そんな二人に拓郎を始めとして残った一同が少し不安げな顔を向ける。
「重大な…報告があります。」
苦い物を飲み込むようにコウがつばを飲み込んで、口を開いた。
言ったらもう引き返せない。
真実は…必ずしも正義ではない。
それがわかってても言うべきなのか、自分でもわからない。
それでも…フロウと約束したのだ。
その事だけがいまやこの困難な役割をこなす原動力だった。
「木村剛を殺害したのは…田端浩平ではありません。」
コウの言葉はリビングにいるみんなに衝撃を与えた。
過去3回、殺人事件を暴いて来たが、今回ほど暴くのが気の進まない事件はない。
それでもコウは口を開いた。
「木村剛の殺害について、これから説明しますので、全員着席をお願いします。」
コウは後ろにいるユートとアオイ、湯沢にもチラリと視線を向ける。
そして3人が席に付くと続けた。
「まず殺害方法に関しては絞殺、これは変わりません。
木村剛は絞殺された上で魚網に包まれ、見晴し台から遺体が発見された桜の木まで張り巡らされたロープを滑らせて桜の木まで運ばれました。
アオイが昨日見た白い物体というのは、その滑り落ちる魚網に包まれた木村剛の遺体だったんです。」
コウの言葉でリビングにざわめきがおこる。
「まず始めから説明します。
犯人はその仕掛けをつくるため、まずロープを持って見晴し台に登り、ロープを手すりを挟むようにして、ロープの両端を下に落としました。
その後、見回りと称して外に出ると倉庫からゴムボートを出し、宿の裏側に回ってボートを使って水に垂れたロープの両端を回収、そのまままた岸に戻ってその両端を桜の木の後ろで結び、丁度見晴し台の手すりと桜の木を輪っかでつなぐような形にして、ゴムボートの空気を抜いて宿の中に持ち込みます。
その後跳ね橋があがりました。
そして普通に全員揃っての夕食。
この時点で共犯者があらかじめ木村と田端の間に亀裂が入る様にさせ、なるべく二人がコミニュケーションを取らない様に画策しました。
そして食後、共犯者が自分が田端をひきつけておくからと、木村に自室にボートを隠す様にうながします。
これはたぶん…田端が自分に気があるだけで、自分は木村といたいから、後でボートで抜け出して二人きりででかけようとでも言ったのでしょう。
ここで木村は”自分で”自分の部屋にボートを隠し、のちに何も知らない田端が自室に戻ります。
そして犯行時刻。
共犯者が携帯かメールか何かで木村を呼び出します。
これはおそらく空き部屋の鍵が手に入ったから一緒にとでも言ったのかと思います。
そして普通に身一つでオートロックの部屋から木村が出た事で田端以外入れない密室の完成です。
その後犯人は空き部屋で木村を殺害。そのまま見晴し台まで連れて行き、あらかじめ持ち込んでおいた魚網に魚と共に遺体をいれ、ロープの結び目を引き寄せてロープをほどき、網を通すとまたロープを結んで木村を桜の木の根元まで滑らせます。
そして木村が桜の木に到着したタイミングでまた結び目をほどいて一本のロープに戻してそれをたぐり寄せて回収しました。
魚を一緒に網にいれたのは、おそらく遺体を魚に見立てている様にみせて、遺体を網に入れないといけなかった本当の理由を隠す為かと思われます。
その後は朝まで普通に過ごし、跳ね橋をおろして皆が遺体を発見するのを待ち、さりげなくボートが田端と木村の部屋から発見されるのを待ち、それで田端が犯人ということにして拘束。
見回りに行ったのが誰か、木村と田端で揉めていた原因は誰かを考えて行けば、主犯、共犯はわかると思いますので、ここでは明言を避けました。
以上です」
「これは…すごいな。推理小説みたいだが…。実際それが行われた証拠があるのかな?」
コウが一旦言葉を切ると、拓郎が拍手をして立ち上がった。
「証拠は…いくつか…。一つはこれです…」
コウは俯き加減にそう言うと、ビニールに入ったハンカチを取り出した。
「蜘蛛の巣と…それについた桜の花びら。昨夜客室の掃除をしていたという拓郎さんの肩についていた蜘蛛の巣を払ったハンカチです。客室は全部海の方向を向いています。もし窓を開けていたとしても…さすがに反対方向にある桜の花びらは入ってきません。」
コウは深いため息をついた。
「遺体を包んでいた網は…その日の朝に漁に使ったはずなのに何故か埃のついた蜘蛛の糸がついてました。これは見晴し台で付いた物かと思われます。さらに桜の木の幹には何か紐のような物で擦った後、見晴し台の手すりも同様に何かで擦ってその部分だけさびがはげたような跡がありました。以上から遺体の移動法はほぼ間違いないと思われます。
おそらく…以上の推論を説明した上で要請すれば警察も通話記録を調べるでしょうし、そうしたらさらに…」
「もういいよ、碓井君。」
うなだれてぽつりぽつりと語るコウの言葉を拓郎が遮った。
「君の言う通りだ。木村剛を殺害したのは私だ。真由は何も知らずに私の指示の通りに動いただけだ。」
「伯父さんっそれはっ!」
「黙っていなさいっ!」
立ち上がって口を開く真由の言葉を拓郎は強い口調で遮った。
「動機は…京介君の事ですか?」
やはり俯き加減で言うコウに、
「驚いたな…そこまでどうやって調べたんだ…。」
と、拓郎は目を丸くする。
「そう…真由は4月生まれ、京介は3月生まれと約1年違うが、二人とも高校二年生だった。
二人とも両親の夫婦仲が悪くて小さな頃からよくここに預けられててね、真由は調理や掃除などを担当、京介はよく食事時にピアノを弾いてくれて…小さなピアニストとして喝采を受けていた。
ずっと独身だった私には二人は我が子も同然だったんだ。
二人とも大きくなったらここで働くんだと言ってね、真由は高校を卒業したらそのまま、京介は音大を出て有名なピアニストになったらここでコンサートを開くんだとよく言ってた。
そのためには普通の勉強も必要だからと塾に行って…勉強は得意じゃなかったがあの子はあの子なりに一生懸命勉強して…クラスがあがったと思ったら入れ違いにクラスが下がった田端とその仲間の木村に暴力を振るわれて…指を骨折。特に左手の中指はもう二度と動かないとわかった翌日、京介は塾の屋上から飛び降りて命をたったよ。
しかしスキャンダルを怖れた塾に受験ノイローゼで片付けられ、京介を殺したも同然の二人はなんのお咎めも無しだった。
そこで私は真由に奴らに近づくように言って、ここに連れて来させたんだ。
あとは碓井君の言う通りだよ。
…まったく…驚いたな。
君みたいな子に出会う確率なんてありえない低さだろうに…こんな時にこんなタイミングで出会うとは…。
運がいいのか悪いのかわからないな。」
「自首…してもらえませんか?」
コウが顔をあげると、拓郎はにっこりと微笑んだ。
「そうだな…復讐はもう終わったし、もう一度ワルツ第7番嬰ハ短調をリクエストさせてくれるなら。
今朝半年以上ぶりに聞いた生演奏は…本当に懐かしくて楽しかったよ」
「わかりました…」
その言葉にコウは立ち上がるとピアノの前に座って蓋を開けた。
そして流れる哀愁に満ちた優美な音楽。
0 件のコメント :
コメントを投稿