ラテン民族でかつては荒ぶっていた時代もあったが、今では農業国としてのほほ~んと過ごしているその男の顔には、久々に厳しい表情が浮かんでいる。
男は黙っていろと視線で訴え、いきなり無言でギルベルトの腕を取ると、人目のつかないあたりへと引っ張っていき、そこでパンパンとギルベルトの身体を上から下まではたく。
こうして納得がいったのだろう。
パシっと何かを投げてよこした。
「……盗聴器?」
それをキャッチして確認すると、ギルベルトは顔を上げた。
「うちん中につけられとってん。」
それは小型の最新型で、この恐ろしく野生の勘のようなものが働く男でないと、まずみつけられない類の物だ。
理屈じゃない。
他人の気持ちという意味で空気は読めなくても、昔から自分がいる空間の誰も気づかないくらいのちょっとした異変に気づくのはいつもスペインだった。
理性で考えて考えて答えを導き出すギルベルトとは対照的に、何も考えないからこそ入ってくる情報なのかもしれない。
「もしかして…この前の電話の時も?」
「あ~、なんやロマの電話受けた時にはもう変な感じしとったんや。
でもそん時はなんやわからんでな。
なんとのう気持ち悪うて家中大掃除してみたらいくつか出てきよったわ。
たぶんうちからは変な感じがそれで全部消えたんやけど、ギルちゃんとこにもあるんちゃう?」
「あ~…あるかもな…」
ギルベルトは気づかなかった自分の迂闊さに舌打ちした。
平和な時代になって久しい上に国ではなくなってからも久しいので油断していた。
「たぶん…ロマんとこの隠れ家は大丈夫かと思うんや。
いくつかは知っとるんやけど、どこも地元以外の奴がおったらめちゃ悪目立ちして絡まれるような場所やから。
でも電話は普通に俺ん部屋からかけてる時は盗聴されとったと思うから…」
「ちょ、待てっ!それって俺ん家もって事だよな?!」
「たぶんな~。気づいてる事に気づかれんのも嫌やさかい、外で一人ん時にこうして注意しにきたったんやけど…」
「ああ、その対応は正しい、正しいけどよ…」
ギルベルトは青くなってクシャクシャと頭を掻いた。
おそらくヨーロッパ…いや、もしかしたら全地域の主だった国に盗聴器をしかけた奴がいる?
「とりあえず…親分これからバケーションやねん。
ドイツんとこで聞いたらギルちゃんこの時間に飛行機降りるいうから、そのついでに寄ったったんやけど、もう行くな~。
そうそう、せっかく教えたったんやから、ロマんとこに厄介事持ち込むのやめたってな。」
切迫した状況にも関わらずのほほ~んとしているのは、おそらく盗聴器を外した時点で他人ごとだからだろうが…
「おい、協力してくれよ。」
当たり前に搭乗口に向かいかける後ろ姿に言うと、間髪
「嫌やわ~。なんで貴重な休み潰さなあかんねん。
こうやって寄り道してやっただけでも十分親切やろ?あとはフランにでも頼み~?」
と、ヒラヒラと後ろ手に手を振って消えていった。
「まあ…そうだよな…」
ギルベルトは肩を落とす。
何が目的とはっきりは言えないものの、違和感を感じ始めた時期からして、今回のイギリス関係である可能性は高い。
それをイギリス嫌いのスペインに頼むほうがどうかしている。
ギルベルトは頭を切り替えて、フランスの所へと電話をした。
「フラン、お前今仕事場だよな?」
仕事用の電話にかけているわけだから、まあそのはずなのだが、一応そう聞くと、電話の向こうから長い長いため息が聞こえた。
『なに?ドイツにお兄さんがちゃんとやってるか監視しろとでも言われてんの?』
大丈夫、お兄さん今現在はストはしてないよ…と、冗談とも本気とも取れない声音でそういうフランスに、ギルベルトは苦笑した。
「あ~、じゃあな、ヴェスト経由で連絡入れるから外でれっか?
