その後すぐユートとコウの部屋を訪ねる由衣とアオイ。
二人を中に招きいれると、ユートはそう言って由衣を軽くにらんだ。
「あははっ、例えばユートが毎回古文赤点で追試組なこととか?」
「お前は~!!」
その場で逃げ回る由衣を追いかけるユート。
やっぱりかなり仲良く見える。
それをジ~っと見つめるアオイに気付いて、ベッドに座って携帯をかけてたコウが、
「ユートうるさい。」
と一言。
ユートがその声で自分に注目すると、コウはチラリとアオイに視線を向け、ユートにアイコンタクトを送る。
それでまたアオイの憂鬱に気付くと、ユートはあわてて
「コウごめん。ほら、お前が馬鹿な事言うせいで怒られたじゃん。アオイ見習えよっ。こんなに可愛いっ」
と、由衣に言ってアオイを後ろから抱きしめた。
「はいはい。もうベタ惚れだね、ユート」
由衣も空気を読む人間らしい。
そう言うと、ニコリと二人に目をやって、それからちゃっちゃと話題を変えた。
「で?碓井君はどちらに電話?」
「決まってんじゃん。最愛の彼女様。」
「超可愛いんだって?」
「うん、容姿は他の追随許さんくらい可愛いよ」
ユートの言葉に由衣はちょっと目を丸くした。
「”容姿は”なの?なに?性格は悪いの?」
由衣の言葉にユートはあわててシ~っと人差し指を唇に当てて声をひそめる。
「お前なぁ…んな事いったらコウにマジ殺されるぞ。コウの方がベタ惚れの”命より大事な彼女様”なんだから」
そのユートの言葉に由衣もやっぱり声を小さくする。
「で?結局性格はあれなの?そうなの?」
その由衣の言葉にはアオイが極々普通のトーンで答える。
「えっとね…やんごとないの。」
「やんごと…ない?」
その言葉にぽか~んとする由衣にアオイは大きくうなづいた。
「お嬢様育ちでね、悪気はないんだけど突飛なの。だから多分…コウくらいスペック高くて何でもできないとついていくの無理。」
「なるほど…ね」
複雑な表情でうなづく由衣。
そんな話をしているうちに、コウが電話を終えたようだ。
ベッドの上で携帯を切ってため息をつく。
「なに?姫なんかかわった事あったって?」
ユートがそれにきづいてコウを振り返った。
「いや、単に新しい家庭教師の話してただけ。といっても春休み限定で、新学期から郷里に帰って郷里の塾で教える予定らしいけどな。」
「おや、そうなん?」
「ん。なんだかこっちの塾で教えてたんだけど、受け持ってた塾生の一人が自殺したとかでショックを受けて、こっちの生活に見切りつけてUターンらしい。」
「んで、心配なわけね。」
ありえないくらい心配性で悲観主義者なのもコウの特徴の一つで…楽観主義なユートからするとそれがおかしい。
クスリと笑っていうと、コウは眉をひそめた。
「当たり前だろ。姫になんかあったら…」
「いや、だってその講師が殺したわけじゃないし、普通に何もないって。それよりどこの塾よ?」
「あ~計西会だったか。大手の。」
コウの言葉に由衣が反応した。
「あ、そこね、確か木村達も行ってたはずよ。進学率は確かに良いけど、キツい事でも有名よね。
受験ノイローゼかなぁ…やあねぇ…」
由衣の言葉にコウは
「まあ…姫に限って受験ノイローゼはないけどな。勉強なんてできないでも全然かまわんし」
と、またため息。
そこで由衣はまた話を移した。
「碓井君の彼女さん…すごい美少女なんだって?やっぱり女は顔?」
由衣の無遠慮な質問にコウは即首を振る。
「いや、まあ容姿も声も何もかもありえんくらい可愛いのは事実だけど…」
と、全く照れもなく淡々と肯定するコウに苦笑するユートとアオイ。
そんな二人に気付かずコウは続けた。
「つきあった理由は別。」
「なに?」
身を乗り出す由衣。
「楽しいから。」
「はあ?」
聞き返す由衣にコウは少し笑みを浮かべた。
「ふわふわしてていつでも幸せそうに笑ってる彼女を見てると、こっちもすごく楽しい気分になれる。
ありえんほど楽天家で人生楽しそうなところが彼女の一番大きな魅力。」
「あ~なるほど。そうだよね、フロウちゃん確かに人生楽しそうだ。」
アオイが納得したように大きくうなづく。
「だろ?」
とそれにコウが破顔した。
似た者同士の二人の間ではなんとなく納得出来たようだが、由衣はぽか~んだ。
「碓井君みたいに何でもできる人がつきあうのってそんな理由なんだ…。
顔とかお育ちとか成績とか…もっと色々あるのかと思ってたよ。」
とつぶやく。
