それでもイケメンに限る_2

驚きは最高の娯楽とイケメンは語った


――あかん…これ、あかんやつや。めっちゃはまるわ。


アントーニョは物ごころついた頃には整った顔立ちと人当たりの良さで周りに人があふれていたように思う。

勉強はそれほど出来るほうではなかったが、スポーツは出来た。
幼稚舎から大学までエスカレータ式の学校に幼稚舎から入ったので、勉強は赤点を取らない程度に出来ていれば無問題だったし、人間関係の強弱が出来る小学生時代には、勉強が出来る子よりも運動が得意な子の方がヒーローである。

そういう意味では性格と容姿もあいまって、アントーニョは常にスクールカーストのトップに君臨し続けていたと言える。

中学、高校もそんな調子で、まあまあ裕福な家の子弟が集まるいわゆるお坊ちゃん学校に通っている人当たりの良いイケメンという時点で恋人という意味でも女の方から寄ってくるし、選り取り見取りだった。

初体験は中学の時、そんな風に寄って来た年上の彼女の1人とだったように思う。
そう、《だったように思う》くらい当たり前にして感動もなかったためにはっきりとした記憶にはない。

そんな学校に幼稚舎からいれるくらいだから、実家もまあまあ裕福で、しかし箔をつけようと、1人息子にとてつもなく甘いフランシスの親からフランシスが借りて来た資金で悪友3人で始めた事業は、知能に優れるギルベルト、人脈と人当たりには定評のあるフランシス、そしてアントーニョ自身も人当たりは良かったし若干の人脈もあったが、それよりも圧倒的に優れた勘の良さで大成功をおさめ、今に至っている。

そう…全ては順調。
手を伸ばせばなんでも叶うし成功して当たり前。
何もかもが予測の範囲内でおさまっていた。

ギルベルトはそれでも上を目指して努力をしている。
フランシスは現在を楽しんだ。

そんな中でしかしながらアントーニョは退屈だ。

普通の人間からすれば贅沢な話だが、何もかもが向こうから勝手に転がり込んでくる幸運。
見えた結果に手を伸ばせば勝手についてくる成功。

自分と同程度に他人の心を読むのに長けているフランシスと競う恋愛ゲームも一時的には楽しめたがすぐ飽きた。

そんな風に何もかもが退屈な中、惰性で通っていた大学で、アントーニョはふと面白い物をみつけたのだ。

毎週隣の講義室から飛び出して来る青年。
ずいぶんと幼く見えるが、大学に居ると言う事は単に童顔なのだろう。

なかなかモテそうな容姿の女子大生に追いかけられていつも泣きそうな顔で逃げている。
すわイジメか?!と思わないでも無くて、最初はそんな好奇心で少し調べてみた。

隣の講義室は1,2年生が取れる選択性の古代史の授業で、取っている同級生から話をきいたところによると、その男女は二人とも1年生。
大学からこの学校に来た、いわゆる外部生だ。

女の方は隠すつもりもさらさらないらしく、実にわかりやすく自由時間のたび男の方に迫っていて、男の方はと言うと逆に内気な性格らしく、なるべく目立たないようにしかしかなりきっぱり断り続けているということだ。

まあ…助けてやろうと思えば、自分が女の方にアプローチの一つでもしてやれば簡単だ。
彼女は彼に即興味をなくすだろう。

が、そこでアントーニョはふと思いついた。
逆だったら面白くないか?
男の方とつきあって、イケイケな女の方に諦めさせる。

それにはおそらくノンケである男の方に交際を申し込んで納得させ、さらに女の方には男を男に取られるという形で諦めさせるというやりとりが必要になってくる。

それはなかなか難易度の高い、楽しいゲームのように思えた。
まあ最終的にはその通りになってしまってすぐ飽きるだろうが、一時的には退屈がしのげるだろう。

始まりはそんな軽い気持ちだった。



まずは交際交渉。
ノンケにいきなり迫っても引かれるだろうと、それなら便宜上、自分は退屈しのぎで相手には女避けにという形で申し入れれば、即OKが出た。

その交渉時に初めてマジマジとその顔を見れば、元々そうは思っていたがより童顔に見える。
一応便宜上という形で始めてはみたものの、難易度をあげるために完全に落とすつもりだから、顔は重要だが、そういう意味では全然許容の範囲…というか、結構好みの可愛い系の顔だ。

