目が覚めた時、額に温かい寝息を感じてイギリスは自分を包み込むように抱き込んで寝ている男の顔を見上げた。
ローマよりは若干線が細く端正だが、同じ色合いを持った顔。
自分を慈しんでくれるオーラを感じる。
しかしローマと違うのは…それが自分がイギリスだとわかったら消えてしまう仮初のものだということで……
幸せだ…と思ったのは嘘だ。
正確には――幸せ“だった”――というのが正しいのだろう。
もう二度と戻れない温かさを知ってしまったら、知らない頃よりもひどく寒い。
優しい想い出を…などと思った過去の自分の愚かさをイギリスは笑った。
優しい想い出は通り過ぎた瞬間に己の胸に突き刺さり、血を流させ続ける鋭利な短剣へと変わる。
『アリアが何者でも構わないなら好きにすればいい…』
それはロマーノに向けられた言葉ではなく、きっと自分に向けられた最後の選択だったのだ。
人間のように愛を与えてはいけない。人間のように愛を知ってはいけない。
愛を知らぬまま海の底へ戻って行けば、きっと自分はどこか物足りない気持ちを抱えながらも生きていけたのだろう。
でも愛を知ってしまった人魚姫は、もう王子の愛を得られないのなら海の泡と消えていくしかない。
――さようなら…ローマの子孫…そして…最初で最後の…たった一晩の俺の恋人……
スルリとその腕を抜けだすと、イギリスは男の唇にソッと口付けた。
夢の時間はもう終わり。お前の恋人はもう永遠に消え…秘密は永遠に守られる……。
今戻って黙って消えれば知られずに済む…。
――ロマーノの心の中で永遠に愛された存在でいたい…。
そう願った。
それは真実にして唯一の望みだったから…その瞬間にアリアは消えた。
残った男のイギリスがこの場にいては意味がない…。
周りは海…。
国でも溺死するんだろうか?
ふとそんな考えが脳裏をよぎる。
ああ…でもそれもいいな…と、イギリスは思った。
地上で歩くたび血が滲み出るような痛みを感じるなら、海の泡になれたほうがどれだけ幸せだろう……。
ロマーノが着せてくれたのだろう、男に戻っても何故か若干大きめのロマーノのパジャマを着たまま、イギリスはフラフラと船の甲板に向かった。
空を見あげれば綺麗な満月。
泡になってあそこまで登っていければ幸せだな…。
手すりを乗り越え、深い海へと落ちていく。
今度こそイギリスは幸せだった。
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