アントーニョは子供のように無防備な姿で熟睡しているアーサーの寝顔を前につぶやいた。
結局あれから夕食を抱えてアントーニョの部屋に戻ってきたアーサーは、食べるだけ食べて風呂に入り、水分補給をさせようとアントーニョがキッチンから冷たいレモン水を手にリビングに戻ってきて見た時には、ソファの上でコテンと意識を手放していた。
昨日極東支部から派遣され、恨みを持って追いまわす極東のフリーダムがいたのでおそらく夜は眠れず、そのまま任務。
しかも精神力を使う魔術系なので、警戒心の強い野良の子猫でもさすがに疲れたのだろう。
普段は気配に敏いのに、アントーニョが抱き上げてベッドに運んでも全く目を覚ます様子がない。
そこで初めてくらい間近でマジマジと顔を覗き込むと、驚くほど長いまつげの先にはくっきりと隈が浮かんでいた。
本部ジャスティスならそんな状態なら普通に出動を断って他に代わってもらったりしている。
「可哀想になぁ…。出るしかない環境やってんなぁ…」
代わりのいない極東で唯一の攻撃手。自分が出動しなければ全員が死ぬ。
そんな環境でしかも支部一の広範囲を担当してきたため、疲れたから休むと言う発想がなかったのだろう。
どんな状態でもイヴィルが出たと言われれば出るしかない。
そこまで身を削っても浴びせられるのは称賛でも感謝でもなく罵声。
アントーニョはベッドの端に腰をおろして、見た目に反して柔らかいアーサーの金の髪を指先で梳きながら、切ない気持になった。
「休める場所作ったりたいな…」
とりあえずどんなに眠かろうと敵地の真っただ中では眠らないだろうから、寝首をかかれないという程度には信頼してもらえたのだろう。
もっと積極的に…休む時は自分の側に来てくれるくらいになってくれれば嬉しいと思う。
「番犬くらいの認識にはなっとるんかな…」
少し苦笑してアントーニョは立ち上がると、自分もバスルームへ。
あの普段警戒心もあらわに隙のない愛しい子猫に目の前で無防備な姿を晒されていると、アントーニョも男なので色々いけない大人な部分がうずくのだが、せっかく信頼してくれているのに、それを裏切りたくはない。
バスルームで汗を流しがてら自分が危険人物にならない程度に抜いて寝室に戻ると、アントーニョは一瞬少し迷ったが、結局アーサーの隣にもぐりこんだ。
お互い風呂上がりなので同じシャンプーやボディシャンプーの香りがするはずだが、なんとなくアーサーからは自分より甘い香りがする気がする。
「番犬でもええから…安心して頼ったってや」
アントーニョはそう言って軽くアーサーのまだふっくらした薔薇色の頬に口づけると、自分も目を閉じ夢の世界へと旅立っていった。
翌朝…アントーニョが目を覚ましてもアーサーはまだお休み中なようだった。
眠っている時に無意識に抱え込んでしまったのか、しっかりとアーサーを抱きこんでいた腕を緩めると、こちらも抱え込むものに無意識に抱きつく癖があったのか、自分に抱きついて眠っているアーサーが、むずかるように少し眉を寄せて胸元にいやいやというように額をすりつける。
堪忍…したって下さい…。
それでなくても朝の生理現象で立ち上がっているものが、生理現象を超えた意味合いで熱を持ちだし、アントーニョは焦った。
起きている時は意識的に翻弄しているのかもしれないが、寝ていても無意識に翻弄するあたりが、もう猫を通り越して小悪魔である。
とりあえずトイレかバスルームに行きたいと思うのだが、しっかりと抱きついているアーサーの手を無理に外せば、疲れきって眠っているこの子をおそらく起こしてしまうだろう。
俺が頑張って我慢すればええことやんな…と思うものの、我慢しきれなくなった時を考えると怖い。
あ~…襲いたいなぁ…とほとんど無意識に思ってしまって、慌ててその考えを振り切る…という事の繰り返しを何度か…。
