唇を離すと聞いてくるフロウに、あまり心配をかけたくないので
「ああ、まあたいした事ない。それより姫はどうして?お祖父さんの家じゃなかったのか?」
と、聞くコウ。
その言葉にフロウはポンと手をうって
「そうでしたっ♪」
と、ポシェットの中を探った。
「じゃ~ん♪」
と、可愛い小さな紙袋を取り出す。
「ホントはクリスマスにプレゼントと一緒に渡したかったんですけど、思いついたのが丁度今日から7日前、12月23日だったんですよぉ。でね、1週間の設置で今日学校に取りに行ってそのままこちらに来たんです♪」
そしてフロウは
「コウさんの分♪」
と、その袋から何か取り出した。
3cm四方くらいのロケット。中を開けてみると四葉のクローバーが入っている。
そのままフロウはコウの腕を取ってユート達の方へきて、ユートとアオイにも同じくロケットを渡した。
「わぁ♪可愛いねっ。でも、これはどうして?」
ポカンとロケットを凝視する男二人と違い、はしゃぎつつも聞くアオイ。
「えと…ね、みんなと出会ってからずっと探してたんです、みんなの分の四葉のクローバー。
4人だったし4人で一緒にいる事で四葉のクローバーみたいに幸せになれるといいなって♪」
「もしかして姫わざわざそのためだけにヘリまで使ってここに来てたり?」
にっこりと説明してたフロウに、藤が笑顔を浮かべて声をかける。
「あ~♪藤さんっ!お久しぶりですぅ♪」
それまで真剣に気付かなかったらしい。
そこでようやくその存在に気付いたフロウはニコォっと満面の笑みを浮かべる。
「久しぶりだね、ジュリエット」
藤も嬉しそうに破顔すると、フロウを引き寄せて抱きしめた。
「相変わらず…なんて可愛いんだろうね、お姫様は。
幸せ届けにここまで来たって?」
「ですですぅ♪ちゃんとおまじないして来たので、きっとマリア様のご利益がありますっ♪」
抱きしめられたままニコニコ言うフロウの言葉に
「おまじない?」
と藤は首をかしげた。
藤の問いにフロウはコックリうなづく。
「屋上のね、マリア様の胸に当ててる右手の隙間にね、願い事書いた紙と一緒に7日間ご利益欲しい物入れておいて7日目に回収するんですっ♪」
にこやかに言うフロウに藤はきょとんとして
「自分ルール?それとも最近はそんなの流行ってるの?」
と聞く。
その藤の問いにフロウは右手の人差し指を立ててシ~っというように唇にあてた。
「秘密…ですよ?混んじゃうから。
自分ルールではないんですけど、たぶん知ってるのって私だけかもっ」
(そういうのを…自分ルールって言うんじゃないだろうか…)
と、その場の誰しもが思った。
「誰も知らないなら…フロウちゃんが作った自分ルールじゃないの?」
誰もが突っ込んじゃいけないと思ったその点を容赦なく突っ込む空気の読めない女アオイ…。
しかしおかげで思いもよらぬ話がフロウの口から明らかになった。
「えとね…正確には今知ってるのは、なんです。
私が小等部の頃には誰かがやってたんです。
私あのマリア様すごく好きでよく眺めに行ってたんですけど、その時マリア様の手にお願い書いた紙とおまじないかけたいらしい小物が入った袋とか一緒に置いてあるのみつけて…いつも7日間で消えてたのでたぶん7日間置けばいいのかな~なんて♪
で、たまに誰も使ってない時にこっそりやってたんですけど、いつだったかな~同じ紙と同じ袋がず~っと置かれ続けてて…10日目くらいまでは放置してたんですけど、なんだか屋上工事するって話になってせっかくおまじないしたのが無くなったら嫌かなって思って、シスターに届けたんですよね。」
「「ちょっと待って。姫…」」
コウと藤がはもった。
「たぶん…藤さん俺と同じ事考えてて…藤さん当事者だしどうぞ」
コウが譲ると、藤はそれに対して礼を言ってフロウの顔をのぞきこんだ。
「それ…もしかして5年前…台風来た頃じゃない?」
藤の言葉にフロウは
「ん~~~」
と考え込む。
「お願いだから思い出してくれる?ついでに質問。その中身は見た?」
泣きそうな…切羽詰まったような様子でフロウに詰め寄る藤。
「中身は…覚えてますよぉ。しおり。四葉のクローバーのしおりがね、3つ」
「四葉のクローバーの…しおり…」
コウはゴソゴソっとまたハンカチを探ってその中のしおりをフロウに見せた。
「これと…同じ様なのか?」
「そそっ!これですぅ♪前の年がうちの学校創立50周年で、その時だけの限定販売だったんですよ、このしおりの台座になってるカード♪ほら、クローバーの上の方にマリア様の透かし入ってるでしょう?
私もこれ買いましたもん♪マリア様ファン必須限定レアアイテムですっ。この他にも便せんとかノートとか…」
変な部分に盛り上がりを見せて脱線しかけるフロウを、コウが仕方なく引き戻す。
「ごめんな、姫。その話は今度丸一日でも聞くから…とりあえず話戻していいか?
