リトルキャッスル殺人事件_オリジナル_9

朝…本当に何も起こらず平穏に夜は明けたらしい。
コウはいつもの習慣で5時には目を覚まし、部屋でもできる腕立てや腹筋などにいそしんだあと、シャワーをあびた。
いつもならランニングもするところだが、跳ね橋があがっていて外にでられないので、どうも時間があまる。
しかたなしにバルコニーにでて、昨日拓郎から借りておいた釣り竿に餌をつけて糸を垂らした。

宿の壁の周りから半径20mほどの人為的に作られた湖。
宿の側面方向から海へと水路がつながっているので、魚も釣れるわけだ。
まあ…釣りの才能はないというか…向いてないっぽいが。
じっくり待つのが苦手なコウはすぐ飽きる。
ああ、暇だ…。
仕方なしに寝ているユートを起こさない様にソ~っと部屋を抜け出すと、下に降りた。
「おはよう、早いね、碓井君。」
拓郎も朝早いらしい。というか朝食の準備をしてくれている。
「おはようございます。手伝います。」
コウは言って自分もエプロンを付けると拓郎と並んでキッチンにたった。

「君は…なんだか海陽学園トップの成績なんだって?真由から聞いたが、すごいな」
拓郎はみそ汁をまぜながら、料理を盛りつける皿を戸棚から出して並べているコウに話しかけた。
「いえ…たまたま他の人間より早い時期から他の人間より長い時間勉強してただけですから」
「いやいや、長くやってもトップに立てるのなんてほんの一握りだ。君はあれかい?やっぱりすごい塾とか行ってるのかい?」
あ~今回はよくその手の話が出るな~と思いつつ、コウは苦笑した。
「いえ、中学までは家庭教師でしたが、高校に入ってからは参考書片手に自己学習です」
「ほ~それでトップとはすごいな。…昨今はみんな塾とかに行ってるようだが…そんな話を聞くと意味があるのか考えてしまうね…」
「あ~…人によるんでしょうね。俺は基本的に他人と接するのが苦手なので…。でも誰かと一緒に切磋琢磨しながらの方が伸びる人間もいると思います。」
「そうか…でも塾は…学校みたいな部分があるからね、今は。勉学と別の部分でトラブルが起きる場合もある…」
拓郎はそこで話を切った。
やはり…真由も高校生だし気になるんだろうか…。
まあ女の子でしかもここで働くのなら、それほどムキになって勉強勉強言わないでも良いとは思うが…。

「あ…そういえば…ダイニングにはピアノがありましたね。拓郎さんが弾かれるんですか?」
話が途切れたところで、沈黙が続くのが苦手なコウは一生懸命話題を探し、ふと思いついた事を口にしてみる。
「ああ、いや。甥がね…。真由の弟なんだが去年事故でなくなって…それ以来誰も弾けないままだ。」
触れちゃいけない部分に触れたか…と、コウは慌てて
「すみません。」
と謝罪した。
「いや、気にしないでくれ。誰か弾けるといいんだけどね。今年のシーズンにはピアノ弾ける子でも雇うかな。
甥が生きている頃は普通にショパンとかが流れていたものだが…流れなくなるとなんとなく寂しくてね…
レコードで聴くのとはまた違った趣があるから…」
少し伏し目がちに言う拓郎にコウは思わず
「弾きましょうか?」
と声をかける。
「おや、弾けるのかい?碓井君。」
目を丸くする拓郎に、コウは少し微笑んだ。
「まあ…かじった程度ですが。ショパンのワルツくらいなら。」
「君はホントに呆れるほど何でもできるんだな。じゃ、ワルツ第7番嬰ハ短調とかリクエストしていいかな?」
「ああ、哀愁に満ちた良い曲ですね。了解です。ピアノお借りします」
コウは手を洗ってエプロンで拭くと、ピアノの前に座った。

部屋には優美で…しかし寂しげな曲が流れる。
拓郎は料理の手を休め、ダイニングの椅子に座ってそれを聴いていた。
「京介っ?!」
その音を合図にしたように階段から駆け下りて来た真由の声にコウは一瞬手を止めた。
「あ…ごめん…なさい」
ピアノの弾き手を確認すると口に手をあて俯く真由に、コウは
「いや…こちらこそ悪い。ピアノ借りてる。」
と頭を下げる。
「事情は聞いてるから…あまり気分が良くないようなら中断するけど?」
と一応コウが聞くと、拓郎が
「私が弾いて欲しいと頼んだんだ」
と、補足した。
それに対して真由は
「ううん…すごく懐かしくて…。その曲弟が好きだったから。良かったら続きを弾いて?」
と拓郎の隣に腰をかけた。

また指を鍵盤に滑らせるコウ。
しばらくリクエストされるまま他の曲も弾いていると、
「ガリ勉君は女ウケする事はなんでもできるんだなっ」
といつのまにか降りて来た田端がコウの肩に手を伸ばした。
一瞬さてどうするか…中断して対応するかな、と悩んだコウだが、次の瞬間
「この子に触るなぁっ!!!」
と、いきなり激昂して叫んだ拓郎が田端を投げ飛ばした。
ずっと穏やかだった拓郎の豹変ぶりに思わず手を止めるコウ。
音がやんだ事でハッとしたらしい。

「いや…昨日揉めたと聞いてたから…ここで揉められたくなかったんで」
と、ボソボソっと言うと、
「食事…そろそろ運んで来よう」
と、拓郎はキッチンへ消えて行った。



Before <<<      >>> Next


0 件のコメント :

コメントを投稿