その間もぴょんぴょんと跳ねた金色の髪から漂ってくる甘い匂いとか、自分の体に回されたまだ大人になりきらない細い腕や足の感触などがリアルに感じられて、理性が飛びそうになったのは数え切れない。
そんな中でようやく目が覚めたらしいアーサーは、アントーニョなどいないかのようにするりとベッドを抜け出すと、ふわぁぁ~と小さな口をいっぱいにあけて欠伸をした。
「んで?なんでお前がそんなとこにいるんだ?」
どうやら気付いていなかったわけではないらしい。
アーサーは大きく伸びをしながらそう聞いてくる。
そののほほ~んとした様子にアントーニョはハ~っと一気に力が抜けた。
「親分のベッドやねんけど…おったらあかん?」
「いけなくはないが…」
「タマ昨日風呂あがったらすぐ寝てしもうたからベッドに運んで、そのあと俺も汗流してそのまま寝たんやけど」
「ふ~ん。」
アーサーは聞いておいてあまり興味なさげな返答を返す。
「なあ」
「なん?」
「腹減った…」
唐突に…本当に唐突に口にするその言葉にアントーニョは一瞬わけがわからず、ぽか~んと呆けた。
しかしそのアントーニョの反応はアーサーのお気に召さなかったようだ。
見る見る間にぷく~っと頬が膨らんでいき、ダン!と足をふみならす。
「腹減ったって言っただろっ!」
「うん?」
心底わけがわからず困った顔で問い返すアントーニョに、アーサーはプイッとそっぽを向いてぼそぼそっと
「…動くの面倒なんだよっ」
と少しトーンを落として続けた。
あ~、なるほど。これはもしかしてアーサーなりの甘えなのか…。
拗ねたような言い方がかわええなぁと頬が緩む。
「ん。じゃあ親分何か持ってきたるわ。何がええ?」
アントーニョが起き上がって大急ぎで寝巻代わりにしていたTシャツの下にジーンズを履くと、
「最初からそう言えよな…。飯は任せる…けど、デザートに甘いモノ。」
と、自分の言い分が通った事に少し嬉しそうに…でもそれを表にだすのはしゃくだといわんばかりにわざと口をとがらせて言う様子は、本当に子供の様だ。
「堪忍な~。じゃ、行ってくるわ~。すぐ戻ってくるさかい待っとってな」
と、また怒ってひっぱたかれるくらいはあるかな~と思いつつもチュっとその柔らかな頬に軽くキスを落として頭をなでると、アーサーは意外な事に当たり前に受け入れ、それどころか
「急げよ、腹へってんだから」
と、極々普通にせかす言葉を投げつけつつ、アントーニョの背中を押した。
そのまま廊下に押し出されたアントーニョは、あれえ?と首をかしげる。
最初に会った日は確か手で触れようとしただけで思い切りひっかかれたわけだが…。
「もしかして…側にきても大丈夫な奴認定してもらえたん?」
うわ~~と叫びだしたい気分になる。
同僚のフェリシアーノやベルなどが初めからニコニコ愛想良く懐いてくれた時はそれはそれで保護本能をそそられて嬉しかったが、人に懐かない野良の子猫のようなアーサーが少し自分のテリトリーに入る事を許してくれた事はそれをはるかに超える嬉しさが心の奥から沸き起こる感じだ。
今度自分で手料理を作ったら食べてくれるだろうか…などと、餌付けでさらなる関係のUPを考えながら食堂につくと、どうやら数少ない女性同士仲良くなったらしいエリザ、ベル、桜が3人で食事を摂っていた。
「おはよ~。トーニョ。なんだか機嫌いい?」
まずエリザが手を振り、
「親分、おはようございます。一緒に食べはります?」
とベルが自分の正面の椅子を指さし、最後に桜が立ち上がって
「アントーニョさん、はじめまして。極東支部から参りましたジャスティスの桜と申します。お噂はかねがね窺っておりました。不束者ではありますが、宜しくお願いいたします」
と、ぺこ~っと頭を下げた。
「オ~ラ、エリザ。機嫌ええで~。」
とアントーニョは笑顔でエリザに返し、次には桜に
「こちらこそ宜しゅうな~。唯一の回復系やからみんな頼りにしとるで」
