魔王を倒すぞ、もう普憫なんて言わせない!_白い箱庭

何もない空間。
白い床以外何も見えない…そう思っていたら、急に後ろに気配を感じる。
それに驚いて振り向きかけた時、いきなり声が聞こえた。

「…プロイセン…だよな?…いったいこれは…どうしたんだ?」
と、言う言葉はどこか心細げだが、相手を確かに知っているプロイセンはホッと息をつく。

「おう、イギリスか。これ…夢じゃねえんだよな?」
と、声をかけた相手はさきほどまで一緒に会議室にいた仲間。

ぴょんぴょんと跳ねたくすんだ金髪に大きな新緑色の瞳。

少しクラシカルなスタイルのスーツに身を包んだその姿は、間違いようもない、イギリス、”グレートブリテン及び北アイルランド連合王国”の代表、イングランドの国体だ。


ファンタジーと魔法の国として知られる不思議国家のイギリスだが、今回はまったく覚えがないらしい。

ついさっきの会議で結果的にイギリスをかばった事になったためか、そこにプロイセンが居る事に心底ホッとした顔で駆け寄ってくる。

童顔なので、そんな態度を取るとかなり愛らしい…というか、プロイセンの中の兄気質がひどく刺激された。

「会議中に光に包まれて、気づいたらここにいた…としか俺様もわかんねえんだけどな、1人より2人の方が何かあった時に対処できんだろ。
一緒にいようぜ?」

と差し出した手を、イギリスはコクコクと頷きながら素直に握る。


たぶん…なまじ自信があった超自然現象系の出来事なのに全く現状がわからないというのが、元々まったくわからないプロイセンよりも不安なのだろう。

まるで親からはぐれた小動物の子どものようで、なんだか慰めてやりたくなった。


「ちょっとぎゅ~っとして良いか?
なんつーか…俺様すげえリアリストなんでこの状況落ちつかなくて、さすがに少し誰かがいるって状況を実感してえ」

容姿に迫力がないのがコンプレックスな上に、弱みを見せたら食われるという油断のならない欧州で生き残って来た国としての警戒心もあって、抱きしめてやりたいなどと言ったら絶対に拒否られる。

でも自分の方が弱っていてそうしたいと言われれば、実は情が深いところのあるイギリスは拒まない。

それを知っていての発言に、イギリスは、
「仕方ねえなぁ」
と笑いながら腕の中におさまってくれた。

ぎゅうっと抱きしめるとホッと力の抜ける細い身体。
1000年超えの老大国というより、あどけない少年のようだ。

とりあえずイギリスを自分の腕の中に収納する事には成功して、プロイセンは注意深くあたりを警戒する。

自分は所詮亡国だ。
何かあっても別に影響はないが、イギリスは違う。

こうして抱え込める位置にいる事になったのが偶然なのか必然だったのかはわからないが、とにかく自分の身に代えてもイギリスだけはこのおかしな空間から無事帰してやらねばならない。

そんな事を思いながらそうしていると、いきなりそんな悲壮な決意を吹き飛ばすような、深刻な空気に不似合いなトーンで
「じゃじゃ~ん!じいちゃんだぞ~」
と、降ってきた男がいる。

画像提供:白夜さん


「は…ぁ?ローマ帝国?」
プロイセンの腕の中で振り返ったイギリスは、見覚えのあるその初老の男に目をぱちくりさせるが、プロイセンはそんなイギリスを背に庇って立ちはだかった。

「お前…誰だ……。
ローマ帝国は死んだはず…だろ」
と、警戒心もあらわに問えば、プロイセンのそんな敵対心もあらわな声も気にした様子もなく、ローマ帝国はうんうんと頷いた。

「そうそう。じいちゃん死んで今天国にいるんだけどな?
ちょっと神様のメッセンジャーなんて事を引き受けちまってな。」
という男。

「神様の…メッセンジャー?俺に?プロイセンに?」
と、そこで特に警戒をした様子もなくプロイセンの背からちょこっと顔を出して聞くイギリス。
と、同時にプロイセンの背に
霊体であるのは確かだ。物理は効かねえ
と指で書いてくる。