「ん~ほら、自分がつきあうのに何が必須って人によって違うしさ。
コウは自分が出来る人間な分色々考えすぎて悲観的になるからさ、泥沼から引きずり出してくれるあり得ないほど楽観的で前向きな彼女が必須なわけ。
俺さ、それ言ったら真由が木村とつき合ってる方がよっぽど不思議よ?」
ユートがそこでフォローをいれると、由衣は
「あ~うん。私真由はてっきりユートとつきあうのかと思ってたよ。」
と言ってユートを青くさせた。
「おま…何言ってるん?あれとはもう思いっきり友達でしょっ!ありえん!」
慌てるユートに、由衣もまずい事を言ったときづいたようである。
「うん、あ、あれよ、二人ともフリーの時期長かったからさ。私らと違って。それだけの理由っ。
でもま、アオイちゃん見てユートはつき合うならこういうタイプだったのか~って納得したっ」
と、慌てて付け加えた。
慌てる二人に余計にクルクル悲観的な想像が頭をまわるアオイ。
コウは一人部外者としてその様子を外から見て、秘かにため息をついた。
こういう類いの話題のフォローは…下手に自分がしようとするとどつぼにはまるということはいい加減コウも学習しているものの、このまま放置するとまた飛んでもない自体に発展しそうである。
しかたなしに
「4馬鹿いるし、他の女子放置で大丈夫なのか?」
と、全然違う話題をふってみた。
「あ、そうだよねっ。そうだったっ。そのための生け贄にユート誘ったのをすっかり忘れてたよっ!呼んでくる」
と、由衣は慌てて部屋を出て行く。
「おい…呼んでくるって…俺らの部屋に居座るつもりか、あいつら…」
とりあえず話題が変わった事にホッとしながらも、呆れて息をつくユート。
「まあ…それも宿代に含まれてるんだろうから耐えろ。それよりアオイも気をつけろよ?なるべく俺かユートから離れない様にな」
と、コウはユートとアオイにそれぞれ声をかけた。
「あ、うんそうっ。言い忘れてたけどそういう事なんだっ。まあ…今までの見ていい加減察してたとは思うけど。
アオイ絶対に一人にならないでねっ。いざとなったら由衣とか差し出して逃げていいからっ。」
と、外道な発言をするユート。
それにアオイはちょっと吹き出した。
それからは伯父の手伝いをすると言う真由をのぞいた女3人がユート達の部屋に押し掛けて来て大騒ぎ。
なんのかんの言ってコウの取り合いで、コウと親しいアオイをも引き込もうとする3人。
そんな中でユートはコソっと由衣の肩をつついた。
「由衣…ちょっといい?」
少し真面目な顔で言うユートに、ふざけてはしゃいでた由衣も真剣な顔になってうなづいて、集団から少し離れた窓際に移動した。
「どした?」
と、コソっと聞く由衣に、ユートはちょっとうつむく。
「今更さ…俺が聞いていいような事じゃないんだけど…」
「うん?」
「真由ってなんで木村なんかと付き合い始めたん?」
入学して最初に席が隣になった女子、それが朝倉真由だ。
割とへらへらとしたユートとは対照的に、生真面目で…若干内向的。
今時の女子高生とはちょっとかけ離れたタイプで、いい加減なところがなく、それでいていつもにこやかな笑みを浮かべていた。
上と下を姉と妹に囲まれて、本当に女の裏側を見て育ってきたユートにはその真由の裏表のなさはすごく安心できるもので、向こうは向こうでユートの人当たりの良さに好意を持っていた気がする。
いつか特別な仲になるのかも?と思っていた時期もあったが、アオイと出会う少し前、真由自身の口から木村とつき合う事にしたという報告を受けて以来、席も遠くなったこともあって、なんとなく疎遠になっていた。
女はちょっと悪っぽい男に惹かれるものだとはよく聞くが、生真面目な真由がというと、なんとなくピンとこない。
今それを聞いたからといってどうなるものでもないのだが、それでも高校入学から1年半、おそらく一番近かった異性としてはなんとなく気になるところで…できればもうちょっと彼女に似合った男に乗り換えてくれないものかなと思う。
「ん~…」
由衣はユートの言葉にチラリとアオイに視線を移した。
「今それ聞いてどうするのかな?ユート彼女いるわけだし…」
と、もっともな言葉を口にする由衣とそれに
「そうだよな…」
と肩を落とすユート。
「ま、それでもあの状態じゃ気になっちゃうのが”良い人担当”のユートだよねっ」
由衣はそう言ってうつむくと、
「実はね…」
と話し始めた。
「由衣さ…親離婚してるじゃん?
