お姫さんの護衛を厚くしてえ」
さあ行くぞ、と、ドアの前。
最終確認の段階でプロイセンがいきなり言いだした。
無茶だ…どう考えたって無茶だろ…と、それにイギリスは思う。
だってラスボスだ。
下手すれば死ぬんじゃないか…。
そう思って
「今回の敵はとても強力ですし私の護衛よりトーニョさんの援護を…」
と、さすがに口を挟むが、スペインは優しく微笑みながら、人差指でイギリスの唇を塞いだ。
「強力だから…やで?
親分は丈夫やから1発2発耐えるけど、お姫ちゃんは攻撃受けたら危ないやん。
な、今朝言った事覚えとる?
これは親分にとって禊みたいなもんなんや。
きっちり守らせたって?」
「…トーニョ…さん」
なんだか思い出した気がする。
そう言えばスペインはイギリスがまさにこの姿くらいの頃、15世紀。
イギリスに嫁に来たスペインの王女と入れ違いにスペインに滞在する事になったまだ幼いイギリスにこんな風に優しい目をして接してくれていた。
決裂した最後の記憶が海戦だったため厳しい強国のイメージしか残っていなかったが、確かにそんな時期もあったのだ。
そう思えばなんだか緩い涙腺が決壊してジワリと溢れてくるもので視界が潤む。
そこですかさずフランスが
「あー、じゃあ、こうしよ。
お姫様は幻影の盾を前衛2人だけじゃなくてお兄さんにもかけて?
で、ギルちゃんはお姫さんを背に対応できる状態で歌に入れるギリギリ前に立って。
お兄さんはトーニョの斜め後方。
そこでトーニョとギルちゃんにだけ歌かけるけど、トーニョがやばくなりそうだったら、ギルちゃんが入れるまでお兄さんが前に出るから。
ただし、3回の幻影の盾の幻影が2回消えたら有無を言わさず下がるからね?」
と、割って入る。
なんなんだ、これは…と、まるで全員で自分をかばおうとする悪友3人にイギリスは目を丸くした。
「…て感じであかん?お姫ちゃん」
と、それを受けて、止めるようにしっかりとスペインのマントを掴むイギリスを見下ろして苦笑するスペイン。
現代のスペインとあの頃のイギリスの姿なわけだから、いつもよりさらに年齢差があるので、余計に大人に見える。
「…わかりました…。
でも…大怪我とかしたらオコですからね?」
ぎろり…と、睨んでそう言ってマントを放した……つもりだったのだが、それにスペインは両手で頭を抱えてその場にへたりこみ、プロイセンは片手で顔を覆って壁にもたれかかり、フランスは両手で顔を隠してそれぞれ悶える。
なんなんだ、こいつらはっ!
馬鹿にされているのか…と、少しぷくりと頬を膨らませて、それでも時間が経ってしまうのでイギリスは防御をあげるプロテクションと、攻撃を3回だけ代わりに吸収してくれる幻影の盾を3人それぞれにかけなおした。
…あかん…これあかんわ…。親分死ぬ気で行くで。こんな可愛いお姫ちゃんに絶対に怪我なんてさせられへん。
…お姫さん、可愛すぎだろ。俺様鼻血出るかと思った……
…無理…お兄さん本当に無理。やばいです。お姫さん絶対にお兄さんを殺しに来てると思う。
と、これはこっそりかわされる悪友達の言葉。
そうして強化魔法をかけ終わって、いよいよ魔王戦。
「ほな、行くで!」
と、ドアを開けて飛び込むスペインと、それに続くフランス。
最後にプロイセンとイギリスが飛び込んだ瞬間、バン!!と閉まるドアと最後尾のイギリスに向けての一斉射撃。
「…っ!!!」
一瞬足を止めて振り向きかけるスペインに、
「大丈夫だっ!止まるな、トーニョっ!」
と、左側を手にした盾で、右側を自分の身体を盾にして攻撃を防いだ血まみれのプロイセンが言う。
「お姫さん…ヒール…頼むわ……」
しくってゴメンな?と、もう立っているのも辛いだろうに笑みを向けるプロイセンに、イギリスは泣きながらヒールを唱える。
見る見る間にふさがって行く傷。
それがふさがりきる前に側面から敵が飛び出すのを、
「フランっ!防ぎっ!!」
と、魔王に1人で対峙しているスペインが指示を飛ばした。
「おっけ……ぃ……?」
と、それに答えて後方に下がろうとしたフランスは、だが、そこで固まった。
「え…?…どうして…?」
「ああ、もういいっ!大丈夫だっ!フラン、歌っ!!」
と、ギリギリで敵の短刀を盾で受け止めるプロイセン。
「ねえ、どうして?!なんでお前がここにいんのよっ?!!」
と、それでもショックを隠しきれない様子で叫ぶフランスに
「「元々スパイそのものだった(やろう)だろうがっ!」」
と、当たり前にそれを予測していたらしい前衛2人は驚く様子もなく現実を受け止めた。
正面奥のやけに小さな玉座の前には、それに果たして座れるのか?と言った感じの大きさのいかにも悪魔と言った風貌の魔王。
そして広間の左側のドアから2体の使い魔と共に飛び出してきたのは、皮鎧の小男。
そう…ついさっき魔王の宝物庫に行くからと分かれたばかりの元旅の同行者だ。
「…驚きやした。
もしかして今でも疑われたんですか?」
少し目を見張って、それからにやりと笑う男。
それに対してプロイセンは使い魔達をなんとか自分の方に惹きつけながら、隙あらば後方のイギリスに向かおうとするトリックを威嚇しつつ言う。
「初めっからずっと信じてねえよっ!
