ジュリエット殺人事件_10


「雨…完全にやみましたね……」
コウが空を見上げる。
「…うん…」
脱力したまま答える藤。
藤的には色々が衝撃だっただろうな…とコウは思う。
これ以上…引っ張らせるのは無理なんだが…さて何で美佳の気をひこうか…
そんな事を考え始めた時、携帯が鳴った。
「はい?」
『コウ…みつけたけど俺には無理…ヘルププリーズ…』
げっそりとしたユートの声。
「いまどこだ?」
『そこから…進行方向向いて右側の林…藤さんは…止めた方が良いと思う。つかコウは平気?』
「平気じゃなくても…仕方ないだろう。とりあえず行く。」
顔をしかめて携帯を切ると、コウは
「ユートが見つけたみたいなんですが…ちょっと要領得ないんで行ってきます。藤さんは矢木さんよろしく」
すでに嗚咽するのみの矢木にチラリと目を向け、それから藤を振り返ってコウは言った。
「了解。邪魔するようならはり倒すから…いってら」
と藤は顔をあげる。

コウが動くと美佳はハッとしたように動きかけるが、藤がその間に入った。
「もう…ユート君が見つけてるからね、無駄だよ。」
との声に、美佳は複雑な表情でうつむく。
その二人のやりとりに一瞬だけ後ろを振り返ると、コウはユートを追って林へと入って行った。

「ユート~?どこだっ?!」
あたりを見回して叫ぶと、
「ここ…ヘルプ…」
と心底力のない声が聞こえた。
声の方を振り向くと、背の高い人影が両手を振っている。
そちらに向かうと、かすかに汚物の匂いがただよう。
少し眉をひそめるコウにユートが
「ごめん…俺吐いた…」
と、力なく一方を指差した。

そちらに目を向けてコウも硬直。
おそらく途中何かまた睡眠薬入りの飲み物でも飲ませて眠らせた上でしばりつけたのだろう。
舞を両手を後ろ手に木を抱えさせる様に縛り付け、さらに腰をビニール紐で木にしばってあった。
問題は…全裸で顔を始めとしてあちこちを薄く切り刻まれている。
本人も途中で目が覚めたらしく、正気を失った様な目で獣のようなうめき声をあげながら失禁していた。
コウは携帯を取り出すと、藤に電話をかける。
「服…着てない上怪我してるんで…できれば体を包める毛布のような物があれば用意して待ってて下さい」
それだけ言うとちゃっちゃと切った。

まず自分のコートを脱ぐと木の側に広げ、暴れている舞の首筋に手刀を落として気絶させる。
そして持参している万能ナイフで注意深く腰の紐を切り、次に手の紐を切って体が完全に木から離れると舞の体を抱き上げて広げておいたコートの上にソッと降ろした。
普通に気をうしなっているだけなので過度な痛みを与えるとおそらく目を覚まして暴れかねない。
コウはそのまま舞をソッとコートにくるむと注意深く抱き上げ、
「行くぞ」
と後ろで目を背けているユートに声をかけた。

上に戻ると藤と、どうやら藤の説得でナイフを手放した美佳が待っている。
戻って来たコウ達に気付くと藤が毛布を手にかけよりかける。
が、コウがチラリとユートに合図を送ると
「俺がやるんで…とりあえず藤さん運転お願いします。」
と、ユートがその手から毛布をとりあげて藤を運転席にうながした。
「ユート、とりあえずそれ敷いてくれ。このまま包んで暴れない様に固定する。」
コウの指示でユートがとりあえず道路に毛布を敷き、コウがその上に舞を降ろすと、それを見下ろしている美佳が殺気立った目を舞に向けたが、コウは淡々と舞を毛布で巻きながら
「今は止めて下さい…。あなたと二宮さんの間の確執は藤さんやユートには無関係です。
ここで殺傷沙汰起こされると一瞬で死ぬ舞さんよりそれを目の当たりにしてその後も生きて行く二人の方によりダメージを与えます」
と注意を促す。
その言葉で美佳に気付いたユートが美佳も車の方に連れて行った。
一応舞と同席させないようにと、助手席に座らせる。
やがてコウが毛布でぐるぐる巻きにした舞をワゴンの後部座席に運んで車は出発した。

「…コウ…マジごめん…。」
単に…アオイと旅行に来たかっただけなのだ…。
そのためにちょっとだけ剣道の試合にでてもらおうと思っただけだったんだが……
こんな自体に巻き込んで怪我までさせた挙げ句、きつい部分を結果的に全部請け負わせたわけで…
「…ホントにごめんな…」
これ縁切られても仕方ないかも…とさすがに不安になって、疲れた様に無言で膝に顔を埋めるコウに声をかけるユート。
それに対してコウは顔はうずめたまま、
「まあ…ユートのせいではない。誰もここまでの事が起こるとは思わない……でも……」
と、そこで言葉を切る。
(…ま、まさか…縁切り宣言?!…さすがに怒ってる?!)
硬直するユート。
巻き込むまでは不可抗力だったにしても…さっきの舞の対処は…やっぱりヘタるのは論外だったか…
ユートはさすがに後悔して頭をかかえた。
…が、続いたコウの言葉は…

