いつもの…ホッとするような穏やかな笑み。
見た目は可愛いのに話すとやはり年上だなぁと思うような落ち着いた声音。
一応詳細は言えないがイギリスの一地方という事で話が通っているらしく、日本的には初めまして、ということになる。
男の時には決して言えないが、日本のKawaiiはイギリスも大好きで、今回女の子と思われていることをいい事に、色々買っていこうと目論んでいた。
そんなイギリスの気持ちを言わずとも察してくれて、女の子ならショッピングだろうと、普段インドア派のくせに街中に連れ出してくれる優しさ。
「つき合わせてごめん。女の子が行くような場所ばかりつまらないだろう?」
と謝っても
「あなたが楽しそうにしているのを見ているのが私にはとても楽しいんですよ。」
と、優しく穏やかな声音で言ってくれる。
ああ…日本のこういうところが好きだな…と、イギリスはしみじみと思った。
「あ、これ…中国も好きな日本のキャラクタだよな。」
それを好むあまり中国がオリジナルをちょっと不細工にしたシナティという模造品まで作ってしまった、有名な日本のネコのキャラクタ。
ファンシーショップの一角にそのキャラクタの商品ばかりが集められていて、イギリスが思わずその一つを手に取ると、
「ああ、それは…」
と、日本が少し近づいてきた。
ふわりと独特の香の匂いが鼻をくすぐる。
「日本人のイギリスさんに対する好意の表れですよ。」
と、にこやかに告げるその言葉に、イギリスはきょとんと首をかしげた。
「このネコが?」
と聞くと、
「ええ。」
と日本は大きくうなづいた。
「その子の名前はイギリスさんの所の童話『鏡の国のアリス』に登場する子猫にちなんで“キティ”と名づけられたんです。
イギリスさんは日本人にとって憧れの存在でしたから、彼女の生まれ故郷もそんな皆に愛されて憧れられているイギリスさんの首都、ロンドン。
戦後の日本はアメリカさんの影響がすごく強かったにも関わらず、ニューヨークやワシントンD.C.ではなく、日本人がこよなく愛したイギリスのロンドンだったんですよ。」
謳うようなうっとりとした口調でそういう日本の話に、イギリスは我知らず赤くなる。
「イギリスさん好きの私の感情が国民に影響しているのか、イギリスさん好きの国民感情が私に影響しているのか、私も私の国民もとてもとてもあなたの国が好きなんです。」
イギリス当人の前では遠慮がちに感情をあまりあらわにしない日本がここまではっきりと好意を口にするのは、当人じゃない、別の人間の前だと思っているからなのだろうか…。
そうだとすればそれは多分日本の本当の気持ちということで…とても嬉しい。
そう言えば街中を歩いていると、星条旗以上に目に付く自国、イギリスの旗、ユニオンジャックのついたグッズ。
それを指摘すると、日本はやっぱり穏やかに微笑んで
「日本人は英国がとてもとても好きなんです。」
と言った。
ああ…ここでは皆自分を否定しない…愛され、受け入れられている…。
そのことにイギリスは心から安堵した。
日本の家は随分と古くからある日本家屋だ。
最後に袂を分かつことになってしまったかの戦争でも焼けることなく残っている建物で、初めて同盟を組んで訪ねたときのままの佇まいで迎えてくれるのが嬉しい。
初めて来た当初にいた河童などの妖怪は山の方へと帰ってしまったが、それでも妖精の少女――のちに調べて座敷童子という名だと知ったが――と、犬のポチは変わらず出迎えてくれる。
本当に本当に…自国以外では一番くらいに安らぐ場所だ。
今回は女性ということで、日本はいつもの男のイギリスとして来た時とは違う、色々なものを用意してくれていた。
まず家について、よろしければ…とすすめられたのは、可愛らしい色合いの着物。
男の時も着せてもらった事があるが、色合いと形が違う。
淡い色合いの花々を散らしたその着物の可愛らしさに心が浮き立つ。
着替えが終わると案内してくれた居間には、雅やかな絵のついたたくさんの貝。
昔の日本の女性達はこれでトランプの神経衰弱のような遊びをしていたといわれて、なるほど、と、思った。
一日目は実際に貝合わせというその遊びを楽しみ、翌日の娯楽はこれも綺麗な絵のついたカード。
「これは…カルタ?」
と、昔の日本の女性が描かれているカードの一枚を手にとって聞くと、日本は字の書いたカードを一枚取り出した。
「そのカードは読み手用で、和歌が書いてあります。
で、私が持っているカードがそのカードの対のカード。」