元々親は由衣が物心ついた頃には喧嘩ばっかしてて、よく弟と一緒にここの拓郎伯父さんに預けられてたらしい。
んでさ、ほぼ家族って両親よりは伯父さんと弟って感じだったわけよ。
だから学校卒業したら母親ん家出てここで伯父さんを手伝って暮らすつもりらしいんだ。
で、弟は音大目指してて、でもやっぱり最終的にはここで暮らすつもりだったらしい。
ところがさ、去年の7月ね、しばらく由衣休んでたじゃん。あれ、弟が事故で死んじゃったからなんだって。
で、すご~くガックリしてたその頃にたまたまバイトで一緒になったのが木村だったらしくて…。
まあ…もう過去の話だから言うけど、5月頃には真由、夏休み前日にユートに告って夏を一緒に過ごしたいとか言ってたんで、私らも意外だったんだけどね。
ごめん、だからさっきポロっとそれが口に出ちゃった。」
「そう…だったのか…」
もし…自分がもう少し勇気を出してたら…ユートは一瞬頭をよぎったが、人生にifはない。もうすでに過去の事だ。
今の自分にはもうアオイがいる。
「せめて…真由ももうちょっと良さげな奴に乗り換えてくれたらな…」
それでも口をついて出るユートに、由衣もうなづいた。
「うん…。だから今回ユートが男友達連れてくるって聞いた時ちょっと期待しちゃった。
つか…無理かな?あれだけスペック高い男ならどう考えても木村より良い気するんだけど…」
確かに…コウが相手なら絶対に幸せになれる気がする…が…
「無理…。あいつだけは無理…」
ユートはため息をついた。
「どうしても?」
ちらりと自分を見上げる由衣にユートはうなづく。
「コウはほんっきで彼女に惚れちゃってるから。彼女のためなら何でもするし、彼女に死ねって言われたら死ぬし、彼女が死んだら後を追うって公言してますよ?」
「うあ…まじ?」
「うん、マジ。実際…ホントにやりそうな感じだよ、口だけじゃなく。あいつの夢は東大現役合格して順調に卒業して警視庁に入って彼女と結婚する事だから。それ…約束してるからな、すでに。親公認のつきあいで、彼女っていっても婚約者に近いんだ。」
「ありえんね…まだ高校生で…」
「それ言ったら…奴の存在自体がありえんしょ。スペック高すぎて」
「まあね…」
部屋の隅のベッドの影でコソコソっとそんな話をしているユートと由衣に、アオイがジ~っと心細げな視線を送っている事に気付いたコウはまたため息。
ここにいる女子全員ユートの友人だから仕方ないと言えば仕方ないのだが、アオイの心中を考えるとやはり見過ごせない。
「ユート、俺がアオイの立場だったら今日のお前の行動めっちゃ傷つくんだが?つか、俺姫にそれやられたらたぶん軽くノイローゼくらいにはなるぞ。アオイは気にせんかもしれないけど、見てると俺がそういう想像がグルグルまわって滅入るから、彼女のアオイ放置はやめてくれ。」
ああ、もう揉めるだろう、というか他には確実に変に神経質な嫌な奴だと思われるだろうが…まあその対象となるのが自分ならいいか、と、コウは開き直って言った。
「あ、ご、ごめんね。そんな事ないよっ。私全然気にしてないからっ」
慌てて顔の前で手を振るアオイ。
その言葉でさぞや凍り付くだろうと思った空気は意外になごやかなままだ。
「あ~、ごめんね、私が悪かったっ!抜け駆けして碓井君の事根掘り葉掘り聞いてたっ!
