食後、体調の悪いらしいアリアを半ば無理やり寝室へ戻して、夕食の後片付けを終えると、ロマーノも自室に戻ってシャワーを浴びながらボ~っと考えた。
本当は灯台下暗しということで、とっくに国外に逃げただろうとアメリカが国外のあちこちを探し回っている間半月ほど海上でゆったりと二人きりのバカンスを楽しみ、その後ほとぼりの冷めた頃、こっそり国外へと逃げ出すつもりだった。
が、アリアが体調を崩しているなら仕方ない。
確かにあの日スコットランドに何かで追われて逃げてきてから今日まで色々ありすぎた。
あんなに小さく細い身体では体調を崩しても当たり前かもしれない。
そもそも…あのイギリス様ですら怯えるほど恐ろしいらしいスコットランドだ。
そんなのに追われるだけで、十分体調を崩してもおかしくないだろう。
というか…やっぱりどこか似ている。
アリアが何者でも…と意味ありげに言ったスコットランドの言葉…。
ロマーノなりに考えてみたのだが、他人にしては似すぎているし、もしかしたらイギリス様とアリアは双子の兄妹とかなのかもしれない。
だから自分があれほど恐れていた人物とソックリな双子の妹と言うことを意識させれば諦めるとでも思ったのだろうか…。
そうだとしたら無駄だったな…とロマーノは思う。
イギリス様と似ている…と思っても、アリアに対して全く恐怖心も拒否感も湧いてこない。
それどころか逆に、今度イギリス様に出会ったらついついアリアにする調子で抱きしめて愛の言葉の一つも囁いてしまうんじゃないだろうか…などと恐ろしい事すら思ってしまう自分がいた。
あの恐ろしい手料理がなければイギリス様でも全然いけるんじゃないだろうか…と、ふと思って、いや、俺が好きなのはアリアの方だ…と、ロマーノは誰がいるでもないのに慌てて首を横に振る。
そのくらい似ているのだ、あの二人は。
そんな事をつらつらと考えながら、キュっとシャワーを止め、バスローブを羽織ってタオルでクシャクシャと乱暴に髪を拭きながらシャワー室を出た瞬間、ロマーノは硬直した。
「あ、あの………」
そこには大きな枕をしっかり抱きしめながら立つ想い人の姿。
何か言おうとして真っ赤になってうつむいて口ごもってしまうその様子に、ロマーノの男としての何かがこみ上げてくるが、今はそんな場合ではないだろう。
相手は病人だ。
「ど…どうした?わりい、シャワー浴びてたからこんな格好で」
と、ロマーノが近づくと、アリアはうつむいたまま、ビクっと身をすくめた。
そんないかにも初心なところが可愛い。
ロマーノも一応あんな場所で育っていれば、商売女の一人や二人くらい抱いた経験はあるので、普通こんな時間に女が男の寝室にくればどういうことかはなんとなく想像がつく気がするが、アリアに限ってありえない…と、即否定する。
こんなお育ちの良さげな…当然男なんて知らないであろうお嬢さんは、そんな行動の意味するところなど知らずに純粋に何か用事があってきているのだろう。
怯えさせてはいけない…と、ロマーノはこみ上げる欲望を押さえつけ、
「ごめんな。ちょっと着替えてくるわ」
と、普段はそのまま寝てしまうところを、着替えを出そうと反転する…が、そこでバスローブの袖を引っ張られる。
「………いい…んだ…」
消え入りそうな声。
耳まで真っ赤にして泣きそうな顔で、それでもなんとか顔を上げたアリアは、今にも気を失いそうなくらい緊張した様子で、
「……誘惑………しにきたから………」
と、ロマーノに告げた。
へ……??
一瞬意味がわからなかった。
本当に意味がわからなかったのだ。
「……ちょっと待った……。
意味……わかって言ってるのか?」
いやいや、これはありえないだろう…と、そう聞くと、アリアはフワっとその場にへたり込んだ。
「やっぱり……ダメなの…か。…っ…こんなっ…じゃ……」
そのままヒックヒックとシャクリをあげて泣いてしまう。
「いや…ダメとかじゃなくて…意味が……」
慌ててその前にしゃがみ込むロマーノを涙でいっぱいの大きな瞳が見上げる。
「…誘惑……したい…。
…ロマーノに……愛されたいんだ……」
世の中にこれ以上愛らしい生き物がいるなら誰か教えてくれ……
もう本気で頂きますしたくなったが、ロマーノは心のなかで素数を数えて耐えた。
相手は病人…相手は病人……
心のなかでお題目のように唱えつつ、
「今日は…体調崩してるし、ちゃんと元気になってからな?」
と、震える小さな手を取ってチュッと口付けるが、
「ダメだ…今じゃないと…今がいい。
――…お願い…だから……」
と、ひどく思いつめた目で見つめられて、それでも強固に拒む事はできなかった。
「…本当に…大丈夫…か?」
壊してしまったらどうしよう…と怖くなるが、ここで飽くまで拒んだらそれはそれでショックを受けて死んでしまいそうな気がして、その瞳を覗きこんだまま確認を取ると、アリアは少しびっくりしたように目を大きく見開いて、それからほわ~っとまるで蕾が花開くように笑みを浮かべた。
そんな顔をされてはもうイタリア男としては拒む事などできやしない。
「優しくするようにするけど…辛くなったら絶対に言えよ?」
と、念を押して、小さな身体を抱き上げた。
経験がないとまるわかりの慣れない様子に華奢な肢体。
少しでも乱暴に扱えば容易に壊れてしまう気がした。
自分から言ってきたのだが、やはり怯えの見え隠れするお姫様になるべく怖い思いをさせないように、できるかぎり優しく気遣いながら、まるで羽で撫でるようにソ~っと触れていくと、真っ白なお姫様はミルクにつけた砂糖菓子のように、すこしずつ甘く解けていく。
身体を重ねるということでこんなにも心が温かく満たされたことがかつてあっただろうか…。
可愛い愛しい…そんな言葉だけが脳内を回る。
やがて甘えたすすり泣きが部屋に響き、とても幸せな時間が過ぎていった。
(あ~…すげえ血…。結局ツラい思いさせちまったか…)
初めての証がその白く細い腿に伝うのを見て、ごめんな…と、終わった瞬間意識を手放してしまった恋人の唇に軽く口付けて、後始末をする。
こんな経験もないお嬢さんがどんな気持ちで自分のところへ抱かれに来てくれたのだろうか…
「本当に…ぜってえ大事にするから……」
胸の奥から熱いものがこみ上げてきて、ロマーノはぽつりと一粒涙をこぼした。
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