なるほど、全く受け入れたわけではなく、しかし警戒心を丸出しにするのは下策だ…と言う事か。
そのあたりの判断は、可愛らしい容姿をしていても、さすがに欧州古参のしたたかさだ。

そんな2人のやりとりに気づいてか気付かないでか、どちらにしても構う事なく、ローマ帝国はイギリスの問いに
「両方に…ていうか、会議に参加してた全部の国体にだ。」
と、シンプルに答えた。


もうそうなると、話を聞かなければ何も進まなさそうである。
仕方なしに2人して話を聞くことにしたのだが、そこからの話は聞くも恐ろしい語るも恐ろしいものだった。

「お前らさ、いっつも争ってばっかじゃん?
神様も呆れちまってな。
ちょっと世界を水に流そうか、なんて言い始めたのよ。」

水?水ってまさか……?
うおぉぉぉ~~!!!ノアの箱舟って事かっ?!!!!

そんなもんをそんな軽く言うなぁぁ~~!!!

と、さすがにそれはプロイセン、イギリス揃って青くなった。


「でもな、俺もこっちの世界には可愛い孫いるし?
まあついでに育てた奴らも多いしな。
じいちゃん、ちょっと神様に待ったをかけて引き出した妥協案が、国の面々が神様が作った箱庭の中で神様が設定した魔王を倒す事ってやつでな。」

「魔王を倒すって…武器くらいはもらえるんだろうな?」

と、もうこれはどうやっても乗るしかないのであろう提案に、腕組みをしつつ聞いていたプロイセンが聞くと、ローマは

「もうちょっとじいちゃんの言う事黙って聞いとけ。」
と、少し眉を寄せて続ける。


「まずな、お前らはそれぞれバラバラな街から出発して、魔王の城を目指すわけなんだけどな、魔王の部屋のドアをくぐるのに、それぞれ条件がある。
で、お前ら二人の条件は、お互い手をつないでドアをくぐる事だ。」

はぁ…とお互い顔を見あわせるプロイセンとイギリス。
そして先に口を開いたのは、プロイセンの方だ。

「そのドアってのは特に鍵とかもなく、2人で手を繋いでいれば普通に問題なく開くものなのか?」

「もちろん。2人が手を繋いでいる事ってのが、まあ鍵と言えば鍵みてえなもんだ。
ただし2人が手を繋いでる状態じゃねえと、物理的に壊すのも無理なら、万が一壊れたとしてもくぐった瞬間街に強制送還だぞ。」
と、ローマが言うのに、プロイセンは考え込んだ。

つまり…イギリスを無事にそこまで連れて行くのはもちろんだが、魔王の前に出るまでは自分自身も必要なので再起不能にならないように気をつけなければならないと言う事か…

プロイセンの後ろではコツンとプロイセンの肩に額を預けながら、イギリスも何か考え込んでいるらしい。

そんな2人に構わず、ローマ帝国はにこやかに話を続けた。

「まあでも魔王を倒せたら、世界の水没が防げるだけじゃなくて、ご褒美も出るぞ。
トドメを刺した1名様の願いを神様が叶えてくれるそうだ。」

「ほう?」

「…ってことでな、これからてめえらはジョブと獲物を選ぶことになる。
まあ一応魔王を倒すって目的があるわけだからな、農家や銀行家ってわけにもいかねえだろ?
戦士だの魔法使いだの好きなモン選べや。」

