魔王を倒すぞ、もう普憫なんて言わせない!_自覚した恋心と自覚していた恋心

やばい…お姫さんが可愛すぎる……

もうそれはプロイセンにとっては切実な問題だった。

日々きゅん死にしそうだが、外敵から身を守るためのとげを取り去ったイギリスは寂しがりやで、さらにこちらの世界では武器になる筋力も落ち魔法も使えなくてか弱いので、そんなイギリスを残して死ぬわけにはいかない以上、それは本当にプロイセンにとって深刻な問題なのである。

きっかけはどれだったのかわからない。

おそらく…フランスの新しい連れが寄越したヒーラーが命を狙われているという情報だったのか、それでひどく不安になって泣いていたイギリスに勢いでしてしまった自分の告白だったのか、その日の夜にイギリスが出したひどい熱だったのか…

そのどれかだと思うが、とにかくイギリスが可愛い。
それはガチだ。

思い返してみれば、実は元々可愛かったのだと思う。
亡国になって国と言う枷を外されたプロイセンはよくあちこちの国をきままに訪ね歩いていたが、イギリス邸にもよく訪れていた。

綺麗な薔薇の咲き誇るイングリッシュガーデン。
そのあちこちに置かれた可愛らしい陶器の動物達。
それだけでなく、たまに薔薇の合間をキラキラした光が舞っているのをプロイセンも目撃していたのだが、それはイギリスいわく、妖精なのだと言う。

アメリカなどはイギリスの妄想だとよく揶揄っていたが、プロイセンにしてみれば、確かに不思議な光がそのあたりをふよふよしているのだから、では主のイギリスが言う通り妖精じゃないとしたら、あれはなんなのだと言う事になる。

だからプロイセンは信じた。

おそらくプロイセンには人の形として視覚出来ないだけで、確かに妖精は存在するのだろう。
現実主義者だからこそ、目の前の出来事を信じたのである。

そしてそんなファンタジックにして可愛らしいエリアを抜けて家に入れば、一面にこれも可愛らしいパッチワークや刺繍で出来たタペストリ。

テーブルにかかった細やかなレースのテーブルクロスも自作だと言うのだから驚きだ。
もう家中に可愛らしさがあふれている。

そして皆があれは兵器だという料理。
確かに出来て来たブツはなかなか凄いものなのだが、プロイセンはその前後に着目したいと思う。

エプロンをつけてすごく嬉しそうに料理をするイギリスは可愛らしい。
それをおずおずと差し出してくる様子も可愛らしい。
差し出された物は可愛らしくない。
だが…それを食べているプロイセンの反応をドキドキした様子で見ているのは可愛らしい。
そして…日々評価と改善点を伝えているので、それを神妙な顔でメモするイギリスは可愛らしい。

ほら、料理だって可愛くないのは出来てきた産物だけであって、イギリス自身ではないじゃないか。

…と思ってた時点で普通惚れてるって気付くよな…と、プロイセンは自分の鈍さに呆れかえる。
とにかく、普段でも当たり前に色々可愛いと思っていたのだ。

そんな惚れてしまっている可愛い相手が今、小さくなって可愛い格好をして、さらに自分を頼ってきているときたら、もう至福以外何者でもない。

熱を出した時には可哀想だったが、幸い自分は元病院だ。
手当ても看病もおてのものだ。
というか、性別がバレたらまずいので、村の医者に見せられない。

そんな事情を知らないフランスとスペインにも、ヒーラーとして狙われているかもしれないアリスには知らない人間を近づけるのは危険だし自分が診療すると言えば、異を唱えられたりもしなかった。

体調が悪くてさらに心細くなっていたのだろう。

――遠くに行かないで…側に…いて…
と、ぎゅっと袖口を握り締めて泣きながら言われた時には、可愛すぎて危うく心臓が爆発するところだった。

スペインが断固として反対したが、同じ部屋にスペインもいるのだし、相手は病人で心細くなっているのだからと強固に主張して、結局スペインの反対を押し切ってイギリスのベッドで寝ることにした。