つまり…このしおりと同じ、あまり手に入らない珍しいカードを台座にした四葉のクローバーの押し花のしおりが3枚入ってたってことでいいか?」
ため息まじりのコウの質問にフロウはうんうんとうなづいた。
「でね、やっぱり名前入りで、それぞれ、え~っと…」
考え込むフロウに今度は藤が聞く。
「ふぅちゃん、みぃちゃん、まぁちゃん?」
「あ~そう!そうですっ!なんでそれを?」
真ん丸い目をさらに丸くするフロウ。
藤はそれには答えず両手で顔を覆った。
そんな藤にちょっと困ったような顔で自分を見上げるフロウをコウは引き寄せる。
「…創立祭は…6年前。…間違いない。5年前だ…それ。桜が遺した最後の…」
そこで藤は声に詰まった。
「桜…さん?」
「藤さん達の幼なじみ…。5年前の…台風の日に屋上から転落死してる」
コウの言葉に、フロウはうつむいて
「運…悪かったんですね…」
とつぶやいた。
「運て問題…なのか?」
もうそんな事突っ込んでる場合じゃないとは思うものの、思わず突っ込むコウ。
それにフロウは大きくうなづいてコウを見上げた。
「だってもし台風の日が7日目だったら…あの雨風の中マリア様の像よじ登らないとですしっ…
足滑らせたら下手すればフェンス超えて下に落ちちゃいますもんっ。
今日とか朝方はまだ雨ふってて滑るからちょっと怖かったです」
「おいっ!ちょっと待てっ!!」
フロウの言葉にコウは青くなった。
「まさか姫…この雨の中、屋上にある高い像によじのぼったりしてたのかっ!!」
「だって…7日すぎて効力なくなっちゃったら嫌じゃないですか」
おもいっきりうなづいて当たり前に力説するフロウにコウは顔面蒼白。
「そういう…問題じゃない…だろ…」
と、呆然とする。
「そういう問題…ですよ?」
「落ちて死んだらどうすんだよっ!!!」
思い切り怒鳴りつけるコウにフロウは両手で耳を塞ぎながらビクン!と身をすくめた。
「ホントにもう二度とやめろっ!!真面目にやめてくれっ!!!」
そのままコウはギュウっとフロウを抱きしめる。
フロウは抱きしめられたまま、本気で全身から血の気が失せて震えているコウを見上げて言った。
「えと…ね、コウさん。今は下までは落ちませんよ?フェンス高くなったので…。
落ちるとしても…せいぜい1mくらい?」
「…姫……」
「はい?」
「…今俺ショック死するかと思ったんだが……」
フロウをしっかり抱きしめたままため息をつくコウ。
「でも…なんだかわかった気がする…。そういう事だったのか…。姫は…俺とは違うもんな…」
コウのつぶやきに首をかしげるフロウ。
「…教えてくれ…」
「はい?」
「もし…あ、例え話な、そんな事絶対にないわけなんだけど…」
「はい。」
「俺かユートかアオイがなんかの理由で姫の事嫌って、影で何か姫に危害加えようとしてるって何かのきっかけで知ったら…姫はどうする?」
コウの質問にフロウは一瞬首をかしげる。
「理由は?わかってて?」
「うん、理由も聞かされる。でも自分ではどうしようもない理由だったら…死にたくなるか?」
それまでは悩んでる様子だったフロウがその一言には即フルフル首を横に振った。
「だって…あとの二人は私の事好きだったら悲しいでしょう?きっと。
というか…コウさんとかあと追っちゃいそうですし。」
「うん…まあそうだけど…追うな、たぶん」
その前にたぶんショック死するんじゃないかとコウは思う。
「だから…ね、たぶんですけど…他の事で埋め合わせして仲直りできるなら仲直りかな?
それでもどうしてもダメだったら…少し離れてあげるかも?
でも相手がまた遊ぼって言って来てくれたら遊びます♪」
コウはそこでフロウを抱え込んだまま、藤に視線を送って言った。
「藤さん…訂正します。こういう事だったみたいです…」
「うん……事故死…だったんだね。ホントに桜らしい事故。」
藤はその場でしゃがみこんで大きく息を吐き出した。
「馬鹿…だよね。四葉のクローバーは葉が一枚なくなったら幸せなんてなくなっちゃうのにさ…」
俯いて言う藤の頬を涙が伝って地面に落ちる。
結局…5年前、おまじない終了の7日目という事でわざわざ台風の中おまじないをかけた袋を取ろうとしてマリア像によじ登って足を滑らせて転落…というだけの事と思われる。
「ありえないほど前向きで楽天的で…あんまり周り気にしてない子だったもんな…確かに…。
誰も恨んでもなかったし、別に傷ついてもいなくて…普通に仲直りできるって思ってたんだろうね…。
確かにそういう子だったよ、桜は…」
藤は泣き笑いを浮かべながら立ち上がった。
「で?教えてもらえる?最後の願い事はなんだったのかな?」
藤はフロウに少し微笑む。
フロウはそれに対してちょっとコウを見上げ、コウがうなづくと藤を向き直った。
「えと…四葉のクローバーみたいにずっと仲良く一緒に幸せでいられますようにって…」
「…そっか…。教えてくれてありがとう。」
フロウの言葉に礼を言うと、藤はクルリと反転する。
「ま、葉が一枚かけた時点で四葉のご利益はなくなっちゃったんだけどね…遺った人間に遺志だけは伝えてくるよ。また…高等部に遊びに行くから。その時にね、ジュリエット」
と言葉を残して、藤は館内に戻って行った。
警察と救急車が到着したのはそれから1時間後。
全てを大人に引き渡して全てが終わった。
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