フランシスは根っからのバイなので女らしい女、男っぽい女、可愛い系のいかにもネコな男から見るからにタチな男らしい男までオールオッケーならしいが、アントーニョは基本的には異性愛者だ。

フランシスと競うのが楽しくて男に手を出す事もあったが、自分より逞しい男はNGである。
ノンケでも落とせる自信はあるので相手が同性愛者だろうと異性愛者だろうと構わないが、寝るならどこか愛らしさを感じるタイプが良い。

そういう意味ではこの、下手をすれば中学生にすら間違われかねない童顔で華奢な青年は遊び相手としては上等だ。

本当のゲイ受けはしそうにないし、本人も根っからのノンケなのは見てとれるわけだが、どこか可愛らしい感じではあったので、少し優しくしてやれば普通に好意は持たれるだろうし、落とすのは簡単だろうと思った。

最初のデートで良い雰囲気まで持って行って、1週間もあれば最後までいけるだろ。
もちろん自分が楽しませてもらうなら 相手にもきちんとメリットは与えるつもりだ。

だから相手の女がきっちりと諦めるまではするから、全て完了まで半月くらいはかかるだろうか…

まあそちらの方が難航しそうだし、やりがいはある。

そう…この時はそんな風に思っていた。
本当にそう思っていたのだ。

しかしながらその予想は初めてのデートから覆される事になる。




付き合う事にした相手、アーサーとのデートの当日…

アントーニョはどうすれば自分がカッコ良く感じよく見えるかは熟知している。

だから待ち合せ場所がたかがマックとしても、少しでも自分が良く見えるように…そして相手にすぐ気付けるように、窓に面したカウンター席に陣取り、いかにもぼ~っと待っているのも様にならないので文庫本を用意する。

まあ格好のためだけにいつも持ち歩いているアイテムなので、内容は大したことのない推理小説で手にしっくりくる厚さという事に比重を置いて選び、そこにオシャレカバーをつけている。

最初のデートで渡す花束は小さめの…しかし相手が好きな花である事が重要だ。

ドラマや映画などでは大きな深紅の薔薇の花束とかを渡している図をよく見るが、アントーニョに言わせればデートの時にあれはないと思う。

相手の家に訪ねるという時でも、常日頃からよく多量の花を飾るような家でなければそこまで大きな花びんを常備しているとは限らないし、ましてやでかけると言う時にそんなものを渡されても持ち歩きにおそろしく邪魔じゃないか。

質より量なんてスマートじゃない。

花を贈る事自体は悪くはないが、デートに花を贈るなら相手が好きな花を調べて置いて、それを少量。
おしゃれグッズ感覚で気軽に持ち歩けてたまに視線を向けて楽しい。

ちなみに今回は周りにリサーチをする暇もなかったので、若干無粋ではあるが金を積んで探偵を使って調べた。

薔薇は好きらしいが派手な色合いより清楚なものを…ということで、紅より白。
ついでにティディベアコレクターだという情報も入ったので、花束を束ねるリボンに小さなティディベアもつけておく。

甘い物が好きらしいので、お茶をするのはデザートが充実したカフェ。
もちろん予約は忘れない。

観る映画も当たり前にリサーチした相手の好みに合わせ、ディナーのレストランも吟味。

帰りは車を拾うか電車か悩むところだが、タクシーよりは電車の方がアピールできる事が多そうなので、あえて電車を選んだ。

このあたりの下準備は淡々と。
呼吸をするがごとく当たり前にこなしていく。

もちろん、そんな準備をしていると相手に悟らせないのが一番重要だ。
全ては自然に偶然を装って…人生にはそんな周到に準備をしたうえでのハッタリが何においても必要なのである。


