優しい…春の日差しを思わせるような柔らかく澄んだ歌声。
それに誘われてふとアリアを残してきた部屋に目を向けて、ロマーノは目を丸くした。
なんだか綺麗になっている?
驚かせないようにそ~っとドアの影から覗いてみると、楽しげに窓を拭く少女。
床に散らかっていたゴミはゴミ箱へ、雑誌はきちんと整列されて本棚で、部屋の隅にクシャクシャに放置されていた洗濯物はアイロンがけをされてキチンとたたまれて椅子の上だ。
こうして物がなくなりピッカピカに磨かれた床。
ずっとつけっぱなしで薄汚れていたカーテンは、おそらく今ぐおんぐおん回っている洗濯機の中なのだろう。
本当にさっきまで暗く薄汚れていたのが嘘のように、そこは質素ではあるものの暖かい日差しの差し込む居心地の良い空間になっていた。
まるで国ではなく人間の…暖かい家庭のようだ。
ああ、こんな感じ…悪くねえな…と、ロマーノの顔に知らずと笑みが浮かぶ。
さきほどのスペインとの会話でふと思い出して、あらためてよくみてみると、確かにあの恐ろしいイギリス様をそのまま女にしたような容姿をしている。
いくら急展開で焦っていたにしても、今まで気づかなかったのが不思議なくらいだ。
客観的に見ると、アリアは他のパーツは小さいのに目が大きな可愛らしい…少し幼い顔立ちをしていて、手も足も何もかもが小さくて華奢だ。
…ということは…だ、実はロマーノが恐れていたイギリス様もそんな容姿だったのだろうか……。
……うん…思い出して見ると物理的には確かに体格が決して良くないロマーノから見ても細くて色が白くて目が大きくて……あれれ???
そう言えば会議とかの時もひたすら散らかす元弟の横でせっせと片付けてはおせっかいだと罵られているのをよく目にしてたので、おそらく掃除も得意そうだ。
そう言えば、その存在感のなさのせいか、しょっちゅうなんだかぶつかられてかすり傷をおったり、ボタンなどをひっかけられて取れてしまったりとかする元弟にも、さっとバンドエイドを出して貼ってやったり、何故か持っているソーイングセットでとれたボタンを縫いつけたりしてやっている所もちょくちょく見る。
もしかして…イギリス様って女子力高えのか???
あんなに怖いのに?!
いや…そもそも怖いってどこがなんだっけ??
色々思い出して考えだして混乱するロマーノ。
くるくると楽しげに動きまわって掃除に勤しんでいる可愛いアリアの後ろ姿に、あれほど怖かったイギリスの姿が重なる……可愛いアリア……可愛い…イギリス様???
ありえねえっ!!!
そこまで考えてロマーノはぶんぶんと頭を振った。
小さくて可愛くて可愛くて守ってやりたくなる妹っぽい感じのアリアと怖い怖いイギリス様…。
…あれれ???イギリス様も4人兄弟の末っ子だよな、そう言えば…。
…いやいやいやいや、何考えてる俺っ!!!!
そんな風にしばし考えこんで混乱しきったロマーノがふと顔をあげると……
うあぁああああ~~!!!!!
おそらく干そうとしていたカーテンが重みで落ちかけたのだろう。
それを取ろうと身を乗り出して、バランスを崩して落ちかけているアリアが目に入って、ロマーノは慌てて駆け寄ってギリギリセーフ、その細い腰を支えた。
「あぶねえっ!!」
と、冷や汗を拭く。
「気をつけろよ。」
と、続いて言うと、ロマーノが来ていた事に気づいていなかったのだろう…アリアは目をまんまるくして…それからじわりとその大きな目の目尻に涙の粒が溜まってきた。
「…ご…ごめん……」
震える声でそう言うアリアに、あ~またやっちまったか…と猛省するロマーノ。
自分的には普通のトーンで話したつもりだったのだが、お姫様にはずいぶんとキツイ声のように響いたのだろうか…。
「わ、わりっ!別に怒ってんじゃなくて…落ちたら大変だからってだけで……
あ~、もう泣き止んでくれよ、ベッラ。俺が悪かった。怖がらせて悪いっ!」
そのままヒックヒックとシャクリをあげる細い肩を抱き寄せると、紅茶と薔薇の良い香りがした。
どうしよう…可愛い……。
「なあ、とびっきりのカプチーノ淹れてやるから。
頼むから泣き止んでくれよ。」
ベタベタに甘やかしてやりたくなって、サラサラと手触りの良い光色の髪を撫でながらそう言うと、アリアはロマーノのシャツを小さな手でキュッと握りしめながら
「…うんと甘いのがいい。」
と、涙にうるんだ澄んだ大きな目で上目遣いに見上げて、甘えたような可愛らしい声で言う。
うあぁああああ~~!!!!!