ぶっちゃけユートの事はどうでもいいんだけどっ!つか、聞くまでもなく情けない逸話いっぱい知ってるしっ」
ヘララっと由衣が頭をかくと、
「あ~きったな~!!仁義ない女ねっ由衣!」
とあとの二人がそれにのって盛り上がる。
「でもさっ、実はアオイちゃんが一番のライバルっ?!碓井君てさっきからアオイちゃんには妙に優しいっ!」
と、そこで由衣はアオイに振る。
「ユートっ!しっかり捕まえといてよっ!ライバル増えるのは勘弁っ!」
と、ビシっとユートを指差す由衣。
なんだか…空気をしっかり読むのと明るいノリはホントにユートの友人という感じだ。
コウはちょっとホッとして苦笑する。
「まあ…アオイとは兄妹みたいなものだから。」
というコウの言葉に、アオイも少し笑って
「あ~、そうだね。なんとなく友達以上だけど異性なのはそうだと思うんだけど、男女って感じがしない」
と、うなづいた。
「へ~、お兄ちゃんて感じか~。こんなお兄ちゃんいたらブラコンになりそうだね~」
と、利香がその言葉にそう言うと、後の二人も同意する。
そんな空気を読んで明るく対応する女性陣とは対照的に、ユートは内心冷や汗だ。
確かに今日はあまりにアオイに対しての気遣いができてないと思う。
本来空気を読むのが苦手なはずのコウに何度もさりげなく指摘され、フォローをいれられ、そしてとうとうさりげなく言うのを諦めて空気を読みつつもあえて無視してはっきり言われるなんて、本当にありえない。
まだ揺れているんだろうか…自分は…。
今自分が好きなのは確かにアオイのはず…。ユートは自分に言い聞かせるように心の中で繰り返す。
そんな事を考えているのを間違ってもアオイに気付かれない様にしなくては…。
ユートが少し動揺していると、不意に内線がなって由衣が出る。
そして内線を切ると
「ね、そう言えば部屋にもお風呂はあるけど、大浴場あるから入ってって真由が言うから入らない?」
と提案した。
「そうだね~せっかくだしっ。アオイちゃんも行こう!」
と、利香もそれに同意する。
「あ、ユート、一応男連中がのぞいたりとか乱入したりとか変な真似しないように浴室の前で見張っててね♪」
と、真希は当たり前にユートに声をかけた。
そうやって事態が動いて行くのにちょっとホッとしながらも、ユートは
「はいはい、俺は”男”に入ってないわけね」
と、ことさら呆れた風を装って了承する。
こうしてそれぞれ着替えを持って大浴場に消える女性陣。
ユートとコウは念のためにと大浴場の暖簾の前で座り込む。
そこでユートはコウに謝罪しつつも、自分が動揺しているであろう理由を話した。
「確かに…俺が今好きなのはアオイなんだけど、なんで気になるんだろうなぁ…」
ため息をついて天井を見上げるユートに、コウは静かに微笑んだ。
「俺と…アオイみたいなもんじゃないか?
