木戸さんは二宮さんに何か弱みを握られていて、本当は心情的には遥さん側につきたくてそのつもりだったのを、そのネタを盾に二宮さんに引き抜かれました。
これは…サービスエリアでの木戸さんの表情や態度から感じた印象。
始めからぎりぎりで裏切るつもりならしてやったりという顔しててもいいはずですし、単に二宮さんに女性として惹かれてということならもっと引き抜かれた事で喜んでもいいはず。
ところが実際の木戸さんの表情はオドオドと怯えた感じでした。
気が弱くて神経質で臆病。そんな印象受けました。木戸さん。
普通自主的に個人的好みで裏切ったりとかする度胸ないと思うので、以上から脅されての寝返りという推論が成り立ちます。
次に…昨夜この部屋に起こった事の推論に移ります。
弱みを握られた状態で協力してチェス勝負に負けた木戸さんは、当然二宮さんからの制裁を怖れます。
犯人はそこにつけこみます。
犯人は木戸さんに以下のように言います。
二宮さんが木戸さんの謝罪を求めている。ただし普通の謝罪など欲しくない。
どうせ謝罪するならこの豪雨の中バルコニーまでよじ登ってきて謝罪するくらいの事をしろと言っている。
ただし…二宮さんの立場上万が一にでもそんな事をさせたのがバレては問題だから、他に見つからない様に。
二宮さんとごく親しい人間が言う事でもあるし、ペナルティだからそういうむちゃくちゃな注文もありうるだろうと信じる木戸さん。
そこで犯人は木戸さんに時間を指定した上で、その時間に二宮さんの眠りが深くなるように睡眠薬か何かを飲み物にまぜて飲ませる。
あとは普通にドアから二宮さんの部屋に入り、バルコニーからロープを垂らして木戸さんを待ち伏せて、木戸さんがロープを伝って登って来て部屋に入って二宮さんに気を取られてるうちに後ろからさす。
木戸さんの死を確認したら、あとは二宮さんの部屋のドアの鍵をかけ、自分は木戸さんが登って来たロープを伝って降りる。そのロープの後がここにあります。かすかに塗装が剥げてる。」
と、コウは手すりの一本の下の方を指差す。
「ストップ!でもさ、それなら犯人はどうやってそのロープを回収したの?
下からバルコニーの手すりに結んだ結び目解くのは無理でしょ?それに地面には足跡ないし。」
藤の言葉にコウは自分のハンカチを出して、それを手すりに巻いて両端を片方の手でつかんだ。
「こういう事です。ロープを結んでないんです。長いロープを半分にしてその間に手すりを挟むような感じで使ったんです。
で、木戸さんにもおそらくそこから出る様に指示したんでしょうが、開けておいた1Fの廊下の窓から自分も室内に戻ったんです。
ただここで一つ誤算が。行きは良かったんですが、降りてくる際当然この豪雨なので犯人はかなり濡れていて、室内に入った時絨毯が濡れてしまった。
丁度二宮さんの部屋の真下の絨毯が濡れていれば何らかのチェックをいれる人間がいるかもしれない。
犯人は迷った挙げ句、廊下のあちこちを濡らす事にした。
水…だと雨を連想させる可能性もあるので、撹乱のため、よく血の代わりに使われるトマトジュースで非日常を演出。単にいたずらか何かでぶちまけたんだと思わせる。
これが密室のカラクリなんですが…ここで犯人の特定に移ります。
木戸さんが二宮さんからの使者と信じたという時点で、二宮さんと不仲な遥さん側の人間はありえない。
明らかに意地の悪い要求というのは目に見えてるため、相手には優しく可愛い女性に思わせたいと思っているとりまき、川本さんや山岸さんに二宮さんがそういう風に言わせるというのもありえないので二人では同じく木戸さんが信じない。
松井さん…だと当然藤さんの耳にも入りますね?
では藤さんか?
