イギリスを寝室へとやってからプロイセンが電話をかけたのは東の島国のところだ。
愛されている…と、イギリスにストレスを感じさせずに実感させてくれる可能性が一番高いだろうとみた人選だ。
事情とやりたいことを話すと、電話の向こうで少し考えこむ気配がする。
そして、少し後、
『そうですねぇ…』
と、その容姿に似合わず低く落ち着いた声が受話器の向こうから聞こえてきた。
『イギリスさん…と知らないふりでイギリスさんについて語ってみますかねぇ。
ご本人を前にしていると私の場合は気を使っていると思われる可能性がありますから…』
このへんがさすがに伊達に長く生きていないとプロイセンは感心した。
細やかでイギリスの事をよくわかっていて、しかもイギリスが大好きで…ああ、敵わないかもしれない…と、一瞬落ち込んだプロイセンの気持ちまでわかっていて…
『イギリスさんのことをとても大事に思っていらっしゃる師匠のお気持ちも自分の気持ちと一緒にちゃんとお伝えしておきますよ。
何も教えず何も見せず…ご自身で抱え込んでしまわれれば手に入るのにイギリスさんの幸せのためにあえて外をお見せになろうと言う師匠に対して、抜け駆けは致しません。
しばらくはイギリスさんを大事に大事に思っている人間の一人であることを理解していただくまでで、勝負は…そうですねぇ…イギリスさんが元の姿に戻られてからですかね?』
と、くすりと笑みを含んだ声でそう言う日本に、ああ、本当に年の功には敵わねえ…と、プロイセンは苦笑する。
「そうだな…あいつの見かけだけじゃなくて本質が好かれてるんだって教えてやんねえとだしな…」
『そうですねぇ。あえて言うならそれまでは【イギリスさんの幸せを守り隊】でも結成しましょうか。』
「ジジイ…なんでもそういう名前付けたがるよな。」
『まあ…こういうお国柄ですから。』
それからイギリスを送り届ける手筈について少し相談して日本との通話を終えると、プロイセンはキッチンに向かう。
いくら少女趣味なところがあるやつだとしても、1000年以上も男をやってきていきなり女になったりしたら、動揺もするだろうし、不安で眠れないということもあるだろう。
そう思ってよく眠れるようにとホットミルクに少しだけブランデーを垂らしてイギリスのいる客用の寝室へと足を運ぶ。
さぞや不安げにしているだろうという期待を裏切って、イギリスはベッドの上で安心しきった様子で眠っている。
「…ったくよ、こっちが心配してきてみたら、これかよ。
お前変なとこで肝座ってるよな。ガキみてえ。」
と、口ではつぶやきながらも、フランス曰く【警戒心の強い野生児】が、こんなふうに自分を信じて安心してくれているのかと思えば、自然と笑みが浮かんできた。
意外に…一番素のイギリスを見ているのは、腐れ縁の隣国でも永遠の親友の東の島国でも最愛の養い子であった超大国でもなく、自分なのではないだろうか。
あちこちで愛を知ったとしても最終的に安心して眠れる場所は自分の所だといい…。
愛は奪うものじゃなく、与えるモノ…その究極が安心して羽を休められる場所だ。
それが騎士として、そしてプロイセン個人としての考えで、いうなれば愛情表現プロイセン式だ。
教える事は教えてやるし、望むなら必要なフォローは入れてやるから、いったんはそれを実践するために旅立って行けばいい。
だけど疲れて、傷ついて…あるいは良い結果を共に喜んで欲しくて戻ってくるのは自分の元がいい。
最愛の弟、ドイツもそうやって育てたし、別の意味で愛する相手にもそうありたい。
それは送り出した相手がそのまま戻ってこないという可能性も秘めた愛し方で、戻ってきてくれるまでひどく自分に忍耐を強いるし、時に不安で眠れない夜が続いたりもするのだけれど……それでも戻ってきた時にはそんな事は微塵も感じさせず、送り出した時のように笑顔で『おかえりっ。一人楽しすぎるのも良いけど、二人楽しいのも悪かねえよなっ』と出迎えてやりたい。
亡国なのに何故か消えない自分の存在意義は意外にそんなところにあるのかもしれない。
「Gute Nacht(おやすみ)アルト。」
ポンポンと軽く毛布の上からイギリスを叩くと、プロイセンは電気を消してソッと部屋を出て行った。
こうして翌日、夕方には日本のところに送る手筈は整えてあるわけだが、プロイセンには一つ気になることがある。
イギリスを預かった時から…いや、預かる前からつきまとう違和感と視線。
いっその事それがはっきりするまでは自分の手元にイギリスを置いておこうか…とも思わないでもなかったのだが、自分が渦中にいると案外周りが見えなくなるものだ。
ここはむしろいったん日本にイギリスを預けた上で、事の発端であるスコットランドの話を聞く事から始めたほうがいいかもしれない。
そこから全てを辿っていけばその原因も判明するのではないだろうか…。
ただその前に…なまじ腕に覚えがあるせいでやや自分の身に関しての危機管理能力にかけるイギリスに、女性体になって筋力や持久力などが落ちていること、それを補うにはどうすればいいかを教えてやらなければならない。
幸いそのあたりはハンガリーを見て育ってわかっているので、ある程度は教えてやれる。
朝食後…半日かけて非力さを補う護身術について教え込めば、一般人や弱目の国くらいなら何とか出来るだろう。
まあ、護身術を教えてやるといえばイギリスは素直にJaとは言わないだろうから、適当に…トレーニングに付き合えとでも言っておくか。
ということで、どうやらイタリアの見立てであろう可愛らしい洋服を多々持参しているらしいが、あえて着替えにトレーニングウェアを置いておく。
こうしてその日は日がな一日そんなことに費やして、いざ日本へ。
「…お前さ…少しでも逃げやすいように護身術なんて教えたつもりだろうけどな…」
飛行機を降りて荷物が出てくるのを待っている間、イギリスがいきなりそう言った。
「相手のためとか思ってもトレーニングに付き合えとか言ってっと俺だから気づいたけど普通の女なら気づかないぞ?」
だからモテねえんだよ、結構見た目も中身もスペック低くねえのに…とそれは消えそうに小さな声で付け加えられる。
「え??ちょ、待った、今のもう一度っ!」
と、プロイセンはいうが、
「おら、荷物出てきたから、行くぞ!」
と、さっさと荷物を手に歩き出している。
「ちょ、待てよっ!今のっ!!」
「…っせえよっ、ほら、日本が手ぇ振ってっぞ。俺はアイツの事知らない設定なんだろ?
ちゃっちゃと紹介しろよっ」
と、イギリスの態度はにべもない。
ああ、でもこれは…もしかして……
「お前一応女なんだからよ、ちったあそれっぽく振るまえよっ」
プロイセンは堪えきれない笑みを噛み殺しながら、そう言ってイギリスと並んで日本に手を振り返したのだった。
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