ジュリエット殺人事件_8

「川本さん、開けて下さい」
川本の部屋のドアは鍵が閉まっていたのでコウはノックした。
「ちょっと待ってくれ」
すぐ中から返答はあるものの、なかなかドアは開かない。

「ちょっと!川本開けてよっ!何かあったの?!」
痺れを切らした藤はドンドン!とドアを乱暴に叩くが、相変わらず
「ちょっと待ってくれ」
の一点張りだ。
「これ…何かあったな。ちょいマスター取ってくるから碓井君見張ってて」
藤は舌打ちして踵を返した。
「川本さん…何かドアを開けられない理由でもあるんですか?」
コウは藤を待っている間も一応声をかけてみるが、返答がない。

「取って来たっ」
やがて藤が帰ってきて、マスターキーで鍵を開けるが、いざドアを開けようとすると開かない。
向こうから押さえているっぽい。
さすがに大の男が二人で押さえてるらしくコウと藤だけでは開かない。
「藤さん…2F組呼んで来て下さい。開けるのは男だけでいいんですが、女性陣だけにするのは怖いので」
コウが言うと、
「了解っ」
と、また藤が走って行く。
やがて2F組を連れて藤がまた戻って来た。

「理由はわからないんですが、何故かドア開けたくないらしくて向こうからドア押さえてるっぽいから男全員でちとこじあけます」
と、コウが説明して男3人でドアを引っ張る。
今度はさすがに押し切ってドアが開いた。
ドアが開いた瞬間、いきなり何かが光る。
丁度ドアの開いた所にいた藤をコウが突き飛ばした。
血飛沫が飛び、悲鳴が上がる中、コウはナイフを持った川本の腕をつかんでそのまま投げ飛ばし、ナイフを叩き落とす。

「おい…冗談じゃすまないぞ…これ。」
コウは有無を言わさずユートのカーディガンを取り上げると、それで川本の手を固定して、足元に転がる川本と中で呆然としている山岸の双方を睨みつけた。
「ご、ごめん!碓井君っ!」
藤がさすがに青ざめるが、それには
「ああ、腕だし皮一枚だから大丈夫です。藤さんのせいじゃないですから。怪我ありませんでしたか?」
と、少し表情を柔らかくして言うと、自分でちゃっちゃとハンカチを出して止血し始める。
他は本当に呆然だ。
「ねっ救急車…」
思わず言う遥に
「だから…土砂崩れで…」
と青ざめたまま言う藤。

「俺が止めなければ…お前今頃殺人犯だぞ。下手すれば藤さんの肺とか心臓とか刺してた。」
思わず凍り付く様な怒りきった目でコウが低く川本につぶやく。
川本は青ざめて震え始めた。
「何のつもりだ?」
さらに低く殺気立つコウの声。
そのままゆっくり屈むとコウはたたき落とした川本のナイフを拾い上げた。
コウの周りを沸々と怒りのオーラが包み、皆が硬直したように動けなくなる。
とりあえず…今コウが暴走すれば全てが終わる…そんな中、ユートが震える手で携帯をかけた。
「…もしもし…えと…ね…ちょっと話してほしいんだ…」
目的の相手に通じると、ユートは震える手でコウに携帯を押し付ける。

『もしもし?どうしたんです?ユートさん?』
電話の向こうから聞こえる声に、コウから殺気立った空気が消える。
「ユート…お前どこに電話かけてんだ?」
少し脱力した様に言うコウに、ユートはホッとしたように息をついた。
「いや…コウが熱くなりすぎると怖すぎて…誰かが心臓マヒおこしちゃいそうな迫力あったからクールダウンしてもらおうかと…。事情は俺が聞くからとりあえずなごんでて?」
言って少しひきつりながらも笑顔を浮かべる。
「さんきゅ。やっぱお前すごいよ。」
コウはポンと軽くユートの肩を叩くと、そのまま携帯で話し始めた。

「で?どうして閉じこもってたかと思ったらいきなりナイフなんですか?」
全員がドッと冷や汗をかく中、ユートはいつもの飄々とした口調で川本の横にしゃがみこむ。
そんなユートの雰囲気に心底ホッとしたように川本は息を吐き出した。
「木戸…殺した犯人で、今度は舞を狙ってるっていうから…」
「誰がです?コウなら…日本で一番犯罪者から遠い高校生っすよ?あいつの親って実は警視総監だし」
「ええええ????!!!!!」
やっぱり飄々と言うユートの言葉にアオイをのぞく全員が驚きの叫びをあげた。
「そんなんなら彼に藤を捕まえるように言ってくれよっ!」
川本の言葉に少し藤が表情を硬くする。
それに気付いて遥が一歩前に出た。
「川本って…やっぱり筋肉馬鹿なのね。ありえないわ。警視総監の息子いきなり刺して捕まるのはあんたでしょ?警察に聞かれたら思いっきり証言してあげるわよ?私。」
遥の言葉に青ざめる川本。
それを、まあまあ、となだめて、
「で?何を根拠に誰がそんなでたらめ言ったんです?」
と、ユートが先をうながした。