女の子ならこれでほぼ落ちる。
男だって全てが自分の好みに整っていたら、悪い気はしないだろう。

そう思って臨んだデート初日。

確かに好印象は与えられた。
零れ落ちそうに大きなまるい瞳で、いちいちほぉぉ~~と感心したように視線を向けて来る様子は、しかし恋する大人というよりは、ヒーローを見る小さな子どものようだ。

全然空気が甘くならない。
その日の夜にフランシスに愚痴ってみせたように、ナンパにかけては無敗を誇っていたアントーニョが、なんとプリンに負けたのだ、そう、プリンごときに、だ。
自分とお茶をしていて自分を見ずに、嬉しそうに幸せそうに一心不乱にプリンを頬張られたのは初めてだ。

嘆いて良いやら呆れて良いやら。
でも本当においしそうに食べる様子は小さな子どものようでとても愛らしい。
毒気を抜かれて、思わず観察をしてしまう。

そして沸き起こるライバル心。

――この子がこの店のプリンより美味しそうな顔で食べるプリンを作ったるっ!!
もう相手の反応が斜め上すぎて、こちらまで斜め上に走ってしまう。
幸いにして料理は得意なので、次のデートは自宅で手料理でもてなす事決定だ。

別れる時の事を考えて恋人は自宅に呼ばないと言う不文律など宇宙の彼方にすっとんでいった。
最初の諸々の計画は全て、いちいち自分の予想に反した斜め上の反応を返して来るアホの子の気をいかにしてひくかという一点に塗り替えられている。

予測のつかない反応。
予定外の連続。

それはなんてワクワクと気持ちを浮き立たせるものなのかっ!


その日のデートが終わった時、予想に反して相手の事で頭がいっぱいだったのはアントーニョの方だ。
相手をマンションに送って自宅に戻る道々ではすでに、次のデートの時に食べさせる手料理のメニューで頭がいっぱいだった。

とりあえず…今の時点でライバルはプリンとティディベアである。



こうして入念に下調べをし、計画をたて、準備をして待ちに待った自宅デートの日。
仮のはずだった恋人アーサーは、またやらかしてくれた。

車で迎えに行って自宅マンションに連れ帰り、予定通り紅茶の好きだと言うアーサーのために用意しておいた美味しいアイスティをいれようとキッチンに向かいかけるアントーニョを呼びとめたアーサーが渡してきたのは、可愛らしい紙袋。

大きさからすると焼き菓子かなにかかと、許可を得た上でその場であけてみたら、中にはいくつかの小さな玉ねぎのようなものが転がっている。

一瞬…ほんの一瞬だが驚きで固まった。

なんだこれは?
そこがわからないとどう反応を返して良いかわからず仕方なしにきいてみると、『グラジオラス』という答えが返ってくる。

グラジオラス…グラジオラス?花…やんな??
名称はその剣のような形から、古代ローマの剣グラディウスに由来し……

花言葉は確か…堅固、ひたむきな愛、情熱的な恋…
ああ、あとは古代ヨーロッパでの恋人達が人目を忍んで会うために利用していたのが起因して密会なんてモンもあったなぁ……

などなど、貯め込んだ豆知識と花の映像が脳内でクルクルとまわったあと、ようやくピンときた。

「ああ、球根やね?」
と確認するまでにそうはかからなかったが、それでもアーサー的には十分な間があったのだろう。

じわりと透明な滴があふれかける春の新緑のような色合いの大きな目。
それはそれでとてつもなく愛らしいのだが、続く
「…面倒な物持ってきてごめん……」
という言葉に、アントーニョは慌てた。