そこまで言うと、さあ、選べ、とばかりにローマは黙って手を広げた。


するとイギリスが
「質問だ」
と、手をあげた。

「ん~、なんだ?」
「容姿を変えられたりはするのか?」

ああ、それはこの条件を考えれば重要だ…と、プロイセンも思う。

なにしろ何でも願いがかなうとなれば、国対抗の魔王争奪戦だ。
確実に他の国の邪魔が入るだろう。

「あ~…容姿は基本的には自分の姿だが、希望があれば15世紀くらいまでは遡らせられるぞ。服や髪形も変えられる。けど、性別変えたり全く違う容姿にとかはダメだ。」

そう答えるローマ帝国から、プロイセンはイギリスの腕を無言で掴んで少し距離を置き、小声で話し始めた。



「…現実的な話をするぞ」

黙って聞けと言われて頭が冷えて、説明の間もプロイセンは脳内で計算を繰り返していた。

そして出た結論。

「とりあえず、どちらが報酬を得るかはいったんおいておいて共同戦線をはるぞ」

他がどういう条件を出されているのかはわからないが、誰かと一緒に…という条件が自分達だけなのだとしたら、それは有利にも不利にも進められる条件になる。

それはイギリスも感じているらしく、依存はないと頷いた。

「今日の世界会議で、アメリカが自国にだけ有利な案をだしてただろ。
ああいう事望む奴が勝つと他の国が終わるから、とにかく俺らが勝たないとだ」

プロイセンが言うのに、イギリスはやっぱり頷いて

「ああ、だから俺達の間では一つだけ協定を結ぼう。
どちらが魔王にトドメをさしても恨みっこなしで、お互い願うのは個人に関する事のみ。
国や世界に影響するような事は頼まないこと

という言葉がその口から出てくるのに、プロイセンはホッとする。

こういう時に基本的な方向性が似ている相手は楽だ。

「自分的にはこうするのが世界のためだと思っても、必ずしも絶対にそれが有利に働くとは限らないしな。
ましてや相手は曲がりなりにも世界を水没させようなんて思っている輩だ。
わざと変に曲解した取り方をして、おかしな叶え方をしないとも限らない。
個人レベルならまだいいが、それで世界を巻き込むのはリスクが大きすぎる」

と、続いて出て来た言葉は、もうわかりすぎて拍手喝采。
国政になると下手に情で動かず最大限のリスク管理に努める相手で良かったとしみじみ思う。


「ま、そういう事だな。
で?イギリス、お前ジョブはどうする?」

これは絶対に勝たなければならない勝負だ。
ジョブも慎重に選ばなければならない。

「実は…提案なんだが…」
と、プロイセンはさきほどからずっと脳内で思ってきた事を口にした。

「限定一名の魔王争奪戦なわけだから、俺らが二人一緒にいると怪しまれて条件がバレる可能性あるだろ?
そこを突かれると、二人で協力体制取れるって利点がいっきに二人どちらかが脱落したら終わるっていう弱点に変わっちまう。
だから…プロイセンとイギリスの2国が組んでいると気づかれないように、どっちか若返らないか?」

「…若返ったくらいじゃ気づかれないか?」
と言うイギリスの言葉は想定の範囲内。

問題は…これからだ。

「ああ、だからどうしてもばれたくないなら、若返って女装くらいした方いいんじゃないかと思うんだが…」

というプロイセンにイギリスは目をぱちくり。
そしてはぁ~っと大きくため息をついた。

「わかった。それを俺にやれって言うんだな?」
と、意外な事にイギリスは言外の要望を察した上で受け入れてくれるつもりらしい。

「へ?良いのか?」
と、あまりにあっさり了承されて驚いてプロイセンが尋ねると、

「お前の方が年下だからな。若い頃を覚えてる奴も多いだろうし……そのつもりで言ったんだろ?」
と、ぷくりと少し拗ねたように頬を膨らませながらもそう言う。

正直可愛い。
眼福だ。

でもそんなことを言ったらさすがにどつかれるだろうから、そこは素直に

「悪いっ!その代わり絶対に大切にお守りするからっ!
ドイツ騎士団とフリッツの親父の名に置いて誓うっ!」
と、ガバっと頭をさげておいた。

本当は…年の差がなくてもそうしたかった。

イギリスに動きにくい女装をさせてヒーラーとして一歩後ろにいてもらえば、怪我をさせずに済む

この世界で負った怪我がどのくらい現実に影響するかはわからないが、やっぱりイギリスに怪我をさせるくらいなら、亡国で何かあっても支障がない自分がするべきだとプロイセンは思っていた。

