魔王を倒すぞ、もう普憫なんて言わせない!_イギリスの不安とプロイセンの真実

フランスが連れて来た怪しい男いわく、今ヒーラーが狙われているらしい…。

イギリス扮するアリスが誘拐されたと言うのは飽くまでイギリスだと言う事を隠すための嘘で、当然ながら実際に誘拐されたわけではない。
だから、その話は初耳だった。

しかしその話を聞いて、そう言えば…イギリス自身、スペインとフランスと合流する事になったきっかけは、宿屋でいきなり拉致られたからだったな…と、思い出す。


あの時は肝を冷やした。
本気で怖かった。

本当の女と間違われた、でも男だとバレたら殺される…そう思って心底焦ったのだが、もしかして違ったのか?
あれは女だからじゃなく、ヒーラーだから…だったら?

どちらにしろ、あそこでスペイン達に会わなければ自分は殺されていたのか?

そう考えると怖くなった。
だって本当に抵抗なんてほぼ出来なかったのだ。

この世界に来てから本当に驚くほど筋力が落ちていて、実際自分がこの姿だった頃よりはるかに力が出ない。

そして同時にもう一つ、恐ろしい可能性にも気づいてしまった。

プロイセンがイギリスを優遇するただひとつの理由。
イギリスと一緒でなければ魔王の間に入れないという条件も、実はフランスやスペインが居ればクリアされてしまうのではないだろうか…。

……プロイセンに自分は必ずしも必要ではなくなった?

そう思うと、一気に恐ろしくなった。
今の自分は自分の身の安全の一つですら図れない。
なのにこの世界で唯一頼れたはずの相手を頼れなくなる。

そして…認めたくはないが、すっかり慣れてしまった優しさを失ってしまう辛さ。
今まではずっと誰にも頼れずに生きてきて極々当たり前だったそれが、今こうして日々プロイセンと要る事に慣れてしまうとひどく悲しく心細い。

色々がクルクル回って悲しくて恐ろしくて心細くて、イギリスは宿のベッドの上で膝を抱えた。
プロイセンがもう自分にはイギリスが必要ないと言う事に気づいてしまったらどうしよう…。

いや…プロイセンは国策が絡まなければ気の良い奴だ。
積極的に排除はするまい。

単に今までのように“大切なお姫さん”ではなくなるだけだ…
そう…守ってやるべき大切な相手でなくなるだけ……

ズキン…と胸が痛んだ。
別に以前に戻るだけじゃないか…と思うのに、涙が止まらない。

だって嬉しかった。
小さい頃から嫌われ他者から恐れられるか傷つけられ続けてきた自分が、初めて他人の大切な相手になれたのだ。

たとえそれが利害に基づくものであったとしても、その間だけはイギリスはプロイセンの“大切なお姫さん”だったのである。

その筋肉質な腕の中は温かく、その中に居れば外敵を警戒する事なくゆっくり休めるし、石鹸とプロイセン自身のかすかな体臭の混じった匂いに包まれていると、ひどく心が安らいだ。

しかしプロイセンの側にもう必要性がない事に気づいてしまってから気づかぬふりでそれを甘受し続ければ、信頼を失うだろう。
気づかなければもう少しだけ二度と来ない時間を楽しめたのに……

スペインとフランス、それに新しく加わったトリックは旅に必要な物品を村人に交換してもらいに行っていて、プロイセンはアリスの護衛という名目で宿に残って隣の部屋で荷物をまとめている。

そして1人寝室のベッドの上でイギリスはそんな事を考えながら膝を抱えて泣いていた。

泣いたってたいていの悲しい事はどうにもならないと知っている。
だけどいつもそんな現実を知りつつもイギリスの涙腺は本人の意思なんか関係なく脆いのだ。

そうやってしばらく泣いていると、ノックの音と返答を待たずに開くドア。
隠す暇なんてなくて、慌てて駈けよってくる気配。

「おい、どうした?」
と気遣わしげに肩に置かれる少しゴツゴツと固い…しかし大きな温かい手に顔をあげれば、当たり前に
「なあ、どうしたんだよ?
どこか痛いか?
それとも何かあったのか?」
と、心配そうにかけられる気づかいの言葉。

