アーサーさんが頭を打ちました-中編_4

スペイン親分の暴走


「さ、寝間着も汚れてもうたことやし、着替えついでに風呂はいろか~」

現実の記憶の夢からイギリスの関心を遠ざけようと、スペインはことさら明るくそう言い放った。

ヒョイッとイギリスを抱き上げると、

「ちょ、歩けるからっ!」
とイギリスは慌てるが、

「血いっぱい吐いてもうたから、貧血起こして倒れたらアカンからな。
今日は大人しくしとき。暴れんといて」
と、そのまま歩き始める。

バスルームにつくと、自分がまずちゃっちゃと服を脱ぐ。

「え?お前も入るのか?」

と、そこで目を丸くするイギリスに

「当たり前やん。風呂で倒れたらどないするん?倒れた拍子にまた頭でも打ったらえらいことやで?」

と当然の事のように応じると、イギリスも納得したようだ。

もちろん…イギリスが血を吐く前から風呂の準備はしてあって、スペインが当たり前に一緒に入って世話をするつもりだったことなど、イギリスは知る由もない。

ただただ申し訳なさそうに

「何から何まで手間をかけてすまない…」

と、細い肩を落としてうつむくのに、スペインは思い切り幸せそうな笑顔を浮かべて

「何言うとるん?可愛えアーティーの世話できるなんて、全然手間やないで?」

と応じながら当たり前に寝巻きを脱がせていった。

浴槽でまず髪を丁寧に洗っていく。
こんな事もロマーノが子どもの頃以来で楽しい。

「ほい、湯かけるで~。目ぇつぶり~」
と声をかけながら、それでも一応片手でイギリスの目元を覆ってお湯で洗い流していく。

手慣れたその動作に
「トーニョはこんなことまで上手いんだな…」
と、素直に感心してくるイギリスに、気分は急上昇だ。

楽しい。嬉しい。幸せだ。

ロマーノには思春期の頃から、もう子どもじゃないんだからと、こんな風に世話を焼かせてもらえなくなっていたから、なおさらだ。

風呂を上がったあと、ドライヤーで髪を乾かしていると、気持ちよさそうに目を閉じて大人しくしている様子が、なんだか子猫のようで本当に可愛らしい。

あまつさえ
「なんか…人にこうやって色々してもらうのって、すごく気持ちいいな…」
と、小さな声でつぶやかれた日には、もうメロメロだ。

「これからはいつも親分がこうやって髪乾かしたるからな~。
アーティーの髪は硬そうに見えんのに、実際こうして弄ってみると本当にふわっふわに柔らこうて、めっちゃ手触りええから、気持ちええわ~」

と、顔を綻ばせる。

水分補給させている間に手早くシーツを替え、しかし食事を作っている間はそのまま温かい格好をさせて居間のソファベッドに寝かせておくことにした。

さきほどのように悪い夢を見るようなら即起こしてやれるようにだ。

むしろ夢の中にまで乗り込んでいって仮想敵-変態ヒゲ男-を自慢のハルバードで成敗してやりたいくらいだ…。

と、そんな事を考えていたのが悪かったのだろうか…いきなりスペインの携帯が鳴り、発信先の名前を見てみると、フランスになっている。

もう放置してやろうか…と思うものの、即切ってもまたかけてくるだろうし、しつこい着信音で、温かい日差しが差し込む居間のソファで気持ち良さげに眠っているイギリスを起こしたくはない。

スペインは舌打ちをすると、せっかく気分良く作っていた料理の火を止めて、

「あ゛~?くだらない用やったら潰すで?!」
と、不機嫌な声で電話の向こうの相手を威嚇する。

『え?!なにっ?!いきなりなんなの、この子。ヤダ、怖いっ!』
いつもの調子のフランスにイラッと来た。

まあ何も知らないフランスがいつもの調子なのは当たり前なのだが、当然ながらスペインの脳内にはそんな理屈は浮かばない。

親分の可愛い可愛いお宝ちゃんを傷つけておいて、何当たり前に生きとるんや、このドアホっ!という事しか頭にない。

「じゃ、切るな。今度会った時は潰すから覚悟しといてな。」
と、切ろうとすると、電話の向こうでは慌てた気配。

『ちょ、待ってっ!ホントに待ってっ!!用はあるの、用はっ!!』

「じゃ、さっさとしいやっ!親分忙しいねんっ!!」

『えとね、スペイン、お前もしかして坊ちゃん今どこにいるか知らない?
この前の世界会議の後行方不明でさ、携帯も通じないし。』

「なんで?」

スペインはそれにイラっと応じた。そのイライラ感は語調で伝わったらしく、フランスは苦笑した。

『お前、ホント坊ちゃんの事になると機嫌悪くなるねぇ…国策取っ払ったら童顔だし不器用なお子様だし、決してお前が嫌いなタイプじゃないと思うんだけど…』

(そんなんもうわかっとるわっ!)
と、これは心の中でだけ言うスペイン。嫌いどころか最愛のお宝だ。

『アメリカがさ、会議後坊ちゃんとお前が仕事の話あるって二人でいたっていうからさ、何か知ってるかと思ったんだけど…』

「知ってたらなんや自分に関係あるん?」

イライラがマックスだ。

何故こいつが自分のイギリスの行方を探しているんだ…と、もう子育て中の野生動物さながらの神経質さで、毛を逆立てる。

「見つけて?それで何するつもりなん?」

『え?ちょっと待ったっ!お前知ってるの?!』

「知らんわっ!!もう切るでっ!」

と、相手に返事をする間を与えず電話を切って、ついでに電源も切っておく。
ああ、はじめからこうするべきだったのだ。


そして…頭に血が登っているスペインは思いもしない。

あんな切り方をすれば、あちらはあちらでなんのかんの言ってイギリスを可愛がっている心配性で過保護なフランスが、直接乗り込んでくるであろうという、当たり前の事を…。



Before <<<       >>> Next


0 件のコメント :

コメントを投稿