「あんな~、ロマから頼まれたんやけど…」
と、何故か出てくる悪友の最愛の子分の名前。
それに少し違和感を感じたのは何故だろう…。
確かにこちらに何かさせたいことがあるなら、スペイン経由で自分にというよりは、弟であるイタリアを使ってドイツ経由の方が確実だというのもあるが、たぶん違和感の原因はそんな事ではない気がした。
内容はイギリスの身内の少女をスコットランドからかくまってやって欲しいということだ。
ああ、スペインが仲が悪いと思われているイギリスの身内のために自分に頭をさげるというのも確かに不自然な事ではあるのだが…自分が感じている違和感についてはおそらくそれも不正解。
では一体何が?と、不自然さを感じている自分の心のうちに尋ねてみるが、答えは出ない。
「プーちゃん?都合悪いん?せやったらええわ~。俺んとこで面倒みるさかい…」
「はぁ?お前のとこで?イギリスの身内を?」
「しゃあないやん。ロマが危ない事に巻き込まれるよりはええわ。」
考え込んでいると焦れたようにそう言うスペイン。
まあこれも当たり前の会話なはずだが…なぜだか消えない違和感は心の中で大きく大きくなっていく。
「…いや?いいぜ。俺様自らが迎えに行ってやるよ。南イタリア行けばいいんだな?」
いくつか仕事を抱えていた。
普段なら弟に迷惑をかける事を承知で仕事を後回しで行動するなどありえない。
でもこの違和感を抱えたまま仕事をしてもあまり効率はあがらないだろう。
「ま、ちゃっちゃと違和感を消して解決してその後に小鳥さんのようにクールに素早く仕事を終わらせればいいんだよな。」
誰にともなくそう言うと、プロイセンは書類をファイルに放り込んで、客間を掃除するため立ち上がった。
南イタリアの空港に降り立った途端にまとわりつくような視線…。
常に戦い続けてきた戦闘国家である自分だ…決して気のせいではない。
しかしそんな自分に正体を悟らせない相手もなかなかのものだと思う。
これから預かる少女と何か関係しているのだろうか……。
そんな事を考えつつ待っていると、気配など消すこともなく、むしろいつもよりも存在感をあらわに南イタリア、ロマーノが近づいてきた。
まあそれは連絡を受けていたので驚くような事ではない。
が、プロイセンは驚いた。
そのロマーノに手を引かれている少女の方に。
幸いサングラスをしていたので表情は読まれていないようだ。
それを良いことに普通に茶化しながらも少女を引き取る。
いや…現少女だが…元紳士?
それまである程度距離のある関係だったロマーノは気づいていないようだが、世界で唯一の味方だった事もある相手をプロイセンが間違えることはない。
アリア…と何故か呼ばれている少女はイギリスの身内なんかじゃない。
イギリス本人だ。
何故いまこんな状態なのかはわからないが、本人であることは間違いない。
世界中の誰が間違えたとしても自分だけは彼を間違えたりしないという自信がある。
あの、プロイセンが多くの大国を相手に一人孤独な戦いを続けていた時に、イギリスは金銭の援助だけという…それだけでも唯一の味方として参戦してくれた国としての方針を破ってこっそり個人的に訪ねてきてくれたのだ。
なのにプロイセンの方はイギリスが世界中から孤立した時には助けてやれなかった。
そんな不甲斐ない自分だが、亡国となって国に縛られる事のなくなった今なら手を広げ敵の前に立ちはだかり、守ってやる事ができる。
今でも彼がそれを望んでいるのなら…だが…。
内心の緊張を押し隠しながら並んで腰を掛けた飛行機の中で、プロイセンは殊更なんでもないことのように口にした。
「詳しい話はあとで聞いてやる。何がしてえかもあとで聞く。
ただ、今この場で一つだけ聞かせろ。」
緊張しすぎてひどく唇が乾く。
そんなプロイセンの様子にも気づかず、少女の姿をしたイギリスは可愛らしい様子で
「何を?」
と尋ねてくる。
どうかJa(はい)と言ってくれ…
そんな思いを込めてかけていたサングラスを外し、己の血のように紅い眼で、春の新緑のようなイギリスの瞳を捉える。
「お前は俺様に守って欲しいのか?」
ひどく緊張してそういうプロイセンに、イギリスは不思議そうな顔でただ
「…うん…って言ったら?」
と言った。
今更何を言っているんだ?守ってくれないのか?と問いかけているようなその答えにプロイセンは心底安堵した。
そして、
「守ってやるに決まってんだろうが。俺様を誰だと思ってんだ。
騎士団育ちのプロイセン様だぜ?」
と、心からの笑みを浮かべた。
守る許可を得たのだ…騎士の名誉にかけても完璧に守り切る。
それは身体だけでなく心についても同様だ。
今守っているのは女になったからじゃない。
イギリスだからだ…とまずわからせたくて、極力態度を変えないように気をつけながら、男であった頃と同様に茶化しながら気を紛らわせ、そうしてだいぶリラックスしたところに事情を聞く。
そんな態度に安心したのかイギリスはあっさりおそらく全部の事情を話してきた。
『他人に嫌われたくない…愛される存在になりたい…』
魔神にそう願ったら女の子にされた…
それを聞いた時プロイセンは深く深くため息をついた。
独立して久しくても何かあるとイギリスを訪ねて行く影の薄い元弟を筆頭とした英連邦の弟妹達…なんのかんのいって餌付けをしつつ訪ねて行く髭の隣国…北米の超大国に、東の島国、それに今回どうやらヘタレと言われている長靴型の半島の兄弟も加わったらしい…。
その他、ずっと友達、ずっ友と呼ばれるヨーロッパでも古参の某国や中国に返還された東洋の特別自治区にイギリスを守るために作られた元要塞、国も国じゃない相手も、イギリスを特別に思っている輩は多い。
今追いかけているという実兄だって、おそらくそれでなくても愛されている可愛い弟がさらに女の子になってしまったことで、そういう国々のどこかが恋愛的な意味で手を出して来かねないという心配から、連れ戻して自分の所で大事に大事に保護しようとしているだけなのだろう。
これ以上愛されてどうする?とプロイセンは思うわけだが、イギリス本人だけは何故か自分が愛されている事に気づかず、むしろ嫌われていると信じ込んでいる。
だから今のイギリスに必要なのは愛される事ではなくて愛されている事に気づく事だ。
もちろん…それを気づかせず自分が抱え込んでしまうという手もあるわけだが…それをすればイギリスは自分以外には嫌われていると思って傷ついた心を抱えたままになる。
心身ともに守ると決めた以上、それは頂けない。
敵相手ならとにかく、いったん庇護すると決めた相手に騎士がすべきことではない。
それが自分の感情的に不本意な事だったとしても……。
(損な性分だぜ…)
気づかれないように小さく小さくため息をつくと、プロイセンは
「とりあえず俺様が色々なんとかしてやっから、今日はもう休め。」
と、イギリスを早々に客室へと押し込めた。
イギリスのために色々手配をしてやらなければならない。
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