それを失くすために事情を説明するのも辛くて黙っていると、こちらに来てからいつもそうだったように、その温かい腕の中に抱きかかえられる。

心地よさに溺れそうになってイギリスは慌てて
「…必要ない時に…優しくなんて……するなよ」
と、その腕から逃れようともがくが、イギリスが本当に嫌な時にはあっさりと放してくれるその手は、本当は放されたくないというイギリスの浅ましい甘えを読みとっているのか、その拘束が緩む事はない。

もう脳内は色々がグルグルしていて、いつもはクリアな思考はまったく鈍って働いてくれない。

「…自分で…自分の身守れねえなんてことになったの…初めてだ…。
俺…今お前が俺の事見捨てようと思ったら…殺されそうになっても何もできない…」
と、不快感しか与えないであろう甘えに満ちた自分の事情だけを口にしてしまって、イギリスは即後悔するが、返って来たのはこの世界に来た時にした約束の言葉…

「見捨てねえよ…。言っただろ?俺様が全部フォローして守るって」

ああ…わかってないんだな…と思う。
プロイセンは気づいていないのだ。
プロイセンにはもう自分は必要ない。

いつ気づかれるのか…そんな不安を抱え続けている事に耐えられなくて、終わらせてしまいたくて告げた

「…俺がいなくても…スペインかフランスの条件が整えば魔王の間には入れる…」
という言葉。

それに息を飲むプロイセン。

ああ、終わった…と苦しくて悲しくて頭がガンガン痛むのに何故かホッとした気分で息を吐き出すが、返ってきたのは予想外の言葉だった。

――俺様がお前を守るのは魔王の間に入るための条件だからじゃねえ!俺様がお前を守りたいからだ。

都合の良い幻聴だ…と思った。
だってそのあとプロイセンは言ったのだ。
イギリスの事が好きだから守るのだ…と。

好き?好きってなんだ?
驚きすぎて頭は真っ白だ。
言葉も出ずにパクパクと口を開閉しているイギリスに、プロイセンはさらに言ったのだ。

驚かせてごめんな?
ただ好きだから守らせて欲しい。
と。

この腕を失くさないで良いのか…と思ったらホッとしすぎて力が抜けた。
そうしたらそこでやっと少し緩まる腕の力。

――少し水分とっておけよ?
と渡されるお茶のカップを受け取ってそれを機械的に飲み干すと、急に眠気が襲ってきたのでそのまま少し寝てしまう事にした。

そしてその夜…イギリスは熱を出すことになる。
色々張り詰めていた緊張が一気に融けてしまったのか、知恵熱なのか…

それでも…プロイセン自身が言ったのだから…と、側で守らせても良いと言ったのだから…と、熱で心細くなっていたのもあって、その服の裾を掴んだまま遠くに行かないで…と泣いたら、その夜はイギリスの方のベッドで添い寝してくれた。
熱で身体の節々が痛んだが、すごく幸せな気分だった。

迷惑かけてごめん…と言えば、ん~俺様はこうやってお姫さんに何かしてやれるのがすげえ嬉しいぜ?と言う言葉と共に、ちゅっと額に振ってくる口づけ。

…好きだ…本当に好きだから。
俺様がお姫さんに色々してやりたくてしてるだけだからな?
お姫さんは何も気にしなくていいんだ。
しんどい時、辛い時、悲しい事、なんでも言ってくれよ?
という言葉が心地よくて、温かな腕の中で安心して眠りにつく。

そしてその後…大丈夫だと言っても1週間そのまま療養させられてまた魔王の城に向かう道々、これまでの騎士精神に病院魂も加わったらしいギルベルトに、イギリスはそれこそおはようからお休みまで鉄壁のガードとフォローをされる事になるのだった。

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