イケメンのお宅拝見?!
付き合うつもりのない同級生からのアプローチをかわすため、何故か大学内でも有数のイケメンと付き合う事になった自称コミュ障のフツメンのアーサー。
2回目のデートはそのイケメンの家で…いわゆるお家デートと言うやつになった。
日程は初めてのデートから二日後の事である。
前回のデートは午前中は講義だったので終わってすぐ大学近くのマックで待ち合わせたのだが、今日は休日なのでデートも午前中からだ。
午前11時に自宅マンション前で待ち合わせ。
何も持たずに手ぶらでとの言葉ではあったが、さすがに他人様の家に初めて招かれるのに本当に手ぶらは気が引ける。
いくらコミュ障で人間関係が希薄なアーサーでも気が引けるのだ。
だから一昨日にアントーニョの家に招かれると決まった時点で悩んだ。
考えてみればアントーニョの方は当たり前にアーサーの好みを把握していたようだが、アーサーの方は全然出来てない。
それでなくてもコミュ障なのだ。
イケメンどころかフツメンの家にすら招かれた事はない。
まあそれでも少しは知識がないわけではない。
初めての家を訪ねるなら手土産は消え物が良いだろうと言う事くらいはわかる。
無難なのは花か菓子あたりだろうが、イケメンてどんなものが好きなんだ??
と、まずはそこに悩む。
消え物だったら何でも良いわけじゃないだろう。
キラキラしいイケメンの家を訪ねるのに手土産に豆大福とか芋羊羹とかを持って行ったら引かれやしないか?
いや、両方とも美味しいし好きなことは好きなのだが、イケメンの家に持参するにはやはりもう少しオシャレ臭のする物でなければならない気がする……
かといって大げさすぎても恥ずかしい気がするし、いったいどうすれば……
こんな時に相談する友人もいないアーサーにとって、それはとてつもない重大事である。
悩んだ末に前日に向かったのは花屋。
実家では昔は色とりどりの花を育てていたが、それを用意していたのは親だったため、アーサー自身はあまり花屋に足を運んだ事はない。
そして
「いらっしゃいませ。どういうものをお探しですか?」
と客に気付いた店員がにこやかに寄ってきた瞬間、コミュ障としては気まずくなった。
ここで素直に知人の家を訪ねる手土産をと説明すればいいものを、緊張しすぎて思わず目を反らして店員どころか綺麗に並んだ花々からも距離を取る。
そうして逃げた店先にはごろりと芋のような球根が並んでいた。
ダリアにカラーにクルクマなど、時期的に5月に植えるような球根が並ぶ中、ふと目に止まったのはグラジオラスの球根。
ああ、そう言えば実家にも植えられていたな…と思うとなんだかホッとして、
「これ…贈り物用でお願いします」
と言ったら、何故だか店員に変な顔をされた。
それでも袋にいれてリボンをかけてもらって、帰宅。
切り花だと明日まで管理に気を使うが球根だから大丈夫、と、ようやく落ち着いて明日を待てる気になった。
こうして翌日、約束の日。
携帯で連絡を受けて降りて行くと、マンションの前に真っ赤なアテンザ。
「乗ったって」
運転席から出て来るイケメン。
太陽の光を背に浴びて、今日も盛大にキラキラしい。
当たり前に開かれる助手席のドア。
アーサーが礼を言って乗り込むと、また運転席に戻って、静かに車が発進した。
そして車はしばらく街中を走った末に、滑るように都心のオシャレなマンションの駐車場へ。
降りる時も当たり前にドアが開かれる。
そしてそこからエレベータで最上階、六階へ。
床も壁もどこもかしこもピカピカツルツルの妙に立派そうな通路を歩いて奥の角部屋。
「どうぞ?」
と、開かれたドア。
全体的にモノトーンで統一された室内。
長い廊下の片側は一面棚で、もう片側はおそらくバスやトイレがあるのだろう、ドアが並んでいる。
そこを抜けると1人暮らしとしては驚くほど広いリビング。
20畳くらいあるだろうか。
フローリングの床に応接セットとダイニングテーブルが置いてある。
床の上にはいくつかの観葉植物と、まだ日中だからついていないがオシャレ空間を演出するんだろうなと思われるような間接照明。
そしてダイニングテーブルの奥にはカウンターキッチンが見える。
ソファの方には上に続くシックなデザインの黒い螺旋階段があり、それを何気なく見あげていると、
「ああ、その上は寝室やねん」
と説明してくれた。
結論…イケメンの家はやっぱりオシャレだったっ!