ま、他の国じゃなくて神の側の手先だというのは想定外だったけどな。
ローマのジジイらしくねえ」
「ああ、あっしはローマさんとは無関係ですから。
この世界はローマさんが造られたモンなんで、神様と言えど完全に好きにはできねえ。
せいぜい…本来造られたデータをチクリと弄ってすりかえるくれえで……」
「なるほどな。
それで最後のピースが埋まったぜ」
と、そこでプロイセンはにやりと笑って、盾で使い魔を一体殴りつぶした。
そして前方のスペインに言う。
「おい、トーニョ、そいつさっさと潰しちまえっ!
魔王退治手伝わせてやるからよっ!!」
と、その言葉にスペインはほんの一瞬、驚いたように動きを止め、それから
「ああ…そういうことやったん…。
親分、めっちゃむかついたわ…。
本気でいかせてもらうな?」
と、黒い笑みを浮かべた。
…室内の気温があがったような錯覚を受ける。
太陽の国の…強い怒り。
…フラン、歌!
との短い言葉に、固まっていたフランスは慌てて強化の歌をフルセットでかけた。
…行くでーーー!!!!!
炎をまとって倍くらいに膨らんだ戦斧がブン!!!!と振り回され、瞬時に消える魔王。
しかし室内は何も変わらない。
「え?魔王倒したら何か起きないの?」
と、1人状況を掴めずキョロキョロするフランスに
「…まだ魔王は倒れてへんで?」
と、ドス、ドス、と足音をたてながら後方へと歩を進めるスペイン。
「…あ…そっちもバレてやしたか…」
ヒクリ…と顔を引きつらせる小男。
「広間入ってあの玉座と魔王の大きさ見て、さらにおめえが出て来た瞬間にな」
と、プロイセンは淡々と言い、スペインは
「親分のお姫ちゃん狙うとか、覚悟しいや?」
と、ニコリと背筋が凍りつくような笑み。
今度は室温が一気に氷点下にさがったような錯覚を覚える。
別に自分に怒りを向けられているわけでもないイギリスですら、寒気がして思わずプロイセンのマントにギュッとしがみつかずにいられない。
怖い…怖い…怖い……
さすがローマの脳内ファンタジー世界と言うべきか、残った使い魔はとっくにその降臨なさった帝国様の殺気で霧散してしまっている。
フランスもこそこそとプロイセンの後方に避難。
プロイセンはさすがに逃げはしないものの青い顔で、それでもしっかりと右手でイギリスを胸元に抱え込んで、その前に大きな盾を構えて守っている。
「お姫さんは見ねえで良いから…」
と、マントで包むようにイギリスを抱きしめるプロイセン。
ぎゅっと強い腕に囲まれていると、安心感が心を満たして行った。
…キス…したいな……と、何故かふと思う。
それは心の中でだけの声のはずだったのだが、囲まれたマントを上から覗き込んだプロイセンが少し困ったような顔で…悪い…なんでだかわかんねえけど、どうしても今キスしてえ…嫌なら殴ってくれ…と、言うなりイギリスを抱き寄せる腕に力をこめて、マントの影でちゅっと触れるだけの口づけをした。
そして再度抱きしめられて押しつけられたプロイセンの胸がすごくドキドキしているのがわかって、イギリスまでドキドキしてきた。
「…ほんっま、腹立つわぁ~~!!!!」
と、一気に膨れ上がる殺気と共にトリックが切り捨てられたのはその直後の事だった。
そして再び光に包まれる世界…
まばゆい光に閉じた目を開ければ、そこは別世界の飛ばされる前にいた世界会議の会場だった。
夢から醒めたように目をぱちくりさせる一同。
プロイセンとイギリスがハッとして視線を向ければ、全く飛ばされる前と変わらない会場で唯一、スペインがそれまでは持っていなかったクマのぬいぐるみを手に抱えていた。
「…お前からやらないで良いのか?」
こうして全員が狐につままれたような顔で終えた世界会議。
その後、呼び出された控室でプロイセンがそう問えば、
「やって、自分から贈ったったほうがあの子が喜ぶやん。
親分な、今度こそあの子のメンタルもちゃんと守ってやりたいんや」と答えてヌイグルミを託すスペイン。
ああ…愛が深いな…と、プロイセンは思う。
本当に、あの世界でスペインが言った事は正しいのだろう。
過去の諸々がなくてニュートラルな状態だったら、もしかしたら今イギリスを一番幸せにできるのはこの男なのかもしれない。
だが、イギリスの方が色々拗らせているので、普通に何の心配もなくイギリスがスペインに心を傾けるのは難しい。
それに、それよりなにより、プロイセンだって後発スタートではあったが、今ではイギリスを想う気持ちはスペインにも負けないつもりだ。
「あの子あれで気にしぃやさかい、ちゃんとプロポーズしたるんやで?
