イギリスさんの混乱
身体はふわふわと温かいモノに包まれ、そこら中に美味しそうな匂いが漂う。
匂いの正体を確かめようとヒクヒクと鼻を動かすと、
「なんや、小動物みたいやな。ゴハン出来たからそろそろ起き?」
と、大きな手が頭をなでる感触がする。
その声の主をイギリスは知っている。
そして…ああ、自分は夢を見ているんだな、と思った。
ずいぶん…それこそ何百年単位で焦がれていたためか、その太陽の国の最愛の子分にでもなった夢を見ているのだろう。
なんて幸せな夢…
ずっとその位置に憧れ続けた、太陽の国の手の内で大事にされている養い子の座。
現実では彼の国は自分をひどく嫌っていて、笑顔どころか嫌な顔しか向けられる事はない。
だから…焦がれるなら遠くから…彼の国の視界に入らないくらいの遠くから見るのがいっぱいいっぱいという悲しい現状を考えれば、たとえ夢でも優しい声をかけられ、優しく頭をなでられるのはありえないほど幸せだ。
欲を言えば向けられる笑顔を脳裏に焼き付けたいと思うが、目を開けた瞬間、夢が覚めてしまいそうで怖い。
「まだ眠いなら寝てもええけど、ゴハン食べてからな?
ちゃんと食べな元気になれへんで?」
なかなか目を開けないイギリスをスペインは柔らかく起きるように促すが、イギリスは固く目をつむったまま、イヤイヤというように頭を横に振った。
すると頭上で
「もう…しゃあないなぁ」
と、苦笑するような気配がして、ヨイショという掛け声と共に横抱きにされる。
かけられていたブランケットごと下ろされたのは、どうやら一人がけの柔らかいソファ。
「しんどいんやったら親分が食べさせたるから、待っといてな」
と、柔らかい声と共に、スペインの気配が離れていく。
少し不安に思っておそるおそる目を開くと、どうやらキッチンにむかっているスペインの後ろ姿。
確認するように窓の方を向くと、そこに映しだされているのは確かに子分ではなく自分…イギリスの姿だった。
見覚えがないようであるような室内。
軽く目をつむって考えこむ。
ぼんやりとしていた記憶が徐々につながっていった。
そうだ…あの世界会議の日…
ドイツがイライラしていて、いつも以上に色々に神経質になっていた。
そのイライラの矛先を向けられたのがスペインで…ドイツは仕事に私情をいれるような性格ではないのでただの脅しだとは思うが、毎度会議中に内職をするスペインに、そんな事なら関係を考えなおすと言ったのだ。
そこで素直にやめてくれればいいが…しばしば国としての感情よりも個人の感情を優先するスペインの事だ。
明らかに普段とは違う、八つ当たり気味のドイツにむっとして意地を張らないとも限らない。
そこでイギリスは自分が間に入ることにして、スペインの内職道具を取り上げた。
それでドイツの気は収まるはずで…スペインも不満があってもドイツよりも直接的行動に出た自分に向くはず。
これでドイツとスペインの間の関係は保たれるはずだ。
案の定ドイツはその対応に満足し、スペインの不満の矛先はドイツではなく自分に向いた。
良かった…と安堵した。
自分との関係が悪くなっても今更だが、ドイツとの関係が悪くなれば最終的にスペインは困る事になる。
嫌悪の視線に泣きそうになりながらも、イギリスはそう思って満足することにした。
どうせ嫌われているのだ。役にたてるなら、少しくらい嫌われ度が増したところでどうだというのだ…。
それでもやっぱり悲しい事は悲しくて、辛いことは辛くて、主催国というのを良い事に、それを振り切るようにアチコチ動き回って働いた。
会議終了後も何も考えたくなくて、あちこちやらなくても良い片付けまでやって、さあ終わった、ヒゲを呼び出してヤケ酒でも飲むか…と思いつつ外に出ようとしたらいきなりドアが開いて、そこから記憶が飛んだのだ。
よく記憶喪失が治るとその最中の記憶はなくなるというが、イギリスの場合はそうではないらしい。
他人ごとのようにアメリカに起こされたこと、知らない人間にいきなり強引に連れて行かれそうになって怖かったこと、スペインに助けを求めた事、スペインが何故か助けてくれたこと、そして…その後、このスペインの自宅に連れてこられて面倒を見てもらったこと…全て記憶に残っている。
今のこの記憶自体が夢でないとするならば、スペインは普段嫌っている人間でも記憶を無くして困っていたら放っておけない、心底人の良い奴なのだろう。
ああ…でも記憶が戻ったとわかったらどうなるのだろうか…。
いや…まだ戻った…と認識してもらえるならマシかもしれない。
過去が過去だ。
もしかしたら記憶喪失自体もただ騙していたと受け取られるかもしれない。
そうしたら…最悪だ。
とにかくどうすればいいのだろう?
本当の事を言って済むのなら今記憶が戻ったというべきなのだが、からかっていたとおもわれる可能性もある。
かといって記憶が戻らないフリを続けていたら、バレた時により信用を失うかもしれない。
イギリスが青くなって頭を抱えていると居間のドアがいきなり開いて、なんとそこにはフランスが青い顔をして立っている。
「坊ちゃん大丈夫?!
いくら仲が悪くてもスペインが積極的に何かするとは思わなかったんだけど…なんか嫌がらせでもあった?」
駆け寄ってくるフランスに、それでなくてもパニック中のイギリスは言葉が出ない。
そして…そこにフランスの声に気づいたスペインが駆け戻ってきて、
「糞ヒゲぇっ!!自分、何さらしとんじゃあぁぁ~~!!!!」
と、フランスの頭に思い切り手にしていたお玉を振り上げた。
こうしてカオス空間が出来上がった。
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