「姫に会いたい…」
「はあ??」
ど~っと力が抜ける。
一気に脱力するユートと吹き出す藤。
「碓井君の頭ん中はそれっ?!」
「高校生の男の頭に…他に何があると思ってるんですか?藤さん」
ため息まじりに顔を上げるコウ。
「いやいやいや、スーパー高校生でもやっぱ高校生の男の子なんだなぁと…」
ケラケラ笑う藤に釣られてユートも少し笑う。
シン…と暗く沈み込んでいた空気がちょっと明るくなってホッとするユート。

「子供の頃から勉強と武道詰め込まれてたから他より少しばかりできるだけで、別に俺は特別な人間なわけじゃありませんよ。根本的にあの2馬鹿とたいしてかわるわけじゃない。
頭にあるのは彼女のことで、彼女が現役で東大合格して22で普通に卒業して警視庁入ったら結婚してくれるって約束してくれたから勉強もするし、ヤバい事はしないし、その前に死んだりとかしないように危機管理をしっかりする。それだけの事です」
当たり前に言うコウの言葉に、藤は一瞬目を丸くしたあと、プ~ッと吹き出した。
「いやいや、それが普通って思ってる時点でありえんって、高校生っ。齢17歳で結婚考えてんのかっ」
それにもコウはきっぱり
「人生早いもの勝ちですっ。」
と断言する。
それにまた吹き出す藤。

「お前は…思い詰めるな。お前くらいヘラヘラしててくれ…」
ガラリと空気が変わったところで、コウが小声でユートにささやいた。
「ユートがいつも平常心でフォローいれてくれるから安心して突っ走れるってとこがあるから…力仕事は任せろ」
その言葉に、前回もそうだったが意外にこんな自分でもこのスーパー高校生の親友の役に立っているらしい事に気付いてユートはホッとする。
まあ…なんのかんの言って自分達は良いコンビならしい。

そして館にたどりつく。
舞はとりあえず松井が応急手当をする。
美佳は…衝動的な自殺の危険性もあるので拘束した上とりあえず遥と別所が見張る事に。
アオイは血まみれなコウを見て悲鳴をあげ、ユートが全身怪我だらけな舞を抱き上げたためついた舞の血だという事を説明した。
2馬鹿はとりあえず放置もなんなので藤、ユート、アオイと共にリビングへ。
コウも着替えてそれに合流する。

そうしてる間に道路の復旧が始まったとの連絡が来た。
「もうすぐ…終わるねぇ」
藤が額に手をやってソファに身を沈めて息をついた。
「…ですね…」
同じくソファの上で身を屈めていたコウがそう言って、次の瞬間ピクっと何かに注意を向ける。
「音…しませんか?」
その言葉に藤は耳をすまし、
「…するっ!」
と言って立ち上がった。
「ヘリか?」
「たぶんっ!」
二人揃ってリビングを駆け出す。
ユートとアオイ、それに2馬鹿もそれに続いた。

「警察…じゃないよね?」
広い敷地の上に止まるヘリから梯子が降ろされ、黒い背広の人間が何か白い物体を腕に降りてくる。
「あっ。コウさ~ん!!」
と白い塊は可愛らしい声で叫んで手をふってきた。
「うあ…まじかよっ」
上を見て呆れたように苦笑するユートと、その隣でやっぱり苦笑するアオイ。
梯子に走りよるコウ。

「ここで結構ですっ♪」
と、止める間もなく地上2mくらいの所で背広の男の腕から抜け出して飛び降りるフロウ。
「ちょっ!待った!!」
慌ててそれを受け止めるコウは傷に響いたのか少し顔をしかめた。
それでも天使のように可愛らしいフロウの笑顔に、すぐ笑顔を浮かべる。

「すっげえ…天使?」
「うん…めっちゃありえんくらい可愛いな…」
川本と山岸が唖然とその様子をながめてつぶやいた。

「ふふっ、来ちゃいましたっ♪お祖父様の権力使っちゃったからあとでパパからお仕置き決定です」
こぼれるような笑顔で嬉しそうにコウを見上げるフロウをコウはギュウッっと抱きしめた。
「すっごく会いたかった…」
本当に心からの言葉。
「会いたくて会いたくて…死ぬかと思った」
と、さらに強く抱きしめるコウの言葉に
「死んじゃう前に会いに来れて良かったですっ」
と自分もキュウっと抱きつくフロウ。
「姫…」
少し体を離して声をかけると、にっこり微笑む澄んだ黒い瞳に自分が映る。
そして瞳に映る自分に近づいて行くと寸前で白い瞼が幕をおろした。
コウもそれを合図に自分も目をとじ、唇を重ねる。

柔らかく温かい感触。
本当に…つらかった数々の出来事が消え去って行く。
これは…今回頑張った自分への神様のご褒美かもしれない、と、コウは思った。


「やっぱさ…つきあって4ヶ月もたつと…ああいうの平気になるのかな?」
遠目に、でもしっかりそれを見ながらアオイがユートを見上げて聞く。
「いや…あれはほら…なんつ~か…特別な人達だからさ…。普通は無理よ?
スクリーンの向こうの人って事で納得できる容姿だから許される。」
ユートはポリポリと頭を掻いてそれに答えた。
そんな二人の横では
「ま、あれ見たら舞と遥の争いなんて馬鹿馬鹿しくなるでしょ?」
藤が言うのに、馬鹿二人はうんうんうなづいている。
「あれが本当のお姫様…」
言って藤は軽く片目をつむる。




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