と、声をかけ、最後にベルに
「あ~、今日は親分持って帰って部屋で食べる事にしてるねん。堪忍な~。」
と、トレイを片手にそう断った。
「部屋で?」
コテンと首をかしげるベルに、
「ん。アーサーが待ってるさかい、二人分の食事もろたら部屋戻るわ~」
とにこやかに言いながら、二人分の食料をピックアップしていくアントーニョの背中に、今度は桜が少し眉をひそめた。
「アーサーさん、体調悪いんですか?動けないほど?」
「いや、動くの面倒やから取ってこい言うから。」
というアントーニョの言葉に桜が目を丸くする。
「アーサーさんが…ですか?」
「せやで~。なんかおかしい?」
「いえ…アーサーさん、自分の口に入れる物にはとても気を使っていて…自分の目の届かないところで細工されたりしないように、私といる時以外は絶対に自分で取りに行く人なので…」
「あ~、そういえば昨日はそうやったな。疲れてそうやったから取りに行ったろかって言うたら自分が行くって言い張って取りに行ったし…」
と、アントーニョは今さらながら思い出す。
そうか…そこまで信用してもらえてるのか…と、また顔がほころんだ。
「……アントーニョ…」
エリザがいきなり立ち上がって少し浮かれるアントーニョの肩をガシっとつかんだ。
「なん?」
「私…言ったわよね?一昨日の昼間…あんたみたいなのが純真な子供に手だしたら犯罪だって…」
存外怖い真顔で迫ってくるエリザにアントーニョは慌てて
「まだ手とか出してへんてっ。」
と、首を横に振るが
「だまらっしゃい!」
と一喝されて黙り込む。
「いい?!手出したからにはちゃんと責任取んなさいよっ!あんな子供に手出しておいて遊びでしたは、誰が許してもこのサファイアのエリザさんが許しませんからねっ!
もしこれで他にちょっかいかけたら、大剣の刀の錆びになると思いなさいよっ?!」
片手を腰に当てて片手でピシっとアントーニョを指差すエリザ。
後ろではベルと桜が、おお~っと歓声をあげてぱちぱちと拍手をしている。
その勢いに若干押されながらアントーニョは
「せやから、まだ出してへんて…」
ともう一度繰り返したが、でもまあいいか、結果は同じかと、持ち前のアバウトさが鎌首をもたげる。
「まあ…言われんでも責任は取るけどな。」
と、最終的にそう言うと、アーサーのリクエスト…おそらく食事よりはそちらに重きを置いているであろうデザートの物色に意識を向けた。
「あ~アイラちゃん、今日なんかお薦めのモンてない?」
アントーニョがカウンターの向こうのなじみの調理班の女性に声をかけると、
「アントーニョさんが召しあがるんですか?いつものチュロスじゃないモノを?」
いつもチュロスをチョコレートにつけて食べるのがお気に入りのアントーニョの珍しい注文に、アイラと呼ばれた調理班の女性は少し首をかしげて聞き返してきた。
「あ~、今日はちゃうねん。俺の相方になった極東の子に食わしてやりたいねんけど…」
そう答えるアントーニョにアイラは
「相方…パートナー…それは素敵ですねっ!」
と、何故か実に良い笑顔で答えると、じゃあこれとこれと…と、どこから出してきたのか可愛らしいケースにこれまた可愛らしいプティフールを並べていく。
そして、はいっ♪と満面の笑みでそれを渡されたアントーニョが
「こんなプティフールとか…メニューにないやんな?」
と、ちらりとカウンターの所にあるメニューに目を落とすと、彼女は
「私の試作品なんですけど、味はばっちりです♪ 仲良くなれるといいですねっ」
と笑顔でそう答えた。
「ああ、そうなん。助かるわ~。またよろしゅうな~」
その女性らしい気づかいに感動してアントーニョは
「じゃ、戻るわ~。」
と、二人分の食事を持って退散した。
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