ああ…あれは人魚姫…。
金色の髪に深緑の瞳。
何故か胸はないのだが、愛しい自分の恋人…いや…あれはイギリス様の方だ。
海の底はひどく陰鬱で、人魚姫を傷つける。
それでも痛いとも苦しいとも言わず、ただジッと海の上に顔だけだして月を見つめる人魚姫。
つらいなら…苦しいなら、ここに来い!
ただ悲しくて愛しくて…助けに行けない自分がつらくて必死に手を伸ばす。
しかし消え入りそうな人魚姫の唇は
――さようなら……
と声にはならない言葉を紡いでいた気がする。
行くな…行くなっ!!!
ここで捕まえなければもう二度と会えない…と、必死に伸ばす手はむなしく空を切り、人魚姫は悲しそうに笑って暗く深い海の底へと沈んでいった…
「うわぁあああ!!!」
ロマーノは自分の悲鳴で目を覚ました。
体中に嫌な汗が伝う。
「なんだ…夢かよ…」
と、舌打ちをして、次の瞬間ハッとする。
アリアが…いないっ!!!
「アリアっ!!どこだっ!!!!」
確かに抱きしめて寝たぬくもりがないことに気づいた瞬間、ロマーノはベッドを飛び降りて、まずバスルームを覗く。
そこにいないのを確認すると、今度は部屋を飛び出してアリアの寝室へ。
そこにもいない。
その瞬間…さきほどの夢を思い出して嫌な考えが脳裏をよぎった。
まさか、まさか、まさかっ!!!!
泳げないと言ってた…だから…俺の勘違いであってくれっ!!!
突き破りそうな勢いで甲板へのドアを開いた瞬間…静かな海に何かが落ちるような水音がした。
「アリアーーっっ!!!!」
慌ててそちらの方に駆け寄って手すりから乗り出してみると、自分が彼女に着せたはずのパジャマが沈んでいくのが海面の向こうに見える。
「まてぇーー!!!!!」
――バッシャ~~ン!!!!
ロマーノはためらわずその後を追いかけた。
暗い海の中はなんだか夢の中でみた海に似ている。
あの時は伸ばす手が届かなかったが、今は追える。追いつくんだっ!!
明るいグリーンが波間に揺れているのが目に止まる。
ロマーノはそれを目指して一直線に泳いでいった。
波間に漂う人魚姫。
柔らかい身体も長い髪ももうないが、それは紛れもなく自分の大事な恋人だ…と、ロマーノには何故かわかった。
必死に手足を動かしてなんとか男に戻ってもなお細い腕を捕まえて、ホッとする。
そして、ロマーノはそのまま海面へ向かって泳ぎ始めた。
なんとかイギリスを肩に担いで停船中は卸している縄梯子から船の甲板へ。
落ちてすぐ気を失ったのが良かったのだろうか…幸いイギリスの息があることを確認すると、ロマーノは船室へ運ぼうと当たり前に横抱きにして気づく。
こいつ…意外に軽いじゃねえか…と。
少なくとも自分よりははるかに軽いな…と思いつつとりあえず自分の部屋へ運び込んで濡れた衣服を取り去ると、白い身体のあちこちに自分がつけた紅い跡をみつけて、こんな時なのに身体が熱を持つ。
いやいや…今そんな場合じゃねえし…と、なるべく見ないように着替えさせていくが、ふと触れた肌の吸い付くような感触に、またさきほどの性交を思い出して襲わないようロマーノは必死に素数を数えた。
こうしてなんとかかんとか着替えさせ終わると、自分も着替え、ベッドに横たわるイギリスを見下ろしてみる。
「うん…こうすっと変わんねえよな…」
と、指で太い眉毛を隠してみると、あまりに同じ顔なのに笑えてきた。
「どっちがホントなんだよ。おい。」
返事がないのを承知で言ってみる。
あどけない寝顔。
この前まであんなに怖かったのが不思議なくらい、今は愛おしい。
「ようは…料理させなきゃいいんだろ、料理させなきゃ。」
と、最終的にそう結論づけて、それは女の時とあまり変わらないピンク色の唇に唇を押し当てたところで、パチリと長い金色のまつげが揺れてまぶたの下から大きなペリドットの瞳が覗いた。
「おまえ…馬鹿かっ?!泳げねえんだから、一人で甲板行くなよっ!!」
おそらくさきほどまでは混乱のあまり麻痺していて、ホッとした瞬間何かがきれたのだろう。
そんな言葉と共にロマーノの目からポロリと涙が溢れる。
こんな愛おしい存在を危うく永遠に失ってしまうところだったと思うと、ゾッとした。
「ロマ…お前…何言って……俺を誰だと……」
戸惑いつつも視線を揺らすイギリスに
「女性名アリアで…今はアーサーか。
ごまかされると思うなよっ?!恋人様をナメんなこのやろー!」
と、グイッと顔を近づける。
「な…なんで…だって……」
可哀想なくらい動揺するイギリスの様子は、まんま先ほどの抱いてくれと言ってきた時のアリアで…愛おしさと安堵で胸がいっぱいになる。
「いいか、よく聞けっ。俺はお前に本気で惚れてんだって言ってんだろっ!
