「近道するかな」
藤はキキ~!とタイヤの音を鳴らしてワゴンを反転させた。
「ちょっと林つっきるからしっかりつかまっててね」
と、そのまま横の林へ。
「ちょっ、藤さ…ん!地盤緩んでるんじゃ?いま」
ユートがドア横の手すりにしがみついて青ざめると
「ま、大丈夫っしょ」
と、結構楽しそうに藤は答えた。
生い茂った枝をポキポキ折りながらガッタンガッタン揺れつつ進むワゴン。
さすがのコウもやっぱり青ざめて無言で手すりにつかまっている。
そのうちガッタン!と大きく弾んだあと、ワゴンは下の方の道に降り立った。
はぁ~っと大きく息を吐き出す男二人。
「さすがの天才高校生もこういうのは苦手?」
その様子に藤が陽気に言ってチラリとコウに目をやる。
「前…向いて運転して下さい、藤さん。俺、姫と初詣に行く前に死にたくないです」
げっそりと言うコウに藤は吹き出した。
「ま、雨もやんできたしね。早ければ夜にでも警察到着できるんじゃないかな。
君達は部外者だしね…事情聴取くらいはされるかもだけど初詣は余裕っしょ。」
藤は言いながら雨の中を目をこらす。
そのまましばらく走っていたが、やがてスピードを落とし
「…舞達の車だ…」
と言って、音をさせないように少し離れた所に車を止めた。
「…降りよう。」
と言う藤を追って降りる二人。
そこでコウはユートに言った。
「お前だけちょっと別方向から俺達が見える範囲でこっそり移動してくれ。
一応矢木さん武器持ってるだろうし二宮さんを盾に使われる可能性もあるから、万が一の時は隙をつけそうな方が行動するってことで」
「らじゃらじゃっ」
その言葉にユートはコウ達から少し距離を取った。
「…一人…みたいですね…」
舞達のワゴンからボストンバッグを手に出て来た美佳は藤に気付いたようだ。
ビクっと身を震わせた。
「…美佳…舞は?」
静かにきく藤の言葉に、美佳は怯えたように藤とコウの顔を交互に見る。
「…もう一度聞く。舞は?まだ生きてんの?」
カサリと落ち葉を踏みしめて藤が一歩近づきかけると、美佳は
「こないでっ!」
と、ナイフを自分に向けて叫んだ。
「…生きてるみたいですね。死んでるなら素直につかまって自分がこんな事件を起こした発端になった二宮さんの過去の悪行を暴露でしょうし。」
後ろでコウがコソコソっとつぶやく。
「で?君に見解からすると…どうするべきだね?ホームズ君。」
藤がコソコソっとコウに聞くと、コウは
「ん~、とりあえず矢木さんが二宮さんと離れてるってことは…見つけさえすれば二宮さんを無事回収できるので、俺らは矢木さんをここに引きつけておくのが正しいかと。たぶんユートもその辺はわかってるかと」
と、少し離れた木陰にいるユートに、”行け”というようにこっそり合図した。
ユートはそれにうなづいて離れて行く。
「ということで…説得…は即断られて終わると思いますし、動機の質問お願いします。
それなら…たぶん矢木さんもむしろ話したいと思ってるでしょうし」
淡々と言うコウに
「了解。やってみましょ」
と、藤はうなづいた。
「美佳…とりあえず私だけ蚊帳の外なのは非常に不本意なんだけど?まず理由を言って、理由を。
密室のトリックもそれと1Fのトマトジュースとの関連性もわかるし、それからたどって行くと今回の事件を起こしたのが美佳だってのはわかるんだけど…肝心の動機がぜんっぜんわかんない。
殺されたジュリエットって桜の事だよね?でも5年も前の事なのにどうして今だったわけ?
そもそも舞はとにかくなんでそこに木戸がでてくんの?」
両手を腰にあてて俯き加減に小さく息を吐く藤。
美佳はそんな藤を少し悲しげな目でみつめて、複雑な笑みをうかべた。
「すごいな…わかっちゃったんだ、藤。
そうだよね…昔から私達の中で一番頭良かったもん。
強くて綺麗で頭良くて…聖星の王子様だった。
そんな藤がさ、お姫様みたいな桜と並んでるの見るのが私すっごく好きだった。
私はこんな風に冴えない子で…自分が夢の住人にはなれないけど、そんな二人が私の夢でおとぎ話だった。
なのに…なんで桜を守ってくれなかったの?」
女の世界はわからないが、女子校の世界はもっと本当にわからない…と、コウは内心ため息をついた。
自分にとってのお姫様もかなりわからないところがあるが、聖星は…”全自動電波製作所”なのか…。
しかし、まあそれも一部なのか、もしくはこっちがレアなのか、同じく意味不明と思い切り顔に書いた藤が大きく息を吐き出して言った。
「王子ってなに?王子って…。ま、いい。そのあたりの突っ込みはまた今度。
王子としてでも友人としてでも良いけど、私は私なりに桜の事は気にかけてたし守ってはいるつもりだったんだけど…桜は一人で屋上に登って行ったの目撃されてるわけで…それで他殺はありえんよね?
ってことは、何か自殺するような理由があったってこと?