なんだろう、これは…あれか、日本、これが萌え?!
ドキドキしてキュンキュンして、転がりまわりたくなるような可愛さ…そう言えば弟が懇意にしている東の島国がそんな事を言ってた気がしたが…これがそうなのかっ?!
世界妹大賞とかあったら進呈したい……と、ヘタレと言われていても一応兄貴なロマーノは悶えながらも思う。
…というか、こんな世にも可愛い妹がいたら自分はヘタレにならなかったんじゃないだろうか?という根拠のない自信すら生まれてきた。
とりあえずこれ以上怯えさせないようになんとか微笑んで
「ああ、待ってろ。」
と言うと、ロマーノはキッチンへと向かった。
シンクの洗い物もやっぱり綺麗に洗われていて、きちんと拭かれた食器が洗いカゴに整頓して積まれている。
今まで美人には数多く出会ったが、こんな風に汚い汚いと騒ぐ前に当たり前にしかも気持よく楽しげに片付けておいてくれる子には早々会った事がなかった。
しかしそれに
「あ、掃除させちまって悪かったな。なんか綺麗になってて驚いた。」
と、ロマーノが礼を言うと、アリアはちょっと沈んだ声で
「いや…勝手にごめん。いつも余計な事するなって怒られるんだ…」
と、苦笑いを浮かべた。
あやうくカプチーノのカップを取り落とすところだった。
どこの馬鹿野郎がそんな事言うんだ…と思う。
「へ?なんで?それひでえな。
普通こんなとこ連れてきたら、片付けてくれるどころか、思い切り引かれるか、怒って帰っちまうもんだろ。
それをなんだか楽しげに掃除とかしててくれて、俺は嬉しかったけどな。」
と、カプチーノのカップを渡しながらロマーノがさらにそう言うと、アリアは礼を言ってカップに顔をうずめ、湯気の向こうで泣きそうに笑った。
「ありがとう。…ロヴィーノは優しいな。
掃除とかって結構好きでついつい手が出ちゃうんだけど…そんな事言ってくれたのロヴィーノが初めてだ。」
すごく…嬉しい……。
と、カップに顔をうずめて言う様子がすごく痛々しくてすごく可愛くてすごく愛おしい…。
「それはお前の周りがおかしいんだって。」
というロマーノの言葉に返ってきたのは、さらに悲しくなるような
「でも、お…私嫌われてるから……」
という言葉。
愛情を与えられず…不器用に示した愛情も拒絶されて、それでも頑張って健気に生きてきたのかもしれない……。
可愛くて愛おしくて胸がいっぱいになって
「誰がそんな事言うんだよ。
そんな馬鹿な事言う奴らの事なんて気にすんなよ。
これからはひどいこと言われたりされたりしたら、いつでも俺んとこ逃げて来いよ。
どうとでもかくまってやるから。
…守ってやるって言える力がねえ情けねえ俺より、頼りになるやつはいくらでもいそうだけどな。」
と思わず身を乗り出したら、アリアは慌ててブンブンと首を横に振った。
「そんなことないっ!だってここは秘密の隠れ家なんだろ?
そんな大事な所に見ず知らずの人間をかくまってくれる奴なんて、滅多にいない!