と言われて見てみると、字のカードには後半部分しか書いてない。
それを指摘すると、ああ、と、日本は微笑んだ。
「これは…前半を上の句、後半を下の句というんですけどね、この和歌を全て覚えている人は、上の句を読んだ時点でカードを探し始める事ができるというのが、醍醐味の一つなんです。」
なるほど…とイギリスは感心した。
「昔の人間は有名な和歌はたしなみとして覚えて実際に使ったりもしたんですけどね」
「実際に…使う?」
「ええ。和歌というのは元々五七五七七という短い文字に気持ちを込めるようなものでして…たとえば、この【しのぶれど 色に出でにけり わが恋は 物や思ふと 人の問ふまで】という歌は、他人に気づかれないように恋している事を隠してはきたものの、他の人に『恋の物思いをしているのですか?』と聞かれてしまうほどまでに、顔にでてしまっているらしい…という歌で、たとえば、そんな状況の方に『しのぶれど…というところですか?』などとお聞きすれば、その長い意味合いの質問であることがわかるといった感じですか。
あえて全てを言わないところが雅なんです。」
「へ~。それいいな…。オシャレな暗号といったところか。」
目を輝かせるイギリスに、日本は
「ふふっ。そうですね。」
と笑う。
それからそのカードをそっとまた箱に戻すと、音もなくスっと立ち上がって茶を入れてきてくれた。
「どうぞ。」
と、これも美しい和菓子と共に出され、礼を言って口をつけると、同じく茶を飲みながら、日本は言った。
「全てを言わない…短い言葉の中に裏の意味がある…これはわが国の文化性という認識が高いんですが、実はアリアさんの日常にも意外に同じような事があるんですよ?」
「同じこと?」
「ええ。」
さらりと音がしそうなくらいサラサラの黒髪をかすかに揺らしながらうなづく日本。
「たとえば…プロイセンさんがアリアさんをここに送ってきた理由…。
元気のないアリアさんを元気付けたかったとお聞きしているんですが、それならご自身で元気付けられた方がアリアさんの好感度は上がりますよね?
それでもこの国のほうがと思われて送ってこられたわけなんですが…」
「うん」
「あの方はいつもそうなんです。
相手が大切であればあるほど、それが相手のためだと思えばあえて手の内からいったん送り出してしまわれる。
そこに込められた深い思いがアリアさんにお分かりになられますか?」
聞かれてイギリスはこくんとうなづいた。
「ようは…自分の都合とか手柄よりも相手の事情を優先ってことだろ?」
そういうと日本は
「それだけでは五七五七七の文字数の表だけの意味合いですね」
と苦笑する。
「…そこに裏の意味が?」
促すように言うと、日本は再び手の中でカードをもてあそびながら言った。
「つまり…ですね、より心が弱っている相手を他の人間に託すという事は、大切な相手がそれを直接的に癒してくれた他の相手に心を寄せてしまって、戻ってこないかもしれない…という危険をはらんでいるんですよ?
自分が欲しいと思っている相手を手にいれる機会を得ながらも、相手のためにもしかしたらそれを諦めざるを得なくなるかもしれない選択を取る…そんな自己犠牲をも含んだ愛情…とても深いと思いませんか?」
「ああ……なるほど……。」
かつて何よりも愛したと思っていた新大陸の子ども相手にさえ自分には出来なかった…いや、未だに出来ていない愛情表現……
「そこまでの愛情を注がれている…ご自身が誰かにとってそこまで大切に思われている人間だということを、自覚なさってなかったでしょう?」
自分が大切に思われている…他の人間に言われても入ってこなかったその言葉が、何故か日本に言われるとすんなりと心のうちに入ってくる。
「…うん……。プロイセンがそこまで考えてくれてたなんて思ってなかった。」
本当に…日本はすごい……としみじみ感心するイギリスに、
(本当に…個人的な好意に対しては鈍い方ですね。
…きっとそうやってイギリスさんにご自身が大切に思われているという事を自覚していただくために、あえて自分より師匠に対する好感度があがってしまう危険性に目をつむってこうやって説明をしている私もまた同じだという事には気づいていらっしゃらないんでしょうね…。
ええ…そんなところもお可愛らしいんですが…少しばかり切ないですね…)
と、日本は着物の袖口でそっと口元を隠して小さく嘆息した。
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