だから心底ホッとして、プロイセンは安心してローマ帝国との交渉に気持ちを切り替える。

「てわけで、イギリスを15世紀くらいに戻してくれ。
ジョブはヒーラー。服はドレスな」
と、ローマに依頼するプロイセン。

それに対して
「おう。まかせろっ!」
と、楽しげにそれを了承するローマ。

本物なのかどうなのか今ひとつ謎だが、性格は一緒らしい。
そのあたりどう見ても面白がっている。

こうしてぼわんと煙に包まれるイギリス。

けほけほと煙にむせつつ手で白いものを払うと、その姿はまさに15世紀。
外見年齢にしたら13,4歳くらいだろうか…。

あの美に煩いフランスが今でも『顔だけは可愛いのに』と言うくらい今でも童顔で可愛らしい容姿なのだ。
少年期に戻るとまるで本当に少女のようである。

いや、真っ白なドレスに身を包んでいるその姿は、立派すぎる眉をみなければ少女そのものだ。

というか、ローマ帝国も本当にローマ帝国そのもので、

「どうせなら、その眉、ここにいる間だけでも細くして…ついでに髪も伸ばそうぜっ!
特別サービスで、髪質だけは少しかえてサラサラのロングヘアにしてやるよっ」
と、ノリノリで言いだしている。

そして手を軽くあげて、再度イギリスを煙に包みこんだ。

再度煙に包まれるイギリス。

そうして煙の中から現れたのは、綺麗な三日月型の眉にロングヘアの、もうどこから見てもRPGのヒロインそのままの美少女だ。


(…やべえ……滾る……)

いや、別に楽しんではいない、楽しんでる場合じゃねえしな?…と心の中で自分に言い聞かせるものの、こうなってくると心の奥底から湧き出てくるのは、騎士団魂。

まあ確かに目的は達している。
絶対に達しているからよしとしよう。

ふわふわのフリルの真っ白なドレスに包まれた身体はまだかなり華奢で中性的な頃だし、髪はさらさらのロングヘア。

イギリスのトレードマークとも言える太い眉もなくなったと言う事もあり、下手をすればフランスでも騙せるのではないだろうか…。


「ここまでやったんだっ!絶対にバラさず、クソヒゲもメタボもペドも騙して騙して騙しまくって、出来れば貢がせて、魔王に一番乗りするぞ!
と、やけくそのように拳を握りしめなければ…だが…。

そこは指摘しておこうと、プロイセンは自分は騎士を選択し、握り締めたイギリスの拳をそっとほどかせた。

「俺達は運命共同体だ。
2人協力体制取ってるとバレたら真っ先に潰すターゲットになりかねねえ。
だからイギリスは物理を忘れろ。拳も足も使うな。
たとえ俺様が殺されそうになっていたとしても、絶対に物理に訴えんなよ
俺様は死なねえ。絶対に死なねえから、信じて耐えろ。
その代わり俺様も“か弱い姫”が後ろにいるつもりで、死ぬ気で守るから」

――俺を絶対に信じろ

と、膝まづいて普段よりもさらに小さく華奢になったイギリスの白い手を取ると額に押し戴く。

「お前はアリス。ジョブはプリースト。
そうだな…自室にいる時にいきなり誘拐された深窓の令嬢って事で。
俺様がたまたま返り討ちにした追い剥ぎが誘拐犯だったって感じで行くぞ。
街娘とかだと世情に詳しくねえとだしな。
化けるならほぼ城から出た事がない令嬢くらいが良い。
王家を側で見て来たんだし、お姫さんてのはどうふるまえば良いかはわかるだろ?」

と、膝まづいたまま見あげれば、やはりこの女装で女の演技は恥ずかしいのか、少し赤くなって、大きな目を潤ませながら、それでも

「まあな。紳士と淑女の国の本気の前に全ての国をひれ伏せさせてやるよ」
と、頷いた。


こうして色々方向性も決まったところで、
「イギリス、お前にばっか無理させてごめんな?
その代わり物理的には俺様が全部動くから」
と、プロイセンは最後にちゅっと白い指先に口づけて立ち上がる。

「んじゃ、最初の街に送るからな~」
と、ローマ帝国が手を振ると、2人を包み込む白い光。

その眩しさに目を閉じた2人が再び目を開けた時には、2人はRPGの初期によくあるような、小さくも大きくもない街に立っていた。



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