すごく…すごく心強いし嬉しかった!」
そう、身内深くに誰かをいれるというのは勇気のいることだ。
自分の持っているモノ全てを使って全力で守ってくれようとしているロマーノが情けないなんてことは絶対にない。
そう、小さな手を握ったこぶしを震わせて主張する。
なんなんだ、こいつは~~!!!!
ロマーノは真っ赤になってうつむいて、そして思った。
これは…運命かもしれない。
まるで自分はアリアのために存在して、アリアは自分のために存在している…そんな気がしてきた。
お互いを埋めて満たして、お互いが満たされる…。
「あ~、ちきしょ~。とりあえず少しでも環境の良い場所にって思って、次の逃亡先のアポ取っちまったじゃねえかっ。
このままここにかくまっときゃ良かった。渡したくねぇ~!」
生まれとか育ちとか、ちゃんとした場所とかどうでもいい。
二人がこうしているのが重要な気がしてきた。
しかしスペインのところまで話をやってしまった以上、いつまでもここに置いておくと、ロマーノのことに関しては異様に勘の働くスペインのことだ、この場所を見つけ出して、それでもあくまで離さなければスコットランドに連絡を取って迎えにこさせるくらいやりかねない。
しかたない…一度スペインにわかる形で他の場所にやるしかない…。
「なぁ、とりあえずだ、馬鹿弟と逃げたって事は割れてるから、あいつが捕まってアリアといないってバレたら、次は南を探しに来る。
だからいったんすげえ不本意なんだけど、念のためお前をいったんドイツの芋野郎のとこに逃がすから。
でも、なんか少しでもツラいこととか嫌な事とかあったら戻ってこい。
その時にはスコットランドももう南を探し終わって、よもやこっちに戻ってるとは思わねえだろうからな。
呼んでくれたらいつでも迎えにいってやるから。」
そう言って、これ、俺の番号な…と、ロマーノはアリアに携帯の番号を握らせた。
そして、ほんとに遠慮せずに呼べよ?と念を押す。
アリアはいったん受け取った自分の手に視線を落とし、ちょっと赤くなり、それからちょっとはにかんだように微かに笑みを浮かべてうなづいた。
ロマーノにしてみたらまだ実現もされてない約束に本当に嬉しそうに携帯の番号を握りしめた手をぎゅっと胸元に寄せるアリアが痛々しくて…でも自分の手に必死にすがってくれるその姿が愛おしい。
こんな可愛くもけなげなアリアを目にしたら皆同じ気持になるかもしれない…。
ヘタレといわれる自分と違って他のライバルを蹴落とすために手段を選ばない輩が現れないとも限らないのではないだろうか……。
「あ~…でもホントに他の奴んとこ行って大丈夫かぁ~。
野郎ばっかだし心配になってきたな。」
自分で手配しておいてなんだが、もしそんな輩が現れたら…かくまってくれるはずの相手がそんな気を起こしてしまったら、このか弱い手でちゃんと自分の身が守れるとは思えない。
ロマーノは少し考えこんでいったん寝室へ駆け込んだ。
そこには逃走中万が一捕まりそうになった時の自衛道具が数多くしまいこんである。
その中でも特殊な技術や力がいらなくて、アリアでも扱えそうなものは…と物色して、ロマーノは結局一つの指輪を取り出した。
かつて毒薬文化が盛んだった中世のイタリアで造られた年代物の仕込針入りの指輪。
埋め込んである宝石をスライドさせるだけで薬入りの針が飛び出してくる仕組みで、かつては猛毒を仕込んで暗殺用として使われていたが、今は強力な睡眠薬が仕込んである。
これなら万が一手をとられても片手の指で操作できるので使いやすい。
それをアリアの指にはめてやって使い方と用途を説明してやる。
本来はピンキーリングなのだがアリアの細い指だと中指でぴったりだ。
指輪のはまった手を物珍しげにかざすアリアを前に、薬指じゃなくて残念だな…などと思ったのは秘密だ。
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