結論から言うと、アリアは特に驚いた様子はなかった。
ただ、物珍しそうにあたりを見回す。
普段いる環境と違いすぎて嫌悪よりも好奇心が勝ったということなんだろうか…。
そんな事を考えながらロマーノが
「ホント汚くてわりいな。
でもここは、バカ弟すら知らねえすげえわかりにくい、裏街の中でも地元を知り尽くしてねえとたどり着かねえような場所にある隠れ家で、とりあえず追手から身を隠すには最適なんだ。
だから次の避難先のあたりがつくまでは我慢してくれな。」
と、言い訳がましくそう言いつつとりあえず椅子の上を片付けて――というよりは上にある物をどかせただけという話もあるが…――そこに座るように勧めると、アリアは礼を言って行儀よく座る。
流しには使いっぱなしで長く放置されたグラス。
さすがに今綺麗に洗ってもそれを使うのはお嬢様には嫌かもしれない…そう思ってロヴィーノは少し悩んだ挙句、結局ペットボトルのままのミネラルウォータを冷蔵庫から出してそのまま渡すと、アリアはこれも礼を言って、それに口をつけてそのまま飲んだ。
ペットボトルを両手に持ってコクコク飲み干す様子は小動物のようで可愛らしい。
薄汚いこのゴミ部屋の中で、アリアのいるあたりだけがどことなく清潔感にあふれた別空間のように見えた。
普通にその辺の女の子でも引くであろう汚さの中で嫌な顔ひとつ見せないのは、むしろお育ちの良さのなせる技なのだろう…隠れるというだけならここでもいいのだが、やはりそれなりの場所に移してやらないと……
「ちょっとこれから状況調べて避難先検討すっから、そのへんの雑誌でもめくってひまつぶししててくれ。冷蔵庫のモンも適当に飲み食いしてかまわねえから。」
ロマーノはそう言うと小さく息を吐き出してPCのある寝室へと向かった。
そしてスカイプを立ちあげてとりあえずスペインに連絡を取る。
弟が今囮になっていて使えない以上、普段あまり公の場にでないため人脈がないロマーノが国外で頼れるのは、この元宗主国だけだ。
『ロマ、こんな時間にどないしたん?
親分な、今ちょお休憩中なんやけど、もうすぐ終わってまうねん。
なんか用やったら夜帰ったら連絡するわ~』
相変わらずまったりとそう言うスペインにロマーノは
「それじゃ遅えよっ!急ぎだっ。なんとかしろよっ」
と、ほとんど頼む側とは思えない口調で言うが、そう言えば
「も~ロマはしゃあないなぁ~」
と、スペインは言葉では言いつつも少し嬉しそうな口調で返してくる事を知っている。
ロマーノがスペインから独立して自分の足で歩き始めてからも、スペインは元子分から頼られる事が大好きなのだ。
それを知っていてあえてそういう言い方をする自分をあざといな…と、思いつつも、それでお互いうまく行っているのだから、まあいいかと開き直る。
『ちょぉ待っててな。上司に言って来るさかい。』
と、言ってしばらくして戻ってくる。
『で?なに?ロマから頼み事なんて最近は珍しいやん。』
「人を一人安全な場所にかくまいてえ。
馬鹿弟が連れ出したのバレてっから、あいつが捕まったら俺んとこにも手ぇ伸びるかもしんねえし…そもそも匿うにしても碌な場所がねえ。」
『ちょ、なんなん?!ロマなんか危ない事になっとるん?!』
電話の向こうでガタっと音が聞こえる。
おそらく身を乗り出して椅子をひいたのだろう。
普段のんびりしているようで、いざ身内に何かあると思うと即臨戦態勢に切り替わる。
ロマーノが知っているスペインはそういう奴だ。
「えっとな…単に俺んとこに激怒してるっぽぃスコットランドから馬鹿弟どこだって電話かかってきてだな、探しに行ったら当人は呑気にカフェでお茶してたわけなんだが…女の子が一緒だったんだ。
で、その子がスコットランドから追われてて、バカ弟はその逃走を手伝ったから一緒に追われてたってわけだ。」
『…で?その子どこの誰で、なんで追われとるん?』
そこでスペインにしてはまともすぎるほどもっともな質問が返ってきた。
……知らねえ……
「たぶん…たぶんだけどイギリス様んとこの関係者?」
今更だがよくよく思い返してみれば、髪と目の色、それにおさなげな顔立ちがイギリスに似ている気がする…。
気がするというより、イギリスから恐ろしさと太い眉毛を取って女の子にしたらあんな感じかもしれないくらいそっくりだ。
なんで今まで気づかなかった?
イギリスの一地方の化身か何かなんだろうか…。
自分達と同じ空気を感じるから普通の人間ではないのはわかっていたが、そう言えば身元とか追われている理由とかは聞いてなかったな、と、本当に今更ながら思った。
そして…ロマーノが失念していた事がもう一つ……
『なんや、イギリスの関係者?』
電話の向こうで落ちるトーン。
そうだ、しまった!
こいつはアレだっけ……。
「い、いや、スコットランドに追われてるって事はそうかな~って…俺達と一緒で人間でないことは確かな感じすっから」
慌ててそうフォローを入れるロマーノ。
アレだけイギリスを恐れて避けていた自分が言うのもなんだが、スペインもイギリスとは相当険悪だ。
もう世界会議とかでも必要最低限の会話しかかわさず、目なんか合おうものなら嫌悪で顔を真赤にして顔をそらせる程度には……。
そんなスペインに相手がそこまで嫌っているイギリスの関係者だと知られれば助けてもらえるどころか邪魔されるのでは?
ロマーノは焦ったが、意外にも電話の向こうからかかった声は
『……まあ、ええわ。』
だ。
それどころか
『とりあえずロマがやっかいな事に巻き込まれるよりはマシやし、そいつ親分とこで預かったるから、連れてき?』
とまで言ってくる。
え?ええ??あれだけ嫌ってる相手の身内預かってもいいって、お前どんだけ俺の事可愛いんだよ……と呆れるロマーノ。
まあ確かにイギリスと仲の悪いスペインの所なら盲点と言えるのかもしれないが……
なんとなく…なんとなくだが嫌な予感がした。
スペインのところはやばい。
そんな自分の予感に従って、ロマーノは当たり障りのない理由をつけて言った。
「俺が頼れんのってお前んとこくらいだからさ、もしかしたら俺の次くらいにお前んとこに探しにくるかもしれねえし…芋野郎あたり紹介してくんねえ?」
『いや、そういう意味やったらイタちゃんが頼れるのもドイツやん。意味ないで?』
電話の向こうで少し不満気なスペインの声。
「ああ、弟の方はな。だから紹介して欲しいのは兄貴の方。
自由きく身だろうし、ちょっとくらい姿をくらましてても問題なさそうだしな。」
『そう言われればそうやけど…』
「あとは…そういう意味では理性ありそうだから、変なちょっかいかけねえと思うから。
フランスの野郎とかのとこも意外に盲点な気はすんだけど、一応な、相手女の子だし変な事されたらやばいから。」
『あ~、うん。そう言う意味ではフランスんとこはやばいわ。
間違ってもやったらあかんで?』
「ああ。だから芋兄貴にあたりつけてくんねえ?」
『ロマの頼みやったらしゃあないな。すぐつけたるから、ちょお待っとき。』
どうやら納得してくれたらしい。
こういう時に深く考えないスペインは楽だ。
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