ちょっと切迫した緊急事態なんだ。」
『あ~うん。ドイツが言ってくれるなら出してくれると思うよ。』
というところをみると、どうやらストライキしすぎて仕事場に軟禁状態だったらしい。
出られると聞いてなんだか声が嬉しそうだ。
「じゃ、ちょっと待ってろ。出たら俺の携帯に即電話だぞ?ナンパ行くんじゃねえぞ?」
そのあたりを確約させておかないと、本当に出られた理由を忘れかねない愛の国に念を押すと、
『うんうん♪もちろんっ!…でも時間余ったら好きにしていいよね?』
と半分その気になっているらしいフランスの脳天気な様子にギルベルトは肩を落とした。
こうしてフランスとの通話を打ち切ると、プロイセンはドイツに電話をして、どうしてもフランスと話したい事情があるから、フランスをとりあえず半日でも良いから外へ開放してもらえるよう手配して欲しい旨を告げると、普段は自分に何か依頼することのない兄の珍しい頼みに、ドイツは一も二もなくうなづいた。
こうして10分後、空港で立ち尽くしているプロイセンの携帯が鳴った。
『今ね、まだ移動中なんだけど、自宅ついてからじゃだめ?』
というフランスの第一声を聞いて、プロイセンは慌てて止める。
「駄目だっ!自宅に帰るなっ。
できれば…ざわついた人混みとかがいい。
そうだな…手近なカフェとかに入れるか?」
『え?なに?!なんなのっ?!
まさかテロリストか何かの話っ?!』
と、電話の向こうから焦った声。
「いや、そういう系じゃなくて…実は…」
プロイセンはそこで説明を始めた。
『スコットォ……なんで素直に気持ち伝えるのに使わないのよ、これだからあの兄弟は…』
全部話し終わると、電話の向こうからフランスの呆れたようなため息が聞こえる。
「お前…ランプについて知ってんのか?」
フランスの言葉に引っかかりを感じてプロイセンがそう聞くと、フランスはやはり当たり前に言う。
『知ってるも何も…あれをスコットにあげたのお兄さんだもん。
兄弟仲がまだ修復できてなくて、何か言おうとしても逃げられちゃうって言うからさ、それならこれで兄弟仲良くしたいんだっていう気持ちを伝えて貰いなさいって渡してあげたんだけどさ…なんでそれで坊ちゃんが女の子とかになってんのよ。
…っていうか…アメリカに捕まる前に坊ちゃん保護しないと…』
「あ~…お前もやっぱりこれアメリカだと思うか?」
『たぶんねぇ…。そんな最新式の盗聴器を扱うのってアメリカか日本かドイツくらいでしょ。その中で…プーちゃんに秘密でドイツがってのはありえないし、日本も…絶対ないとは言えないけどね、趣味のあたりで。でも坊ちゃんは日本に弱い上に日本も坊ちゃんの扱いうまくて口が達者だから、大抵の事は正攻法でお願いできると思う。』
「まあ…そうだよなぁ……」
本来ならフランスに連絡を入れる前に日本に注意を喚起するべきところをしなかったのは、そのあたりの認識のためだ。
人間性を疑うわけではないが、やはり自分自身ではないのだから、どんなに信用できるように思えても100%はありえない。
自国以外に精密機械に秀でている数少ない国である以上、完全に信頼して犯人の選択肢から不用意に外すのは危険だ。
『ね、でも万が一が気になってるんだったら、プーちゃんも連絡なしで日本へ向かったら?
お兄さんも付き合ってあげるからさ…』
さてどうする?と悩んでいると、そんな事を言い出すフランス。
「仕事さぼりてえだけだろ。」
と、プロイセンは呆れたため息を吐き出すが、フランスはそれに気を悪くする風もなく
『それもあるけどさ、なんのかんの言ってお兄さんだって坊ちゃん…今は嬢ちゃん?の事が心配なのよ。
だからこれから空港向かうから。いったんそっちで待ち合わせってことでいい?』
と、強引に話を進めてくる。
「しかたねえな。ヴェストには連絡しておくから。」
ああ、弟に悪いなぁ…と思いつつ、それでもプロイセンはそう了承の言葉を返した。
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