もう絵に描いたようなオシャレな家だ。
同じ1人暮らしのマンションでも、六畳一間にバストイレキッチンというアーサーの部屋とは全てが違う。
「とりあえず何かいれるから、ソファにでも座ってて」
と、アントーニョがキッチンの方へと向きかけた時、アーサーはようやく思いだして
「あの…これ…良ければ…」
と、昨日花屋で買った袋を渡した。
「お土産?気ぃ使わんでええのに。
でもおおきに。」
と、それをにこやかに受け取って、あけてええ?と聞いてくるのでアーサーが頷くと、袋をあけて中を覗き込む。
そして…
少し垂れ目がちだが綺麗なエメラルドグリーンの目がまん丸くなった。
ぱちぱちと瞬き2回。
「えっと…これは?」
「あ…グラジオラス」
「グラジオ……ああ、球根やね?」
初めて見るイケメンのびっくり眼に、アーサーは昨日の花屋のあの何とも言えない表情を思いだして、ようやく気付いた。
手土産として花束はあったとしても、球根はないっ!
あれはそういう顔だったのだ…
消えものと言えば消えものなのかもしれないが、消えるまでに育てて咲かせなければならない時点で、消えもののメリットである、《外してもすぐ消えるものだから》という条件が当てはまらないじゃないかっ!!
むしろ育てる手間暇をかけなければならない事を考えると、置いておけばすむ微妙な置き物とかより面倒で迷惑だ。
そもそもイケメンに渡すならオシャレなものを!という前提はどこに行った?
ゴロゴロと芋芋しい球根を渡してどうする?!
それならまだ素直に芋ようかんの方がまだ手がかからなくて美味しいだけマシだったんじゃないかっ?!
それに気づいた瞬間、恥ずかしさと情けなさで思わず目の奥が熱くなって視界が溢れかけたもので潤みだす。
怖くて顔をあげられない。
それでも
「…面倒な物持ってきてごめん……」
と、ここで泣かれたら迷惑だろうと必死に涙をこらえながら言うと、そこはさすがイケメン、立ち直りが実に早かった。
さぞや嫌な顔をされるだろうというアーサーの予想を裏切って、ふわりとアーサーを抱き寄せる。
イケメンのすごく良い匂いに包まれて、涙が一瞬引っ込んだ。
そこで彼は
「ああ、誤解させてもうた?堪忍な」
と優しくささやくと、つむじにキスを落としてきて、そのまま何故か窓の方へと誘導する。
「面倒ちゃうよ?
ほら、バルコニーみたって?
親分植物育てるの趣味やねん。
せやから、なんでそんなんわかったのかなぁ思うてびっくりして固まってしもうたんや。
ほんま悲しい思いさせて堪忍な」
うながされてこれもオシャレなカーテンのかかった窓越しに広いバルコニーに目をやれば、一面のプランター。
そこには小さなビニールハウスすらあって、トマトやナス、きゅうりなど、野菜が一面に植えられている。
「すごいやろ?」
と少し得意げに言われて、アーサーがコクコクと頷くと、アントーニョはもう一度
「全然面倒ちゃうよ?むしろ手ぇかけて綺麗な花咲かせるのが楽しみやで?」
と優しい声音で迷惑ではない旨を繰り返してくれた。
「人でも物でも手ぇかけるの好きやねん。
今まで親分のそういうとこ見てくれる子ぉおらへんかったから、嬉しいわぁ。
絶対に綺麗に咲かせるから、花が咲いたら二人で花見会しような?」
イケメン、まじイケメン。
アントーニョの口から言われると、これが本当に素晴らしい贈り物で、とても素晴らしい事が出来るような気がしてくる。
ああ、本当に本当に、ただオシャレなだけでなく、このどうしようもない事態を素敵なものに変えられる能力こそ、真のイケメンだとアーサーは思った。
その後もアントーニョは相変わらずイケメンだった。
アーサーに冷たいアイスティを出してくれたあと、
「そのへんのモン適当に見て待っといてな」
と、マガジンラックとソファ横の棚を指差す。
その中にはオシャレ雑誌はもちろんだが、棚の中には歴史の本や植物図鑑なども置いてあった。
「アーティ、前に薔薇好きや言うとったから、他の植物も好きかなぁと思うて用意しといてん。
あと古代史取っとるから歴史好きなんやろ思うて歴史関係も揃えてみたんやけど…」
もう至れり尽くせりなチョイスだ。
気遣いが細やか過ぎて言葉もでない。