ぎゅうっと胸元をつかむ小さな手。
小動物のように懐にもぐりこんで眠りこむ様の愛くるしい事。

本人は大丈夫だと主張したが、プロイセンとスペインはアリスの体調を優先する事を断固として主張して、結局再度旅に出るのは1週間後とあいなった。


移動中、前方の警戒のためにフランスとトリックを先に歩かせて、その後ろでアリスを左右からスペインと2人できっちりガード。

戦闘になった時には後衛のフランスにお姫様のガードを任せてプロイセンとスペインは敵を叩き、トリックはその補佐をしながら、新手の敵が来たりしないかを警戒する。

その他にもこの男は罠の解除や薬草の知識、道中の食料の確保など、戦闘以外でも多岐に渡って役に立つ。
特に野営ともなれば、まさにトリックの独壇場である。

場所なんか選ばない。
草木が生い茂る場所でも手早くそのあたりの草木を3平方メートルほど刈り込んで場所を作り、折り畳み式のテントを張り始める。

実に良い手並みだ。
食べるモノだって美味いものも食えないものもよく知っている。

これで明らかに他の国から送られた妨害要員という要素がなければ完璧なのだが……


トリックと合流後、魔王の城を目指す旅も1カ月を過ぎて、あちこちで聞いた情報を元に計算すると、明日には一番近い街には着くらしい。

そこで気になるのは、不思議な事にここまでの道中、他の国に一切会っていないことだ。
すでに何かで脱落させられてしまったのか、もしくは、飛ばされた方向がそれぞれ違って、四方から魔王の城を目指しているので会う事がないのか…。

色々気になる事は多いのだが、街まで最後の野営でのこと…プロイセンは恐ろしい話を聞く事になる。

その日はお姫さんは早々にテントでお休みで、火の番はトリックとフランス。
プロイセンはスペインと共に結界を張ってはあるお姫さんのテントの入口あたりで念のため護衛をしていた。

元々悪友と呼ばれて距離は近かったものの、昨今ここまで近い位置でい続けた事はない。
しかもスペインは元々フリーダムなところがあったので、じっくり話をした事などほぼなかったのではないだろうか…。

そんな相手が非常に真剣な表情で、
「ギルちゃん、ちょお話があるんやけど…」
と言ってきた事にまず驚いた。

込み入った話らしい…そう感じた時点でプロイセンはちらりとあたりを見回す。
お姫さんは完全に寝ているようだ。
フランスとトリックは少し離れた焚火の向こう。

他に誰も聞いている様子のない事を確認して
「込み入った話…だよな?」
と聞いてみると、大きく頷かれた。

「で?なんだよ?」
と、促すと、スペインは珍しく真面目な顔でプロイセンの顔を覗き込んだ。

そして
「もうすぐ魔王の城の側の街やん」
「…そうだな」
「そしたら、もう魔王は目の前やで」
「…ああ、そうだけど?」
淡々と答えるプロイセンに、スペインははぁ~っと大きく息を吐き出して肩を落とした。
そしてクシャクシャっと茶色がかった黒髪を掻いて、考え込む。

「もうすぐ魔王のとこにつく…だから?」
と、そこでプロイセンがさらに促すと、それでもしばらく俯き加減で考え込んでいたスペインは、バッと顔をあげて思いがけない事を口にした。

「自分…残ってやる気ぃはないん?」
「…はあ??」
「せやから、お姫ちゃんのためにこっちの世界に残ってやる気はないん?」

言われている意味が一瞬わからず呆けていると、そうはっきり言われて、プロイセンは予測していなかった質問に、言葉を失った。
それでもジッと真剣に見つめてくる深い緑色の瞳に、これは何かを言わなければ…という気にはなる。

真面目に言ってくる相手には誠意を持って真面目に対応を…というのは、根は気真面目な元教会にとっては基本中の基本である。

「えっと…残るも何も、俺らに選択肢はなくね?
わかんねえけど、魔王倒したら有無を言わさず元の世界に強制送還な気がすんだけど…」

相手の意図がわからないので、とりあえず物理的な事象を指摘してみると、やはりそういう意味ではなかったらしい。

「そういう意味ちゃうわ」
と、即座に言われる。

「んじゃ、どう言う意味だよ?」
と問い返すと、スペインの目に若干のいらだちが混じった。

「自分…気にならへんの?
俺ら皆帰ってもうたら、あの子誰が守るん?」
と、その言葉でようやく言わんとする意味を悟ったプロイセンはある意味感動する。

いや…知ってた…知ってたけどな…こいつひとたび身内認定したら細やかだし情深いよなぁ…

魔王を前にしてスペインが考えるのは、戦略でも勝敗でもないらしい。
ここまで保護しお守りしてきたお姫さんの事。

敵への苛烈さと身内へのその深い情愛と…そのすさまじい落差がまさにスペイン王国だ。

「…だからな、俺様が魔王倒したら家にちゃんと返してやってくれって願うつもりで…」
というプロイセンの言葉は
「それじゃあかんやん!」
と遮られる。

「あの子ん家は一度あの子攫われとるんやで?
また同じ事起こらんとも限らへんやん。
そうならんために、ちゃんと自分の手ぇで守っていったらなあかんのやないん?」

スペインの目は飽くまで真剣だ。
真剣なだけにプロイセンは内心、うああ~~と頭を抱える。

正直…スペインがそこまで考えるとは思わなかった。

イギリスの言った通り、お姫様を無事家に送り届けてもらうようにお願いしてめでたしめでたしやなぁと満足するものだと思っていたのだが、自分達はひとたび自分が保護する相手と定めた対象に対してのスペインの情愛を舐めていた。

