さきほどまでの皆の前での邪気のない笑みと違って、どこか含みのある笑顔で聞くイタリア。
絶対にプロイセンが言わんとする事を分かって言っている。
ヘタレな平和主義者という表の顔があまりに前面に出過ぎていて皆忘れているが、彼もまた生き馬の目を抜く欧州を生き抜いてきた、毒薬と謀略を得意とする油断のならない国家だ。
そして…考えてみれば自分達を今回のこの騒動に巻き込んだローマの実の孫ではないか。
本当ならあまり1人で対峙したくない相手ではあるが、仕方ない。
覚悟を決めてプロイセンは一度深呼吸をすると、務めて平静を装って軽く微笑んだ。
そして言う。
――国体を躍らせるのは楽しいか?イタリアちゃん。
冷静に…冷静に…
感情的になれば相手に隙を与えることになる。
緊迫した状態に身を置かなくなって久しいので緊張する。
そんなプロイセンをあざ笑うかのように、
「うん♪楽しいよ?プロイセンは?」
と、事情を知らなければ天使の笑みを浮かべるイタリア
愛らしいだけに恐ろしい。
「…面白くねえ…のは、わかってんだろ?
ぶっちゃけると、もうこの際他はどうでもいい。
ヴェストとお姫さんにだけ実害なけりゃあな。
どうしても詳細教えられねえっつ~んなら、そこだけはなんとかしてくれよ」
非常に不愉快だが仕方ない。
気合いと根性で表情を読まれないようにこちらも笑みを張り付けながらも、時間もない事だし、こちらの最低限のラインだけを伝えておく。
そのプロイセンの要望に、イタリアは実に良い笑顔で不思議な答えを返してきた。
「良かった。とりあえず最低限の目的は達した…のかな?」
「は?」
と、その言葉にプロイセンが綺麗な形の銀色の眉をしかめると、イタリアはさらに驚くべき事を口にした。
「今回の目的はね、プロイセンにイギリスを守ってもらうことだから♪」
「はあ???」
意外すぎるそれにさすがにプロイセンのポーカーフェイスが崩れるが、イタリアは相変わらず読めない笑顔のままこくんと首をかたむけた。
くるんがふわふわと楽しげに揺れている。
「えっとね、もうプロイセンはこっち側だから明かしても良いかな」
とのイタリアの言葉に、プロイセンは内心焦って葛藤する。
こちら側…というのはローマとイタリアの側…ということなのだろう。
おそらくロマーノは知らされていない。
彼はああ見えて根はまっすぐで隠しごとは苦手だと思う。
そんなプロイセンの脳内を読みとったように、イタリアはクスクスと笑いながら頷いた。
「うん、兄ちゃんはね、知らされてない。
ポーカーフェイス苦手だからね。
あと…スペイン兄ちゃんに相談しかねないから?」
「あー…そっちもあるな…」
と、プロイセンはコントロールするのが非常に困難な我が道を行きすぎる悪友の顔を思い出して、それは素で苦笑いを浮かべた。
「うん、だからね、爺ちゃんは俺にだけ協力を依頼したんだ」
と続けるイタリア。
それに
「で?結局黒幕はローマのジジイなのかよ?」
と聞くと、こっくりと頷く。
もうこれはどちら側と思われても結局事情を聞かないよりは聞く方が得策だ。
協力すると約束させられるわけでもないので、もういいか…と、プロイセンは思う。
「それで?なんでローマのジジイが俺にイギリスを守らせたいって?」
と、イタリアの顔を覗き込んだ。
「正確には…ね、別にプロイセンだけが守ってくれれば良いってわけじゃないんだよ。
みんなに優しくして欲しいんだ。
ただ、最低限ね、ちゃんと守る気のある奴を1人は確保したい」
「ほぉ?俺様は最低限のってわけだ?」
少し軽口で返してみると、イタリアは
「ふふっ。拗ねないでよ。
唯一…に選ばれたんだから光栄な事じゃない?」
と、ニコリと受け流した。
「結論から言うとね、爺ちゃんは天国でイギリスのお母さん、ブリタニアさんを口説きたくて、彼女の心象あげるために今回の事を思いついたわけ」
「はあぁ~~??」
女好きは知ってた。
なにしろベッラの前では全てがOKなイタリア兄弟の祖父だ。
しかし女を口説くためにこの騒ぎ?と、緊張していただけに一気に力が抜けていく。
「本当はね、みんなイギリスの事好きなんだよ。
フランスもアメリカも、みんなみんなイギリスの気を惹きたくて、でも素直になれなくて子どもみたいに意地悪するじゃない?
今回の最終目的は、それをちゃんと意地悪じゃなくて好意って形で示させる事。
イギリスが傷つかないようにね?
そのために…まずは最低限イギリスを傷つけないで守ってくれる相手を探してたところに、この前の会議でね、プロイセンが最適かなぁって思って…」
なるほど…そこでそう行きつくのか…と、プロイセンも納得する。
「単に優しくするって言う意味なら俺でも日本あたりでも良かったんだけど、ほら、今の時点でイギリスを守るってことはさ、色々強国を敵に回さないとだからさ、俺じゃ迫力不足だし?
日本でも無理でしょ?
でもお前ならフランスにもアメリカにも負けないなぁって思って。
あとは…その気になればできそうなのはドイツ…だけど……」
と、そこで初めて言い淀むイタリアに
「そうだな、ヴェストならアメリカにもフランスにも負けないな」
と同意すると、イタリアはぽつりと……でも…ドイツはダメだから…と、それはしょぼんとした顔で呟いた。
なるほど…そう言う事か…と、プロイセンは内心笑いを押し隠す。
交渉と駆け引きの国でもどうしても放したくないあたりはいるようだ。
と言う事は、ドイツが悪い事にはならないだろう。
その点については正直ホッとした。
「ま、ヴェストはいいや。
で?結局ここはどこでどういう方向で終わらせるつもりなんだ?」
とりあえず目的がイギリスに対しての態度改善と言う事なら、イギリスに対しても問題になるような事はしないだろう。
まあ…それなら最悪自分に対して色々向けられる事に対しては目をつむってもいい。
そう思ってプロイセンが聞くと、話が進んだ事にホッとしたようだ。
イタリアはまた笑顔で
「あとはね、俺に任せて欲しいんだ。
プロイセンの要望の通り、イギリスとドイツに対しては悪いような事はしないよ?
アリスは最後までアリスのままでね。
プロイセンは今まで通り“彼女”をお守りする姿勢を貫いてくれればいい。
あとは…イギリスが不安に思っているようだったら、フォローしてあげて?」
と、それ以上は言うつもりはないと言わんばかりに、酒場内へと戻っていった。
まあ…仕方ねえか……
プロイセンはそれを見送ってため息をつく。
それこそプロイセンの側の最低限の目的も、ドイツとイギリスには危害を加えないという確約を得ることで達した。
自分に関してはもう仕方ない。
それより早く戻ってお姫さんの護衛に徹しなければ…。
――俺様はナイトだからな…
守ると決めた相手を守り抜いて力尽きるなら、本望だ。
――まあ…少しくらいは甘い生活と言うやつも送ってみてえから、再起不能にならねえ程度にな…
と、そんな事を考えつつ、プロイセンは小さく息を吐き出すと、自分もまた酒場へと戻って行った。
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