そしてそんな説明をしつつ、ささっと身につける厚手の黒いエプロン。
その姿はもう料理番組に出る人気俳優のようにカッコいい。
雑誌や本も良いが、それよりも手慣れた様子で鼻歌交じりに料理をしているイケメンを見ている方が楽しい。
もう、あの見事な手つきで作りだされる時点でその料理が美味しい事は保証されている気がする。
あまりにガン見していたせいか、視線に気づかれて
「もしかして腹減った?今めっちゃ美味いモン作っとるから、ちょお待っとってな」
と困ったように微笑む様子も、絵になるだけではなく、ほんわりと温かい。
そうして大人しく待っていて、しばらくすると漂ってくる美味しそうな匂い。
アーサーも別に特別腹をすかせて待ちかまえていたわけではないはずなのだが、その匂いを嗅いだ途端に居てもたってもいられなくなって、何か手伝うとキッチンに向かって申し出たら、『アーティ、なんだか可愛えな』と小さく噴出される。
それでも全く料理をした事がないと申告すると、少し考え込んだあと、皿運びに任命された。
なので指示されるまま、ランチョンマットが敷かれたダイニングテーブルにカトラリーを並べ、料理の皿を置く場所の側に取り皿を置く。
そして所狭しと並ぶ美味しそうな料理。
綺麗にフルーツで飾られたグラスに注がれたオシャレなカクテル。
「えっと…俺、アルコールは…」
「ああ、わかっとるよ。アーティは1年やからまだ未成年やろ?
せやからノンアルコールのカクテル作ってみてん」
と、ウィンク。
ああ、そうだったのか。
ちゃんとした店以外でこんな風に飾り付けられた飲み物を見た事がなかったので目から鱗。
びっくりだ。
そんな風にアーサーが目をぱちくりしていると、テーブル越しに褐色の男らしい手が伸びてきて、
「たかが一年やけどな、適当な奴やったらアルコール出したった方が喜ばれるかもしれへんけど、大事な相手にはちゃんと法律は守らせたった方がええなぁ思うしな。
その代わり、アーティの20歳の誕生日には親分、料理と一緒にとっておきの酒用意しとくから、ここで一緒にお祝いしような?」
と、優しい手つきで頭をなでる。
誕生日……
そんな時期までこの関係が続くのか?
アーサーはメアリ避け、そしてアントーニョは退屈しのぎのため、一時的に結んでいる関係だったんじゃないのか?
そもそも母親が亡くなって以来、父は忙しくて家にほとんど寄りつかなかったし、社会人の兄達も同じく忙しかったので、誰かに誕生日を祝ってもらうという感覚すらなかった。
色々な意味でさらに驚いて固まるアーサーに、誤解したのかアントーニョが少し眉尻をさげて
「…もう誰かと過ごす予定いれとるん?」
と、アーサーの顔を覗き込んでくる。
やめてくれ~~!!
そんなカッコいい顔で憂いを帯びた様子で迫って来ないでくれっ!!
間近で見るには破壊力が強すぎるからっ!!!
何でも気がつくんだから、そのへんもわかれよっ!!
そう思いつつも、おそらく真っ赤になっているであろう顔を隠すためにアーサーが少しうつむいて
「いや…中学の時に母が亡くなってから、家族も皆仕事で忙しくて今まで俺の誕生日とか気にした人間いなかったから…」
と、口早に言うと、視線を合せなかった事を何か勘違いされたのだろう。
一拍おいたあとに、いつもよりさらにさらに優しい声音で
「ほな、今までの分も親分がめいっぱい祝ったるよ。
これからはずっと一緒やで?」
と、また頭を撫でて来た。
本当に…暇つぶしのはずなのに、どんだけ優しいんだ。
コミュ障で友人もいないつまらないフツメンにひたすら優しくするのが暇つぶしの気晴らしになるなんて、どんだけ人が良いんだ。
性格の良さってそのまま顔の良さに繋がるのか?
誰が見ても等しくイケメンというレベルのイケメンと言うのは、誰かを妬んだりする必要もないから、性格が良くなるものなんだろうか…
アーサーはそんな風にひたすらに感動をする。
このイケメン、全てがオシャレでカッコいい…なのに何故かよそよそしく気づまりになるようなところがない。
そしてその彼がいる空間はまるでアントーニョそのもののように、そんな温かい空間だった。
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