「正直…そこまで考えてなかったんだけど…。
てか、お前って、お姫さんが無事家に帰ってめでたしめでたしで終わる奴かと思ってた」
と、思わず出る本音。
ある意味失礼かもしれないその言葉に、スペインは怒る事なく、ただため息をついた。

「…昔な、それで失敗してん。
もうギルちゃんはそういうので色々言いふらしたりせえへんと思うから、話たるけどな…。
親分、昔好きな子おってな。
めっちゃ好きやってん。
でもうちの国の王さんがこのままじゃその子の国食いつぶしかねへんて分かった時に、親分、その子の国のちょっと賢いお姫ちゃんに知恵付けて、うちの国の事つけ狙うとった海賊紹介して、うちの国の商船の航路教えたったんや。
その子の国がこっそり海賊使ってうちの商船襲う事で、うちの国がその子の国を潰されへん程度に弱体するようにな…」

…へ?…えええええっ???!!!!

「ちょ、それってもしかしてっ!!!」

驚いた。
すごく驚いた。

というか、絶対にイギリス自身もその事は知らないと思う。
スペインはシッと言うように唇に手をあてて、『秘密やで?』と苦笑して続けた。

「それでまあ…覇権国家で大国のうちの国とやりあって、一方的に負けて潰されたりせえへんで、勝ったり負けたりやったから講和結べたんやけどな。
そこでもう大丈夫やって手ぇ放したったら、あの子は強うなって…でも最終的にあちこちで裏切られて傷ついて…今でも傷つけられての続けての昨今や。
親分の国も衰退して余裕もなかったんやけど、自分だけでもずっとあの子に悪意はない、好意持っとるって伝え続けてやって、国策超えたとこではちゃんと庇い続けてやっとったら、あの子あんなに傷つけへんかったんかなぁ思うんや。
やっぱりな…守るって決めたら最後まで守ったらなあかんで?
とりあえずの脅威だけ取り去って手ぇ放すのは自分は気持ちええかもしれへんけど、自己満足や。
お姫ちゃんかて家戻したから言うて安全やないやん?
ヒーラー狙っとるっちゅうのがほんまに今回の魔王退治やっとる国関連とは限らんし、ええうちの出身なんやったら、そもそもが無頼に攫われたって時点で色々されたんちゃうってゲスな勘ぐりされて、肩身の狭い思いして嫁にもいけなくなる可能性もあるしな。
その点、手ぇ出されてたとしても魔王倒した勇者様相手やったら、家の面目もたつやろし、ええんちゃうかなぁ思うて…。
せやから…ギルちゃんがその気やったら、親分も魔王倒した時の願い、ギルちゃんがここに残れるようにって言う事にしたるけど…」

ちょ…待ってくれ……
大英帝国の本気が凄すぎたらしい。
確かにここまでの道のりでのスペインのアリスへの気づかい方は細やかで愛情に満ちていた。
元々はわりあいと大雑把なはずなのに、本当に細やかだったと思う。
つまりは……それだけ本気だったんだろう。

「まあ…お姫ちゃんがそれでええんやったら親分が残ったってもええんやけどな。
国が国体に影響与える事はあるけど、逆はないみたいやしな。
必ずしも国体が自国におらへんでもええんと思うんや。
実際ロマかて随分自国離れて親分のとこおったけど、イタリアに何かあったりしてへんし?
まあ…なんか側におらんとあかんなら、親分がいなくなれば新しいスペインの国体が産まれる可能性もあるしな。
でもお姫ちゃんは誰かおれへんかったらあかんやん。
お姫ちゃんはほんまはギルちゃんに残って欲しいんやと思うんやけど、無理やったらほんま親分が残ったるから、ギルちゃんが魔王倒したらそう願ったって」

もう土下座をしたくなった。
これは守るべき相手…そう思った時のスペインの懐の深さを舐めていた。
自分も相当だと思っていたが、スペインも相当だ。

…これは…イギリスに相談案件だな……
内心冷や汗を掻きながら、プロイセンはとりあえず
「ちょっと待った…。
俺様もそんな可能性考えてなかったから、少しだけかんがえさせてくれ」
と、答えを保留した。

魔王の城まであと少し。
しかし問題はさらに増えていくのだった。



Before <<<   >>> Next


0 件のコメント :

コメントを投稿