少なくとも私が前日の夜電話した時にはいつもの桜だったと思う。
楽しそうでふわふわしてて…まあちょっと電波入ってて。」
やっぱり電波だったのか…と、全然関係ないあたりでしごく納得するコウ。
「木戸と舞がね…桜を殺したの。桜は自殺だったの。」
美佳はナイフを構えたままポロポロ泣き出した。
「一昨日…舞が木戸を呼び出した時、私聞いちゃったんだもんっ。
舞はうちの学校と同じ系列の男子高にBFがいて、その子を通して顔見知りだった木戸が試験でカンニングしたのをその子から聞いてそれをネタに木戸ゆすって、木戸に桜襲わせたって」
「…な…に…それ…」
サッと顔から血の気が失せて、フラっと体勢を崩す藤をコウが腕を取って支えた。
「その後興味本位のふりをして木戸に声かけたら、いざ桜を目の前にしたら結局何もできなくて、舞に頼まれた事言って謝って帰したって言い訳してたけど、そのあと、でも桜を殺したのは自分だって…言ったんだもんっ!
あいつが何もしないならなんで桜が自殺するのよっ!」
美佳はそれだけ言うと、嗚咽した。
「…碓井…君。」
青い顔でうつむいたまま藤が口を開く。
「はい?」
「死体…刺したら罪になる?」
かすれた声できく藤にコウは軽く目をつむって息を吐き出した。
「はい、なりますよ。止めて下さい。俺いて藤さんにそんな事させたら姫に怒られます」
そう言ってコウは木戸の言葉の真意を探ろうと考え込む。
そして結論にいたって、コウは口を開いた。
「木戸さんは…美佳さん風に言うと白雪姫の狩人ってとこですね…」
そのコウの言葉の意外性に、号泣状態だった美佳も怒りに青ざめてうつむいていた藤もコウに注目する。
二人の無言の問いに、コウは閉じていた目を開いて取りあえず自力で立てそうな藤の腕を放した。
「つまり…こういうことです。
ジュリエット役が欲しかった二宮さんは弱みを握っている木戸さんを使って桜さんに嫌がらせをしようとした。
ところが木戸さんはいざ桜さんを目の前にして…危害を加えるどころか逃がしたくなってしまった。
で、二宮さんが桜さんに危害を加えようとしているという事を教えて気をつけるように忠告して帰したんです。
ところが桜さんは自殺してしまった。原因は木戸さんじゃない。
たぶん…本当に子供の頃から仲が良くてお互いに好意を持っていると信じていた友人にそこまで嫌われていたという事がショックだった。それが理由。
少なくとも木戸さんはそう思ってて…自分が余計な事を言ったからだとずっと気に病んでたんだと思います」
「そんな事くらいで…」
美佳と藤が口を揃えて言うのに、コウは苦笑する。
「お二人ともそういう経験ないでしょう?あれはホントきつい。
少なくとも俺は発作的に自殺しかけた事ありますよ。ユートのおかげで今こうして生きてますけど」
コウはそこでポケットからハンカチに包んだ物を藤に見せた。
四葉のクローバーのしおり。
端っこには可愛らしい丸文字で”キドさんへ”と言う文字が添えてある。
「本当は…遺体から物を取るなんて論外なんですけどね…取って来てしまいました。
これ…桜さんの字じゃないですか?」
藤はガバっと身を乗り出してそれを凝視してうなづく。
「うん…間違いないよ。これは?」
と、藤がコウの顔をのぞきこんだ。
「行きの車で言ってたじゃないですか。木戸さんが”四葉のクローバーを天使からの授かり物だって押し花にしてお守りにしている”って言ってたじゃないですか。
あれ…正確には授かったのは四葉のクローバーの押し花なんです。
遺体調べてる時にたまたまこれを見つけて…自分で自分をさんづけなんておかしいですし、男の文字じゃないしと…。矢木さんは桜さんを語る時にいつも”天使みたいな子”とおっしゃってたのでもしかしたらと思いました。
こういう物を贈ってるという事は…たぶん木戸さんが桜さんに対して危害を加えてない証拠でしょう。
たぶんお礼の意味で渡したんでしょうね。」
コウの言葉に藤は心底脱力したように、その場にしゃがみこんだ。
「木戸さんは…たぶんとても心の弱い人で、自分の一言が殺してしまったと言う罪の意識と正面から向き合う事ができなかった。だから”天使になってしまった天使みたいな子がいて、その子からもらったお守りが守ってくれる”という方向に置き換える事で乗り越えようとしてたんだと思います。
そこへ現実をつきつける舞さんが現れた。
もちろん舞さんは木戸さんが桜さんに手を出せなかったのなんて知らなくて、木戸さんが桜さんを襲った事が桜さんの自殺の原因だと思っているので、当たり前に”お前が殺した”発言をした。
木戸さんはそれに対して原因は舞さんが言っている事ではないが確かに自分が殺したと思っているため、自分が人が一人死ぬ原因になった事をしてしまった人間だと発覚するのをとても怖れたんだと思います。
特に…藤さんあたりに…かな?
まあ…こんな分析をしても意味ない気もしますが…」
どちらにしてもそれで美佳の木戸への敵対心が消えるわけでもないだろうな、と、自分でも思うコウだったが、しゃがみこんでた藤は少しおっくうそうに立ち上がってコウの肩に手をかける。
「いや…私的にすごく感謝してる。とりあえず遺体を刺しまくって警察沙汰になる事は避けられそうだし、悪夢にうなされる危険性もなくなった。」
と、そのまま力が抜けた様にコウの肩に置いた手に額をつけて息を吐き出した。
Before <<< >>> Next
0 件のコメント :
コメントを投稿