記憶喪失-その後ver.E
「アーティー、何か食べられそうか?なんか食べたいモンあったら何でもいい?」
消化の良さそうな食事、スープ、フルーツからデザート類まで各種取りそろえた大きなトレイを手にスペインが戻ってきた。
心底心配そうに顔を覗きこんでくる優しい目…壊れ物でも扱うかのようにソッと頭をなでる大きな手。
数百年間もの間ずっと好きだった相手に、まるで大切なもののように扱われている。
自分の事を嫌っていたはずなのに……。
さきほど逃げていった腐れ縁の話によると、自分が記憶を失った原因はこの太陽の国…スペインが開けたドアにぶつかったことらしいから、記憶を失っている間のありえないほど親切な態度はその責任を感じているせいなのかもしれない…。
しかしその責を感じていた要因である記憶はすでに戻ってしまった。
彼はまだそれをはっきり認識していないのかもしれない…。
認識してしまったら…また元の自分の事を嫌っているスペインに戻ってしまうのだろう。
そうしたらもうこんなに近くでこんな優しい表情を見ることはきっと一生かなわない。
せめてその表情を記憶の中に焼き付けようとイギリスはジッとその顔を凝視した。
「どないしたん?しんどいんか?ほんま何でも遠慮なく言いや?」
よく日に焼けた精悍な顔が気遣わしげに寄せられる。
近い近い近い……っ!!!!
イギリスは慌てて首を横に振った。
そこで少し離れていく距離。
それでも逸らされない視線。
まるで心の中を探られているようだ…記憶がしっかり戻っている…それをはっきり認識されるまでそう間はないだろう。
優しくされたい…それが無理ならせめて嫌われたくない…でもそれはじきにまた叶わぬ望みとなるのだ…。
辛い…また嫌われるくらいなら、このまま時が止まってしまえばいいのに…。
「…死にたい……」
ポロリと涙と共にそんな気持ちがそんな言葉となって転がり落ちた。
記憶喪失-その後ver.S
ようやく熱が下がって小康を取り戻したばかりだったところに辛い現実を夢に見て血を吐いて更に衰弱した身体に、与えてはいけないショックを与えてしまった…。
これ以上絶対に傷つけてはならない…。
裏切られ傷つけられる事をひどく恐れていたイギリスに、自分もまた傷つけるために騙していたと誤解をされたまま、また熱を出して意識が戻らないイギリスを前に生きた心地がしないまま丸一日。
スペインが自責と恐怖で押しつぶされる寸前でようやく意識を取り戻したイギリスは、自分を恐れているように見えた。
食事を持って来ても反応もなく、大きく澄んだ目で何か訴えるようにじ~っと悲しそうに自分を凝視している。
悲しむくらいなら…傷ついていくくらいなら、いっそのことフランスに対するように自分の事を罵って欲しかった。
なのにイギリスは何も言わない。
「どないしたん?しんどいんか?ほんま何でも遠慮なく言いや?」
と、できうる限り精一杯優しい口調で話しかけても、ただ悲しげに首を横に振るだけだ。
そして…やがてその小さな唇から漏れた小さな小さな声……
「…死にたい……」
「……っ!」
心臓が握りつぶされるような気がした。
どんなにひどい罵倒の言葉よりつらい…。
「…堪忍……」
それしか言葉が出ない。
代わりにポロポロと涙が頬を伝った。
「これまで…散々ひどいこと言うてきたもんな。誤解されてもしゃあないわ。
でもホンマに今回はちゃうねん。
ただ自分のこと守って可愛がって…愛したって……一緒におりたいだけやねん。」
信じたって?
コツンと自分の額をイギリスの額に軽くぶつける。
今回の一連の騒ぎでまた熱が上がったのか、イギリスの額は熱い。
「それでも信じられん…つらい言うなら…自分が死にたい言うくらいならいっそ親分の方殺したって?」
焦点がもう合わないくらい近い位置でジッと自分より淡い色の緑の瞳を覗きこむと、その大きな瞳が迷うように揺れる。
「…好きやねん……俺にはもうアーティー、自分だけやねん…。
自分が望むんやったら何でもしたる…。
信じられへん言うなら100回でも1000回でも…100年でも1000年でも好きやて伝え続けたるし、自分以外見るのが気に入らん言うなら、この目を繰り抜いたったってええ。
命よこせ言うならええで?そこのナイフで俺の心臓取り出しても…。
今も親分の心は自分のもんやけど、もし自分が親分の事を信じて求めてくれるんやったら、心も身体も親分自身まるごと一生…親分が死ぬ時か地球が滅びるまで自分のモンや。
自分がどうしても今死にたい言うなら、せめて親分に一緒に来たってって言うて?
そしたら親分一緒に死んだる。
言われへんでもそうするつもりやけど、最愛の子ぉに求められて死ねるならめっちゃ幸せや。
ほんま好きや…世界の全てを捨ててもええほど愛しとるんや…」
「うあぁぁああ~~!!待てっ!!!」
徐々に真っ赤に染まって行きながらそこまで聞いていたが、限界らしい。
動揺しきったイギリスは、両手でスペインの顔を遠ざけた。
「お、お前誰に何言ってるのかわかってんのかっ?!絶対にわかってないだろっ!」
混乱した涙目でフルフルと首を横に振るのが可愛い。
「わかっとるよ?
親分の可愛い可愛いアーティーに親分の愛を信じたって?親分の事求めたって?って言うとる」
スペインがにこやかに応じると、イギリスはこれ以上ないくらい真っ赤になって絶句した。
スペイン的には軽いジャブなのだが、愛され慣れてないこの可愛い島国には刺激が強すぎたらしい。
とりあえずの求愛でこんないっぱいいっぱいになってしまうなら、愛を交わす時の睦言などではどうなってしまうのだろう…。
ああ…可愛えなぁ…もう抱え込みたい…離されへんわ…。
「信じられへんなら、まだ続けたるけど?」
スリっと熱とは別の意味で赤く熱くなった頬を手で撫で上げると、イギリスはどうして良いかわからないと言った風にスペインを見上げた。
そこで
「信じたってな?」
と念を押すように言うと、コクコクうなづく。
「じゃあ…親分は全部まるごとアーティーのモンやし、アーティーも親分のモンやで?
ええな?」
スペインはにこりと微笑むと、そこで初めてイギリスの震える唇にくちづけた。
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