃいるんだけどな。今はジャスティスの回収が先決だ。
今極東から回収したアーサーと桜を含めて本部に7人、亡くなった豪州ジャスティスが2人、計9名の他にまだ若干点在してる3名を早急に回収しないとなんねえし、必要とあれば本部フリーダムから迎え出す事になるからその手配もしねえと。
それからちょっと戦闘形式も変えようって話が出てて、その計画を詰めていかねえとだし…色々なぁ…時間が足りねえ。」

おかげで昨日も徹夜だぜとケセセっと特徴的な笑い声をあげるギルベルトにフランシスもさすがにそれ以上は言えなかった。

「せめてどこぞのクソジジイが身内甘やかさないでせっせと働かせてくれりゃあ、こっちの負担もちっとは減るんだが…」
と、そこで普段のヘラっとした表情が消えて、一瞬真剣な顔でイラっと舌打ちをするギルベルトに、これは当分関係の改善は無理か…と、フランシスは苦笑した。

近来まれにみるレベルで有能なフリーダム部員としてあり得ない若さで本部長に上り詰めてまだ2カ月。
若すぎるためいくら誰もが認めるほど優秀だったとしても、当然面白くないベテラン達からの嫌がらせは受ける。
急に激しくなった敵の攻勢に備えて手を打ち、さらに先を見据えたシステム改善を検討しながら、なんとかそれを乗り越えて、ようやく部内の人心をほぼ掌握しつつあるところに、二つ目の支部壊滅ときたら、さすがにタフなギルベルトでも心身ともに参っている。

両親を早くに亡くし、弟のルートを一人で育てながら黙々と働き、その結果前人未到の若さでフリーダム本部長にまで上り詰めたギルベルトにしてみれば、この死ぬほど忙しくて大変な時にこれと言った成果を上げる事もなく、ブレイン本部長の祖父の元で副部長になり、のんびりと時を過ごしているように見えるロヴィーノは確かに若干イラッとするのだろう。

しかし自分も優秀な医者だった親の影響で医者になり、ブルーアースでこうしている身のフランからすれば、何か成果をあげても“あの親の子だから”と言われ、あげられなければ“あの親の子のくせに”と言われる二代目には、それなりのつらさはあるのだと言いたい。

ギルベルトがトップに立って反発を食らう理由は“若すぎるから”の一点だが、フラン達の場合はそれに“あの親の子だから特別扱いされている”という中傷がずっと付いて回るのだ。
それはおそらく親を超えてもなくならないだろう2代目の永遠の枷である。

まあ…それを言っても同じ立場の人間以外には反発を食らうだけだろうから、口にするつもりはないのだが…。


「とりあえず…壊滅の事は変なタイミングで知って崩れられるのが怖いから、あらかじめ伝えておこうと思うんだが…」
と食事を終えて立ち上がるギルベルトに、フランは先を読んで
「お兄さんどっちに伝えればいいの?」
と聞く。
それに対して以心伝心かよっと苦笑しつつも、ギルベルトは
「ん。桜の方頼むわ。アーサーの方が難しい奴だし、桜の方は何かあってもエリザがうまくフォローいれっから」
と、食器を片づけると手を振って食堂から出ていった。




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