うああああ~~と思って条件反射で抱き寄せると、ふわりと花の甘い香りが鼻孔をくすぐる。

堪忍、堪忍な~、泣かんといてっ!!
と、まるでいきなり小さな可愛らしい子どもに泣きだされたような、憐憫の気持ちが沸き起こる。

アントーニョは正直表面上はどうであれ、他人が傷つこうが泣こうが全然気にならない男ではあったが、唯一、悪友達からはペド疑惑をかけられるくらいのレベルでの子ども好きなので、子どもに関しては無条件に幸せであって欲しい人間だ。

もちろんそれが自分に近い年の人間、成人近い人間に向けられる事など、これまで一度たりともなかったのだが、今アーサーに感じているのは、まさにそんな感覚で、とにかく慰めてやらなければ…と、脳内がフル回転を始めた。

とりあえず
「ああ、誤解させてもうた?堪忍な」
と、誤解である旨だけは早急に伝えて次を考える。

その後…ふと思い出してアーサーをバルコニーの方へと誘導した。
そこにはもう家庭菜園と言って良いレベルのものが構築されていて、今日の料理にもその収穫したての野菜が使われているのだ。

それを見せて自分は植物を育てるのが好きだと言う事を伝える。
まあ実はそれは野菜など食べるための物限定なのだが、涙が止まったあたりでそこに気づかれる前に再度室内の方へと誘導した。

「全然面倒ちゃうよ?むしろ手ぇかけて綺麗な花咲かせるのが楽しみやで?
人でも物でも手ぇかけるの好きやねん。
今まで親分のそういうとこ見てくれる子ぉおらへんかったから、嬉しいわぁ。
絶対に綺麗に咲かせるから、花が咲いたら二人で花見会しような?」
と言ったことでアーサーが少し笑みを浮かべてくれた時点でリカバリ達成。

全身にやりきった感が満ち溢れて、なんだかもういっそ清々しい気分だ。


なんだろう…いちいち色々が斜め上で、振り回されて動揺して必死になって…の連続なのだが、それが楽しい。

食事を作っていれば待ちきれないのか、ソワソワチラチラとこちらを見ているのがまるわかりで、それがまるで子どもか小動物のように可愛らしくて、思わず声をかけてしまう。

お手伝いをしたがるわりには料理をしたことがないという、もうなんというか…小さな子どもを預かってきたような気分で、危なくない、さらに失敗しないようなお手伝いを探してやらせてみたり、色々手がかかるが、それが楽しい。

食事にしても飲み物にしても、悪友達にも普通に出しているようなものなのだが、いちいち目をキラキラさせて頬張られると、本当に色々食べさせたくなる。

餌付け楽しい、マジ楽しい。

そんな中でアルコールの話になって、来年アーサーが誕生日を迎えて飲めるようになったら一緒に祝おうと提案すると、しょんぼりと俯いて、嫌なのかと思えば、今まで家族すら忙しくて誕生日を祝われた事がなかったと言われたら、もうダメだ。

その可愛いが可哀想な様子にキュンキュンする。

おかしい…こっちが気を引く予定が、もしかして自分の方が落とされてないか?!
食事を終えて菓子やツマミを食べながらおしゃべりと称してアーサーの諸々を聞きだすうちに9時を回り、名残惜しいが明日も講義があることではあるしと再度車でアーサーのマンションへ送っていく。

そうして一日が過ぎてふと気付く…

《1週間で最後までどころか、まだ親分唇にキスすらしてへんやんっ!!!》

絶対にまだ恋愛対象としてすらみられてない。
新記録達成だ。

本当に全てが予定外予想外。
だが楽しい面白い。

こんな事は初めてだ。


空腹は最高のスパイス、そして驚きは最高の娯楽

昼間にあの子が座っていたソファでそんな事を考えながら、アントーニョはクスクス笑って、約束通りあの子に迫る女を追い払うため、豊富な人脈を使って友人知人に女の情報を集めるメールを送り始めた。


こうして夜がふける中、


――あの子は親分の最高の娯楽や、絶対に誰にも渡さへんで

などと言う事を自分がイケメンに思われているなど、自宅で今日の諸々を反復して楽しんでいるアーサーは当然知る由もなかった。





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