“あの”イギリス様の兄だ。めっちゃ怖い。
弟を出せ!とまくし立てられ、探してきますっ!と即通話を打ち切ったのは仕方ないと思う。
とりあえず弟を探したら説教かましながらドイツにでも逃走させるか…と、それでも弟の逃走先を考えるあたりが、やっぱりロマーノはお兄ちゃんだ。
本人に言ったら馬鹿弟じゃなくて可愛い妹ならお兄ちゃんと呼ばせてやってもいいとかなんとか、素直じゃない言葉が返ってきそうだが、そんな言葉とは裏腹に、ロマーノは意外に弟思いの兄だった。
スコットランドは今にも押しかけて来そうな勢いで怒っていたので、早急に弟を逃さなければならない。
そう思って焦って街中を探しまわって見つけた弟は、呑気にカフェでケーキなどつついている。
カッツォ!!と、心のなかで盛大に舌打ちをして
「てめえ、スコットランドに何しやがった?!!」
と怒鳴ったロマーノは悪くないと思う。
落ち度があるとすれば、頭に血が登りすぎていて、弟の正面にそれはそれは可愛らしいベッラが座っていたことに気が付かなかった事だけだ。
よくいる気の強いたくましいイタリア娘ではなく、ふんわりと空気に溶けてしまいそうな砂糖菓子のように愛らしい雰囲気の少女だった。
ロマーノの怒鳴り声にキャンディのように透き通った大きなグリーンの丸い瞳からポロポロと透明な涙がこぼれ落ちていく様を見て、普段はヴェーヴェー泣いてばかりいる弟が珍しくキレた。
「兄ちゃん、怒鳴んないでよっ!アリアが怖がってるじゃないっ!!」
と、弟に怒られるまでもなく、女の子を怯えさせて泣かせるなんてイタリア男として最低だとロマーノは慌てた。
そして少し迷ったあと、ハンカチを目にあてて震える小さく白い手を両手でソッと外して、その手に口づけをすると、うつむいてシャクリをあげていた少女が驚いたように…恐る恐ると言った様子で顔をあげた。
キラキラと透明な雫を含んだ光色の長いまつげの奥で不安げに揺れる吸い込まれそうに大きな新緑色の瞳が得も言われぬほど美しい。
その瞳に視線を合わせて、ロマーノは出来うる限り優しく微笑んだ。
「…驚かせてすまない…。」
と、まず短く謝罪すると、少女は大きな目をまん丸くしてジ~っとロマーノを凝視した。
本当に吸い込まれそうに澄んだ綺麗なペリドット。
「ベッラの前で怒鳴ったりして、驚かせてごめんな?」
と、その目を見てもう一度そう謝罪すると、少女は少し戸惑ったように…それでもコクンと子どものような動作でうなづいた。
容姿も動作も可愛い…と言うのと同時にどこか幼なげで頼りなさげで庇護欲をそそる。
弟の口からスコットランドが自分を探しているのは彼女、アリアを連れて逃げているからだと説明されて、ロマーノの頭の中で保護対象は即弟から少女へと移った。
お互い意見の一致をみているという暗黙の了解の元、まだ身バレしてないロマーノがアリアを連れて逃げ、弟ヴェネチアーノが囮になるという事で相談がまとまると、ロマーノは頭の中で彼女を逃がす手筈が整うまでかくまえそうな場所のリストアップを始めた。
ヴェネチアーノを信用していないわけではないが、万が一捕まった時になんらかの方法で居場所を吐かれては意味がない。
ロマーノはそう考えて少し治安はよろしくはないが、自分しか知らない裏通りの隠れ家にアリアを匿うことにした。
薄暗い裏道…慣れない人間が一人で歩いてはいけない類のそんな道をアリアの手を引いてひた走る。
どことなくお育ちの良さがにじみ出ている彼女にとって、それはもしかしたらスコットランドに捕まるよりも恐ろしい体験かもしれない。
そんな事を考えていたロマーノだが、どんなに入り組んだ薄汚い道にはいりこもうが、ずっと休むことなく走り続けようが、意外にもアリアは全く弱音をはくことはなかった。
つないだ手からは不安と疲労が確かに伝わってくるのに、ロマーノが気遣って疲れていないか聞くと、息を切らしながらも小さく首を横に振って、ただ巻き込んでしまった事を謝罪する。
そんな風にいかにも弱々しい外見に似合わず黙って耐えてひたすら頑張ろうとする気丈さに、余計に何があっても守ってやらなければ、という思いが募った。
そうしてようやく見えてくる隠れ家のドア。
本来自分一人身を隠すための場所で人を招くことなど想定の範囲外だったので、そこは普段の素のままのロマーノの生活にあふれていて、こんなお嬢さんを連れてくるのは気恥ずかしい。
はっきり言ってしまえば、部屋中散らかっている…というのを通り越して、見る人によってはゴミ箱のような部屋だ。
『だから兄ちゃん、普段から掃除はちゃんとしなよって言ってるでしょ!』
幼い頃にオーストリアの所で仕込まれたせいか意外に掃除が得意な弟がこの場にいたら、きっとそんな事を言っただろう。
そのくらい他人様…特にこんなお育ちの良いお嬢さんにみせるのは忍びないくらい散らかっているという自覚はある。
が、それでもいい加減アリアを休ませてやらなければならない。
ロマーノは仕方なく彼女を部屋へと招き入れた。
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