あと寂しがり屋やけど素直に言えへんから……」
あれやこれや注意を始めるスペインに、プロイセンは思わず
「花嫁の父かよ」
と、呆れて見せるが、スペインはそれを否定する事なく
「泣かせたら実家に戻してもらうで?
そうしたらもうどこにも嫁にはやらへんからなっ」
と、断言する。
そんなやりとりをするうち、チラリと時計を見るともう時間だ。
「あー…俺様これから…」
「説明はええわ。腹立つから。
はよ行ってやり。
あの子早めに来る子やから、自分も早めに行ったり。
1分1秒でも遅れたら離婚さすで」
としかめっつらなスペインに
「カトリックは離婚ダメなんじゃないのかよっ」
と吹きだすと、
「それのせいで色々揉めたん知っとって言うとるんやったら、殴るで?」
と引きつった笑顔。
そして付け足す…服の上からやったら見えへんとこをな…の言葉にスペインの本気を見て、プロイセンは早々に退散する事にした。
「お姫さん、ごめんな。待たせちまったか?」
と、急いで隣の控室。
すでに来ていたイギリスに謝罪すると、イギリスは
「もう“お姫さん”じゃないだろ」
と少し俯いて口を尖らせる。
うん…外見年齢23歳…ではないな、これは…。
そう思いつつ、それを言ったら殴られそうなので、プロイセンは
「俺様にとっては“大事なお姫さん”だけどな。
ま、それはいいや。
実は話の前にこれ…」
と、イギリスにたった今スペインから受け取ったヌイグルミを手渡した。
「あ…この子……」
と、ぱぁ~っと笑みが広がるイギリスの顔。
でも…?と、きょとんとする顔も愛らしい。
まゆげと髪以外は本当にお姫さんの時のまま、随分とわかりやすくクルクル変わる表情と口より正直な大きな瞳。
「ああ。トドメ刺したスペインからのプレゼントだ」
「…へ?」
「俺様がな、願いどうするか聞かれた時にアリスがイギリスの性格を模して造った存在ならアリスが好きなヌイグルミをイギリスも好きだろうから、それ持ち帰ってプレゼントするって言ったから」
そう説明すると、イギリスはますますわからないという顔になる。
「スペインが優しかったのは女のアリスだったからだろ?」
と、もうさすが好意に鈍すぎるフラグクラッシャーの名に恥じない言葉を返してくるので、プロイセンは苦笑した。
「あのな、スペインはお前の事全然嫌ってねえどころか、すげえ心配してっぞ。
俺様それ渡される時、花嫁の父親かよってくらいお前に対しての気づかいについてうるさく注意されたし」
「スペインが…?」
「おう。お前さ、自分が思ってるよりずっと皆に愛されてんだよ。
まあ…俺様に敵う奴はいねえけどなっ」
プロイセンはそう言ってイギリスから少し離れてその場にひざまずく。
そしてそっとその手を取って口づけた。
「騎士ギルベルト・バイルシュミット、魔王討伐の任、確かに果たして戻りました。
出来ますれば、褒美を頂戴頂ければと思うのですが…」
と見あげれば、ぎょっとした顔になるイギリス。
ああ、慌てる顔も可愛いな…と、思わず真剣な表情から笑みが漏れれば、それに若干ホッとしたように
「…個人の範囲でできることなら……」
と、返して来る。
これは予想通り。
内心にやりと勝利の笑みを浮かべながら、プロイセンはまた表情を引き締めてイギリスを見あげた。
そして言う。
「どうか姫君をわたくしの妻に頂き、一生守って行くことをお許し頂きたい」
そう言った瞬間、瞬時に真っ赤になって涙目になって口をパクパクし始めたイギリスの可愛らしさは一生忘れないと思う。
「ひ…ひめぎみ…って……」
とようやく声を絞り出すイギリスを、また立ち上がったプロイセンはぎゅっと抱きしめ
「俺様ごのみの抱きしめ心地だし?
花嫁の父(スペイン)の許可も得たし?
指輪はこれから見に行こうな?
家は…新しいのが良ければロンドンで物色するし、今の場所が良ければ俺様がお前ん家に引っ越すってことで、おはようからおやすみまでしっかりお守りしてやるからな?」
と、その額に口づけた。
Before <<<
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