ある日、いきなり上機嫌な兄のスコットランドが訪ねてきた。
その手には古びたランプ。
イギリスは自分に向かってつきつけられるその怪しいプレゼントを前に硬直した。
昔から呪いの手紙だのなんだのを送りつけてきた兄だ。
用心するのは当たり前だろう。
できれば持って帰って欲しい…
が、国としてならとにかく、個人としては三つ子の魂百までも…で、兄に逆らうという選択肢をなんとなく選べない。
躊躇する弟に
「貴様は…兄の贈り物が受け取れない…そういう事か?」
と、いつもどおり脅しをかけた後、スコットランドは、フ、と柔らかい笑みを浮かべる。
「安心しろ。別に呪いの品とかじゃない。
もうそういう時代じゃないのは俺だってわかってる。
強いて言うなら…兄弟仲を修正しようと思って持ってきたものだ。」
初めてくらい自分に向けられた兄の優しい笑み。
その笑顔にイギリスも一瞬ほだされて手を出しかけて、しかしギリギリのところで踏みとどまった。
「これは…何か特別な力のかかっているモノなんですか?」
呪いが…とは言えないのでそう遠まわしに聞いてみると、スコットランドはそう聞かれるのも想定の範囲内だったのだろう、クスリと笑った。
「おとぎ話で【アラジンと魔法のランプ】というのがあるだろう?
あれに出てくるランプのモデルになった物だそうだ。
さすると魔神が出てきて1つきりだが願いを叶えてくれるらしい。
俺が使ってもいいんだが、和解しようと思うならまずお前の意向を優先してやろうと思った。
お前が俺を今でも憎いと思うなら、それで俺を害すればいいし、別の事に使いたいなら使えばいい。」
(スコットの言っている事は本当のことよ。そこからは魔神の気配がする)
イギリスの周りをキラキラ飛び回る妖精達もそれを裏付けるように言うので、嘘ではないだろう。
イギリスは礼を言ってそれを受け取った。
年代物のランプはそれなりに価値のあるもののようである。
おとぎ話に登場するランプのモデル…そう思うと、ファンタジー国家として心踊るものもある。
そんなイギリスの趣味を兄は知っていてわざわざ入手してくれたのだろうか…。
そう思うと少し嬉しい。
鈍く光るそれをおそるおそる手でさすってみると、おとぎ話の通り黙々と白い煙と共に魔神が現れた。
絵本だと太めの中年男のイメージだが、実物は意外にも某隣国と似たような雰囲気の思わず殴りたくなるような優男だ。
しかし相手は魔神だ。
殴るわけには行かない…と思ったが
「俺におねだりしたいことはなあに?ハニー?」
と言われた瞬間に、イギリスは全身に鳥肌をたてながらこぶしを振り上げ、しかし、その前にスコットランドの蹴りが魔神の腹にヒットした。
……はずだが、スカっとすり抜ける。
「乱暴だなぁ。でも暴力に訴えようとしても無駄だからね?」
ニコニコと言う言葉にイラっとする。
「イングランドっ!さっさと願いを言ってこの馬鹿をランプに追い返せっ!!」
自分で持ってきたくせに、イギリス以上に苛ついてそう吐き捨てるスコットランド。
イギリスだって言われるまでもなく、このナンパ男を追い返したい。
…が、何を頼めばいいんだろう。
適当な事を頼んで追い払うか…と、もうどうでも良くなってそんなことを考えていると、何故か魔神には伝わったらしく、
「だめだよ?本当にハニーが望む事じゃないと願いと認められない。
今君が一番望むこと、それを俺に教えて?」
と、無駄にキラキラした笑みを浮かべて言う。
一番の望み…と言われれば、思い浮かばなくはない。
他人に好かれたい…嫌われたくない…愛されたい…。
それは幼い頃からずっと持ち続けていた願いだが、たとえ魔神だったとしても、他人の心を変えるなんて無理だろうし、魔法でねじ曲げられた好意をもらっても意味は無い。
しかしそれも心の中で思っていただけなのに、何故か魔神には伝わってしまったらしい。
「愛されたいなんて、ハニー可愛いねぇ。むしろ俺が愛してあげたいところなんだけど…」
「ふざけるなっ!」
「それは要らないっ」
魔神の言葉に兄弟がほぼ同時にそれぞれ言うと、魔神は複雑そうな顔をした。
ざまあみろ!と少し溜飲を下げる。
いや、魔神は別にまだ悪いことをしているわけではないのだが…。
「とりあえずハニーの願いは、愛されたい…けど魔法の力で他人の気持ちをねじ曲げるのはNGってことだよね?」
と、魔神が確認してくるのに、何故か兄は
「主語が抜けてるぞ、魔神。“兄さんに”だろ?」
と詰め寄るが、魔神はつ~んとそっぽをむいて
「ハニーの望みには主語はなかったから却下だよ。」
と言い放つ。
そして、取り出したのは何故か薔薇のステッキ。
「アブラカダブラ~。皆が振り向くような可愛い子になあれ~☆」
と、それを一振り。
ポワン!っとイギリスは煙に包まれた。
煙にむせて咳き込むイギリス。
ケホッケホッ!と咳をして違和感に気づく。
咳き込む声が…高い?!