友達って言うには近くにいすぎて関わりすぎてて…でも女としてみれない。
じゃ、同性と同じ感覚かというとそういうわけでもなくて、そういう面では男として放っておけなくて、沈んでたらなんとかしてやりたいし、泣かす奴いたら殴りたくなるし、困っていたら助けてやりたい。
俺は一人っ子だからホントのところはわからないが…妹とかいたらそんな感じなのかと思う。
普通女だと意識したら他の男といられるのってあまり面白くないと思うんだが、良い男と幸せになってくれと思うし、そういう時点で恋愛感情じゃない気がするぞ。」
「あ~なるほど。そうかもな~」
ユートはその言葉に納得した。
確かに…惜しいなとか自分がフリーだったらとかそういう考えは少なくとも今の事としては思い浮かばなかった。
「意外にさ…最近コウって他人の気持ちとか読むようになってきた?」
今回はコウは本当に妙に鋭い気がする。
ユートが思わず聞くと、コウは小さく首を横に振って笑った。
「いや。俺ができるのは自己分析だけ。他人の気持ちはさっぱりわからん。
今日も来る道々それでアオイに笑われたしな。
まあ…アオイに関しては性別とか環境とか別にして思考性が結構似てて…なんとなく想像はつく気がしてきた。
あいつも俺も基本的になかなか他人に馴染みにくい性格だから…知らない人間の中に放り込まれて放置されるときつい。特に今回はみんな学校でのユート知ってるわけだからな。
自分に自信がないところに他の異性が自分の恋人と楽しげに話してたら滅入るだろう、普通に。」
あ~そうだよなぁ…とユートも俯いて反省する。
自分の中では真由とかはとにかくとして由衣は完全に異性としての対象外だったから、全く意識してなかった。
気をつけてあげないと、と、ユートはあらためてそう思った。
待ってる間案の定男4人も通りがかるが、暖簾の前に座り込んで話してるユートとコウを見て舌打ち。
「少しくらい腕っぷしに自信があるからっていい気になるなよっ!」
と忌々しげに言って、4人はそのまま通り過ぎて行った。
「腕っぷしって…勉強でかなわなくて力で勝てなくて、あと何があるのかねぇ」
と苦笑するユートにコウは
「まああんまり刺激するな。学校同じだし後々お前が困るぞ」
と苦言を呈す。
そんな事を話しているうちに女性陣が風呂から上がって来た。
それとほぼ同じくして真由が女性陣を呼びにくる。
「みんな、伯父さんこれから見回り行くからご飯の支度手伝ってくれる?」
その言葉に女4人が顔を見回した。
「えっと…お皿運びくらいならっ。でも家庭科の授業以来料理した事ないんだけど、私」
という由衣をかわきりに、私も私もと手をあげる女性陣。
その友人達に、真由は深く深くため息をついた。
「とりあえず…家庭科でやったわけだから全くできないわけじゃないよね?着替え置いたら来て」
と言いおいて、またクルリとキッチンへと消えて行く。
「どうしよう…私家庭科は味見係だったんだけど…」
と言いつつ2階へと向かう由衣。
「私も同じ様なもんよ」
と利香もいう。
真希とアオイは
「皮むきくらいなら…ね」
とそれよりはちょっとはマシらしいが…。
「怖いな…一応手伝うか…」
と、コウとユートはキッチンへと向かった。
まあどちらにしてもユートに対しては
「ユートも手伝いなさいよっ!」
と、着替えをおいて戻ってくるなり命令口調の由衣。
「皮むきくらいならできるけど…」
とユートもその言葉にエプロンをつける。
「これ千切りお願い」
と差し出されたキャベツをぶつ切りにする利香。
由衣はジャガイモの皮というよりジャガイモを向いている。
「伯父さんが獲って来たんだけど…魚おろせないよね?」
もう否定形で聞く真由に、もちろんうなづく真希。
「手伝って…いいか?すごく心臓に悪い。頼むから包丁はまかせてくれ…」
手伝っていいやらいけないやらわからず少し離れてそのすさまじい情景を見ていたコウが、自分もエプロンをつけて真由をのぞく今にも手を切りそうな女性陣全員から包丁を取り上げた。
そして…本当に千に刻まれて行くキャベツ。
クルクルとあっという間に皮が向けていくジャガイモ。
そして…綺麗な薄造りにされる魚。
「おお~~!!!」
と歓声をあげる女性陣。
「すっごいね~。碓井君料理もできるんだ?」
という声に
「一人暮らし長いから…」
と淡々と食材を切り刻んで行くコウ。
「普段やらんからここまで見事だとは思わんかった。」
と、ユートも言うが、
「知ってるだろ。一条家のキッチンは男子禁制の聖域だから。包丁なら3歳くらいから握ってるぞ。」
と、コウはこれも淡々と答えた。
「魚は竿で?」