「舞が人殺しなんてするはずないし…あの部屋中から鍵かかってたってことは、合鍵持ってる藤しかいないだろ、犯人は」
川本の言葉に、遥は川本の耳のすぐ側にダン!とヒールを踏み降ろした。
そのヒールは本当に川本の耳からわずか2mmくらいの所の絨毯に跡をつけて、川本にヒッと引きつった声をあげさせる。
「残念でした…。藤は昨日あれから10時半くらいまで私とアオイちゃんと3人で露天風呂入ってて、その後は3時まで私の部屋でだべってたわよ」
ニコリと言う遥だが目が笑ってない。
「死体見つかったの6時くらいなんだから3時間あるだろっ!」
それに対して川本が言うが、
「それはない。」
と、どうやら会話を終えて落ち着いたらしいコウが、ユートに携帯を返しながら言った。

「遺体発見時刻が5時47分。で、遺体の状態から推測するに発見時に死後5~8時間くらいはたってたから。
以上の事から犯行推定時間はおおよそ昨夜10時から今朝1時前くらいだな。
更に言うなら…昨日の夜11時頃アオイが見た影っていうのが犯人の可能性高いから多分11時前後か、殺されたのは」
コウの説明にユートとアオイ、それに藤をのぞく残り4名はぽか~ん。

「この天才高校生…実は高校生とは世を忍ぶ仮の姿で、とかいうやつ?」
コソコソっとつぶやく別所に、
「NOUKINらしい意見だけど…さっき言ってたっしょ?警視総監の息子って。母親いなくて必然的に父親を始めとする警察関係者の中にいる事多かったらしいよ」
と、藤がやっぱり小声で補足する。
「カッケ~な。こんなの引っ張ってこれるってさ…やっぱり遥ちゃんの勝ちだよな」
「あんたね、この状況でまだそんな事言ってんの?」

二人がコソコソそんな会話を交わしてるうちに、コウがさっき藤にした密室トリックを説明した。
「…というわけで、だ」
一通り説明してコウは息を吐く。
「合鍵持ってるならこんな面倒なトリックなんか使わんから。藤さんはまず犯人じゃない。
というか…証拠集めに犯人の可能性のある人間なんか使うほど酔狂じゃない、俺も」
「まあ…その通りだね」
ユートも苦笑した。
「んじゃ、そういうわけで部屋いれろ。そっちの女性陣に聞きたい事があるから」
コウが言うと、川本と山岸は顔を見合わせた。

「あの…藤が犯人だと思ってたから…舞逃がさないとと思って俺らが囮になってなるべく引きつけるって事で美佳と外に…」
おずおずと言う山岸に
「こっ…の馬鹿野郎があぁぁっっ!!!!!!」
とコウがキレた。
「殺人犯とそいつが殺したいと思ってる奴セットで逃がす馬鹿がどこにいるんだっ!!!」
コウの怒声に藤以外の面々は唖然。

「とにかく探すぞっ!雨で地盤緩んでて危ないからアオイと遥さんは留守番っ。
別所さんは一応女性陣の護衛で残ってて下さい。そこの馬鹿二人は勝手に探せっ!
藤さんはこの辺り詳しいしできれば来て欲しいんですが…女性なので…」
「それ言ったら怪我人の碓井君の方が待機してた方がいいでしょ。
私は行くよ。それなりに鍛えてるしそこの馬鹿二人よりはよっぽど役に立つから」
藤は川本と山岸にチラリと目を向けたあと、コウに申し出る。
「ありがとうございます、助かります。
俺はまあ…怪我はたいしたことないし同じく馬鹿二人よりは役に立てると思うので。」
コウは言って、今度はちらりとユートに視線をむけた。
それに気付いてユートは肩をすくめる。
「俺が行かないわけないっしょ。同じく馬鹿二人よりは…略ってことでっ」
と、ユートもにやりと笑って行った。

一応コウの腕の応急手当だけすませて、2対3に分かれて探しに出る事にする。
川本と山岸は家の周りを探すという事で、ユート達3人はとりあえず土砂崩れの所まで行ってみる事にした。

「とりあえず土砂崩れの場所までは車かね…」
言って藤は車のキーを手に戻って来て3人で駐車場へ。
「…どうやら…当たりかな?」
「…みたいですね。」
車が一台足りない。もちろん舞達がのって来た車だ。
「土砂崩れの場所まで車で行ってあとは歩きで逃げましょう…ってとこかね?」
「でしょうね。」
藤とコウはそんなやりとりを交わしながら自分達が乗って来たワゴンに乗り込む。
もちろんユートもそれに続いた。




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