藤さんなら鍵を持っているのでトリックを使う事自体に意味がない。
で、残りです、犯人。
二宮さんと親しくて、その人が言う事なら二宮さんの言葉だと信じさせる事ができ、普通に飲み物をすすめても二宮さんが疑いなく飲む相手。
そして…二宮さんがここにいる間は施錠しない事を知っている人物。」
コウは言ってチラリと藤の表情を伺う。
「美佳…なのか…。でも何故木戸を?」
呆然とつぶやく藤にコウもうなづいた。
「そこがわかりません。が、」
「が?」
「木戸さんと二宮さんがおそらくジュリエットの死にかかわっていて、それをネタに二宮さんが木戸さんを脅していたんだと思います。
ジュリエット、桜さんが亡くなってもう5年です。
何故このタイミングに、なのかと考えた時に、二宮さんが木戸さんを桜さんの死に関する事で脅していたのを矢木さんが聞いていて復讐をと考えると納得がいくかと…。
矢木さんが食事の時に俺に姫の話をしてて、話が亡くなった桜さんの事に行きかけた時の二宮さんの動揺ぶりを見ると、二宮さん自身も桜さんの死に無関係じゃないのかもしれません。
で、1Fのいたずらに戻りますが、あのメッセージは…おそらく二宮さんに向けたものかと…。
共犯者(?)の木戸さんを密室の二宮さんの部屋で殺し、ああいうメッセージを残す事で二宮さんに恐怖とプレッシャーを与えるのが目的なんじゃないかと言うところまでは考えたんですが…」
そこでコウは動きかける藤の腕を掴んだ。
「藤さんは…暴走しないで下さい。」
「暴走するなっ?!至極冷静なる報復だったらいい?!」
そのコウの手を振り払って藤はさけぶ。
コウはその腕をまたつかんで静かに言った。
「推論にすぎません。」
「限りなく事実に近い推論だよっ!」
「暴走する前に…真実を知る方向で動くべきです。あなたにはその判断ができる理性があるはずだ。」
「真実がわかって?!それでどうなるって?!」
「とりあえず…処罰されるべき人間が処罰されて…あなたは長年納得のいかなかった謎を解決できる。
その後…あなたは新たな友人と交友を深め…俺は藤さんを暴走させずに事件を解決できて姫を傷つけずにすむ。で、姫は何も知らないまま懐かしい親しくしていた上級生と楽しく再会できる事になります。」
「そこで優波ちゃん出すか…」
思わず力が抜ける藤。
「ここで藤さん暴走して何かあったら姫が悲しむので…」
「それ…ずるいな…」
「ずるくないです。真実です。姫にホントに似てるなら…多分桜さんも…」
「それやめて…真面目に滅入る」
「すみません」
謝罪するコウに藤はため息をついた。
「木戸は本当にわからない…でも舞に関しては…自分がジュリエットやりたがってたから。だからそれが原因で嫌がらせくらいしてても不思議じゃない。私も気をつけてるつもりだったんだけど…」
「とりあえず…木戸さん本人は亡くなってるので事情聞けるとしたら二宮さんか矢木さんですが…」
と言ってコウはチラリと藤を伺う。
その無言の問いに藤は考え込んだ。
「単純に…木戸が何をやったかって事ならどちらからでも聞けるかもね。舞はお前殺されるぞって思い切り脅しかければ自分は関係ないけど木戸はって言い方でゲロするだろうし、美佳は単に私が普通に脅すだけでしゃべる…けど、聞くなら美佳の方がいいな。本人も関わってる奴から話聞いたら私が殺人犯になりかねない。」
何か苦いものでも飲み込む様に藤は言う。
「じゃ、とりあえず川本さんの部屋行って矢木さん一人連れ出して事情聞きますか…」
コウは言ってバルコニーを出て部屋に入ると、そのまま部屋を通り越して廊下に出た。
藤もその後を追う。
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