その相手をようやく初めて抱いて感動の夜に自殺未遂起こされて、俺がどんな気持ちだったかわかるかっ?!」
「…だって……お前…俺の事怖がってるくせに……」
というイギリスの大きな目からポロポロ涙がこぼれ出るのを指先でぬぐってやる。
「ああ、こええよ。お前の料理な。あれは愛があっても無理だ。食えねえ。
だから料理は禁止だ。
でもお前が楽しそうに掃除したり洗濯したり歌ったりしてんの見てんのは好きだ。
だからまたやりに来いよ。俺もとびきりの料理作ってやるから。
つか、お前の兄貴が勝手にしろつって仕事も兄貴が代われるんなら、いっそのこと一緒に住むか?
お前のおかげでこええこともう一つできちまったから…」
「…怖い…こと…?」
チュッと鼻先にキスを落とすロマーノをおずおずと見上げるイギリスに、ロマーノは真剣な表情をして言う。
「お前をなくすこと…。
ほんとに…あの時目ぇ覚まさなくて間に合わなかったらって思うとゾッとする。
もう二度とこんな真似すんな。」
「………」
「返事は?」
「……俺…もう女には戻れねえぞ?」
「…だからなんだよ?」
「…女…だったから…だろ?」
「おまえな~~~!!!!」
ロマーノは叫んでイギリスの手をグイっと掴んで自分の股間に押し付けた。
「おかげさまでさっきからお前の着替えさせてて、ずっとムラムラきてんだよ、こっちはっ!!襲うぞ、このやろうっ!!!」
そこは確かに臨戦態勢になっていて、イギリスは真っ赤になって絶句する。
「…で…でも……」
何か言わなければ…と、開きかけた口を噛み付くようなキスで塞がれた。
「信じねえお前が悪いっ!!待ってなんかやんねえっ!!」
口調は荒いが、そう言いつつ愛撫を始める手つきは優しい。
しかし…本当にこの女好きで知られる国が男相手で大丈夫なんだろうか……と、それでも信じきれずにおそるおそる見上げると、その視線に気づいたロマーノは別の意味にとったらしく
「…男の身体だとどうしても怖いか?…なら待つけど…」
と、少し眉を寄せて、頬をそっと撫でる。
ロマーノがいいなら…とイギリスが首を横に振ると、ロマーノは
「ならそんな不安そうな顔すんな。大丈夫。優しくしてやっから。」
と、フッと優しい笑みを浮かべた。
こうしてイギリスはその日は一晩に男女両方でラテン男の本気に喘がされ、とろかされ、翌日は本当に立てなくなった。
そして結局二人は半月たっぷりバカンスを楽しみつつ愛を深め、その後にあった世界会議で世界の国々は意外な組み合わせの馬鹿っぷるに悲鳴を上げることになるのである。
Before <<<
0 件のコメント :
コメントを投稿