パタパタと煙を払って手で自分を確認してみて呆然とした。
「なんだこれは~っ?!!」
叫ぶ声が我ながら随分と可愛らしい…。
慌てて鏡に駆け寄ると、そこにはサラサラの長い金色の髪の可愛らしい女の子。
顔立ちは見慣れた自分の顔だが、紳士の証である太い眉が綺麗な三日月型の細い眉になっている。
「ふざけんなっ!戻せっ!!」
華奢な肩を怒らせながら、小さなこぶしを握って絶叫するイギリスに、それまで呆然としてことの成り行きを見守っていたスコットランドが、ソッと後ろからその肩を抱く。
「まあ落ち着け。とりあえず魔神は一度願いを叶えたら100年間は次の魔法を使えないらしいから、それまでお前は俺の家で保護してやる。
こんな姿を見られたらクソ髭とかクソメタボとかその他もろもろが不埒な事をしかけてきかねん。」
100年間…と聞いてイギリスは卒倒しそうになった。
「ちょ…100年て……」
「ちょうどいい。その間はUKの仕事はアイルランドかウェールズにやらせるから、お前はゆっくり休息をとりがてら、兄妹の交流を深めよう。」
「誰が妹ですかっ?!」
「…今お前は紛れもなく俺の可愛い妹だが?」
「………」
あんたのせいだろっと怒って良いのか、例えその後につく名詞が“妹”という不本意なものだとしても“可愛い”という形容詞を付けられたことに喜んでいいのか、もうイギリスにはわからない。
「とりあえず誰か来て見られる前に俺の家に移動するぞ。
必要なモノは買ってやるから、すぐ出発だ」
と、何故かヒョイッとスコットランドに横抱きに抱え上げられた瞬間、いきなりスコットランドの姿が消えて、イギリスは床に尻もちをついた。
「ってえっ…」
と腰をさするイギリスに、魔神は
「ごめんね。さっきの説明の通りあと100年魔法使えないから。」
と、そのまま落ちる羽目になった事を本当に申し訳なさそうに謝罪して、でもね、と続けた。
「とりあえず連れて行かれたら説明できないからハニーのお兄さんは妖精さんに丁重に家に送ってもらったよ」
と、言いつつイギリスをソファにうながし、イギリスが渋々座ると、自分も横に腰を掛けた。
「えっとね、とりあえず形から入るって事で、ハニーを女の子にしてみました~♪」
じゃじゃ~ん!と手を広げて言う魔神に、
「みましたじゃねえ~~~っ!!!!」
と、すり抜けるのがわかっていてもつい手が出るイギリス。
当然その手は魔神の頭をすりぬけた。
魔神はそれに、乱暴なお嬢さんだねぇ…と、苦笑すると、続ける。
「まあ聞いてよ。まずね、心をねじ曲げるの嫌だっていうから、とりあえずほとんどが男性体の国々が優しい態度をとらないとって思う姿にしてみたわけ。
そんな接し方を100年もしてたら、100年後にハニーが元に戻ってもそれが日常になっちゃう国も出てくるでしょ?
あ、ちなみに俺の魔法の効力は100年で切れるからね?」
聞いてみればなるほど、と、思わなくもないのだが、100年この姿は勘弁して欲しい…というか、自分がこんな姿になったとわかったら、優しくする以前にひどく嘲笑されそうな気がする。
そう言うと、魔神はまた苦笑した。
「あのね、ハニーは男のままでも可愛いけど、女の子になったらもう可愛すぎて意地悪なんて絶対にできないって。
あとね、普通にしてても100年で魔法は解けるけど、もしその前にね、誰かがハニーの事を本当に好きになって、ハニーもその相手を好きになった上でハニーが元に戻りたいって思って相手とキスをしたら、魔法はとけるからね。」
頑張ってね☆とウィンク一つした瞬間、止める間もなく質問する間もなく魔神は煙になってランプに戻ってしまった。
え?ええ??ちょっと待てよ、おいっ!!!
慌ててランプをゴシゴシこすっても振り回しても魔神は戻ってこない。
ちょっと待ってくれ……来週から世界会議なんだが……
呆然と頭を抱えるイギリス。
しかも…その前にそう言えば2カ国間会議があったはず。
そして、その相手は今日、一足先に書類を届けにイギリス宅へ来る事になっているのだが…。
と青くなっていると、間が悪いことにチャイムの音。
少なくとも実兄スコットの態度は確かに良い方向に変わった気はする。
おそらく相手によってはそれまでのイギリスへの嫌悪が少し押さえられるのかもしれないが、相手によってはやはり嘲笑されるだろう。
さて、ドアの向こうのあいつはこの姿を見てどう思うだろうか……
仕事が関わっている以上逃げることもできず、からかわれたらとりあえず蹴り倒そう…と、そう決めて、イギリスは覚悟を決めて玄関のドアノブに手をかけた。
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