と、手を動かしながら隣でやはりせっせと調理をしている真由にコウが聞くと、真由はちょっと微笑んで首を振る。
「ううん、網で。今朝獲ってきたとれたて。」
「どうりで…。新鮮だと思った。」
「何…してんの?コウ…」
そんな二人を所在なげに見ている一同から一歩踏み出して、ユートが呆れた声を出した。
「何って…飾り付け。」
造りにした魚でバラの花のような形を作りながら言うコウ。
「料理は目と舌で味わうものらしいぞ、一条家の女性陣に言わせると…」
元々は飾りなどに興味がなさげなコウがいきなりそんな事を始めた理由を聞いて、ユートは納得した。
「碓井君…ホント見事だね。伯父もこの仕事長いからかなり料理やるんだけど、それに勝るとも劣らない包丁さばきだと思う。勉強もできて武道もできて料理もって…ホントすごいね。」
真由が鍋をかき回しながら目を丸くする。それに対してもコウは
「どれもひとより早くから長い時間やってるだけだから。」
と、また淡々と答えた。
結局真由とコウ二人だけでてきぱきと作業を終え、それを指示通りにテーブルに運ぶ一同。
「なんかちょっとした旅館の食事みたいよね♪」
とウキウキという女性陣。
料理を運び終わったタイミングでいきなり玄関の方でギギ~っという大きな音がなった。
「な、何?!」
思わずユートに抱きつくアオイ。
「あ~、あれね、跳ね橋が上がる音。」
アオイの慌てぶりがおかしかったのか、真由がクスクス笑いをもらした。
「うあ…すごい音するんだな」
ユートも感心したように玄関の方向をみやる。
「うんっ。まあだからあんまり遅い時間だとなんだし、伯父さん毎日夕方6時から1時間外見回って夜の7時に跳ね橋あげて、朝の9時に下げるの」
まだお腹を抱えて笑い転げながら、真由は笑いすぎて出た涙を拭いた。
「ただいま~」
と玄関の方から拓郎の声がする。
真由はそこで
「アオイちゃん、可愛いね、ユート」
と少しまた笑みを浮かべると、
「おかえり~ご飯できてるよ~」
とパタパタと拓郎の出迎えに走って行った。
そして食事。
また絡んでくるかと思いきや、今度は木村と田端が何故か険悪状態らしい。
お互い顔を合わせようともせず、柿本と湯沢が顔を見合わせている。
「いったい何があったん?」
ユートがコソコソっと真由に聞くと、真由はちょっと悲しげにうつむいた。
「えと…ね、ちょっと色々誤解があって…剛、私が田端と浮気したんじゃないかって…」
「あちゃ~。」
ユートは由衣と顔を見合わせる。
「まあ…男二人で揉めてる分には良いけど、真由に矛先向くようなら俺らんとこ逃げて来いよ?
コウいればどうとでもかくまってもらえるから」
少し心配そうに言うユートに、真由は微笑んだ。
「うん、大丈夫だよ。でもありがと、ユート」
「ホント…遠慮すんなよ?」
「うん。」
ああ、ほんとだ、とユートは思った。
これを機会に他の奴に向かわないかなとは思うものの、自分がフリーだったらとかそういう気持ちは起こらない。
迷走している妹を守ってやりたいと思っている、そんな気分だった。
「アオイ、あっちの男連中多分気がたってるから、ホント一人にならないでね。」
それと同時にユートは隣のアオイにも声をかける。
「当事者じゃないっていっても、このえげつない小姑の中で唯一の可愛い子羊ちゃんだからさ。奴らに変な気起こされても困るし。」
ユートの言葉に由衣がグイ~っとユートの頬をひっぱった。
「だ~れ~が~えげつない小姑だって?」
「ほまへ~~」
ユートはひっぱられながらも由衣を指差す。
「ほ~良い度胸じゃないっ」
そんな二人のやりとりに
「またやってるしっ」
と、真由に利香に真希が笑い、アオイとコウも苦笑する。
「でもまあ…本当にアオイだけじゃなくて皆危ないから。危険を感じたらいつでもドア叩いてくれたら起きるから。遠慮しないで起こしてくれ」
と、コウはチラリと殺気立つ男性陣に目を向けて女性陣全員の顔を見回した。
「ありがと~♪碓井君やさし~♪ユートとは大違いだねっ♪」
由衣が言って胸の前で手をあわせ、
「碓井君いれば何にも怖い事ないよね~♪すっごぃ強いし♪」
と、利香と真希がにっこりと顔を見合わせて微笑む。
食後…当たり前に食べっぱなしで各部屋に戻る男4人を完全に放置で、今度はさすがにコウと真由以外の女3人組、アオイ、ユートで皿洗いを引き受ける。
コウはそのまま食堂で電話。
真由はずっと下で色々働いてたためできなかった自分の荷解きをしに先に部屋へと帰っていった。
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